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想念

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生きている中で湧き起こる想念です

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ひと足早く、友人からクリスマスプレゼントが届いた。
15年来の大切な友人で、毎月1通、
近況を絵葉書で、お互いに送り合っている。
勿論、今年も12枚の葉書をいただいた。
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和装小物が大好きな、じつにおしゃれな友人なのである。
やわらかいガーゼのタオルは、花の香りがした。
 
メールなんかではなく、1枚の葉書にこめてくれたやさしさを、
そして費やしてくれた時間を、今年1年ありがとう!!
 

天国の君へ

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本当にそばにいてくれている。
 
そう、実感して、涙がこみあげた。
 
天国へ旅立ってから、さほどまだ経っていない君。
 
 
昨年11月、沖縄の修学旅行の引率。
 
生徒達と自分を乗せたタクシーが、橙色に輝く美しい夕陽に照らされた石垣島
 
海沿いを通り抜けていた。
 
きらきらと光る水辺を静かに見つめている時。
 
運転手さんが何気なく言った言葉に、思わず声を失った。
 
 
    「この辺りは、埼玉県の○○さんという人が所有している
 
   土地なんですよ・・・」
 
なんでそんなこと、我々に話す必要があったの? 運転手さん。
 
 
 
本当に驚いた。 言いようのない衝動に突き上げられた。
 
 
埼玉県の○○さん。
 
まさに彼女の住んでいた県、彼女の名前とまったく同じだ。
 
どうやって、自分の存在を伝えようか、一生懸命考えてくれたとしか
 
思えない。 彼女の可愛い笑い声が聞こえた気がした。
 
 
そばにいてくれるんだね、ありがとう。
 
 
それにしても君、石垣島に土地を持ってるなんて、
 
あの頃何も言ってなかったよね?(笑)
 
 
 
 
自分は現在結婚をして、以前では考えられなかった人生の不思議な展開に
 
今も新鮮な驚きを抱き生きている。
 
 
 
5年間、恋人だった君とさよならをして、もう12年の歳月が過ぎたのだ。
 
そして、別れてから1度も会ったことはなかったね。
 
1度も会わなかったけれど、時々手紙をくれたり、電話で話しもしていたね。
 
 
入退院を繰り返す君の命が、あとわずかだということも
 
お互いに黙ってはいたものの、よくわかっていた。
 
 
 
教職員だけの旅行で長野県へ行った時にも、君はそばにいてくれた。
 
付き合っていたころに2人で旅をした地と同じ場所に、よりによって訪れて
 
あの時一緒に見たものを、再び目にした。
 
そばでほほ笑んでくれていることが、言い知れぬあたたかなものとなって
 
確かに自分を包んでいた。
 
本当に、不思議な感覚だった。
 
 
上海の修学旅行へ引率で行った際にも、奇蹟が起きた。
 
君が行ってみたいとずっと言っていた南京行きの汽車に乗り、旅の間
 
ずっと傍で車窓を一緒に見ていた。
 
 
それにしても、君らしいです。
 
結婚をした今、普段の生活の中には一切来てくれず、
 
単独で遠出の旅をした時だけ、いろんなかたちで存在を知らせてくれる。
 
控え目で、遠慮深くて、ささやかで、軽やかで、清らかで、やさしい。
 
久しぶりに、君へこうして書いているんだよ。
 
読んでくれているよね?
 
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初めての時間

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今年初めて、相方と、きよたんとの、3人で大晦日とお正月を過ごす。

7年間を一緒に暮らした大切な兄弟のような相方。

しかしこれまで、大晦日と新年は、お互いの両親と過ごす為に、寂しく手を振り別れ

共に過ごしたことなど一度もなかった。


きよたんと新婚生活をおくる今現在、初めて相方が関東から来てくれた。

3人で初めての、大晦日とお正月。


子供の頃は、両親と弟の家族で過ごすのが大切だったこのひと時を、今は

こうしてまた「 新たな自分の家族 」とともに過ごす。

今年も、生きることができました。

生かされました。

感謝をして、祈ります。

すべての皆様、ありがとうございます。

クリスマスである

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前日まで2人とも仕事が忙しく、部屋に飾っているクリスマスツリーも

じっくり眺められぬまま。

自分としてはケーキもごちそうも、今回はもういいかなぁ、と思っていた。

が、きよたんが子犬のような目で懇願するかのように、

「 ・・・ケーキぐらい、買おうよ? 」とニッコリ笑ってつぶやいた。

とりあえず、近くのファミリーマートへ直行。

期待せず入ったが、なんとホールが何種類も、

非常にお値打ち価格で置いてあるではないか!

ビバ!ファミマ、ぶらぼ〜ファミマである。

その足で、きよたんがモスバーガーにてチキンを購入してくれた。

帰宅すると、東京の古くからの友人から、クリスマスプレゼントが届いた。



ここのところ、仕事が忙しく、心が忙しく、まわりがあまり見えていなかった。

余裕がなかった。

きよたんと友達が、それを気付かせてくれた。

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統合失調症で入院中の、関東の友人から電話がきた。

声を聞くのは1年ぶりであろうか。

外泊許可をもらったつかの間の、貴重な時間にかけてきてくれたことに

ありがたいと心底感じ入る。

自分と同じ画家ではあるが、画風はまるでお互いにかけ離れている。

元来、芸術に必要な一滴の毒を、芳醇な媚薬として使うのではなく

その友人の場合、致死量を越える毒として散布する。

そこにエロスが練りこまれるものだから、たまったものではない。


そんな友人は、誰がつけたか統合失調症という名の汽車に乗り、いまだ

降りる駅にはだとり着いていないらしい。

電話口で、いきなり泣き叫ぶ。


「自殺願望が強くて、死にたくて死にたくて・・・・・・・。」

嗚咽している。

静観しつつ、返事をうん、うん、としながら聞き続ける。


まてよ、ホントに死んでしまったらどうしよう。

困る、それは非常に困る。

死んでもらっては、困るのだ。

今、笑ったり泣いたりして、電話で確かにつながっている、その声を発している君が

電話を切ってまもなく、壮絶な死を迎えたと、数ヵ月後にご両親から

泣きの涙で聞くならば、自分はすぐさま精神に混乱をきたし、

滂沱の涙で座り込み、自身を責め苛むだろう。

であるから、この我のためにも生きてもらわなければ困るのだ、と言ってやる。

人間は、そして「わたしというものの命」は、自分だけのものではないのだ。

死なれた方は、一生、自分のせいで死んでしまったかと悔やみ、悲しみ、その先の
人生を生きていかねばなるまい。


そんなのはゴメンである。 

あなたの命は、人生は、あなただけのものではないのだ。

あなたとつながっているすべての命と、人生と、一緒に歩み、

刻んで進行しているものなんだ。

そして、あなたとは、いついつまでも、つながっているではないか。


話は、芸術、白洲次郎、宗教、心理学、そして複数系、様々に及び

泣きやんだ友人から出た本音、「中央画壇で認められたい」という

言葉で現実に還る。


おおよそ、死にたいと言う人間の言動ではないよ。

中央画壇だって? 野心の塊だよ。 大丈夫、それだけの野心家だったら。

それに、この言動には裏付けもちゃんとあるのだ。

不安定要素からくる、一過性の言動ではないことを物語る一枚の絵。

友人が描いた、最近の絵を先日郵便にて送ってもらい、目にしたのだが。

なんと光に満ちていることか。

生きたい、生きたいのだ、生きてこの世の美しさを知りたいのだ、と

この絵は言っていた。

裸の女性が、今にも飛び跳ねそうな躍動的な姿でそこに存在し、身体一杯に

春の美しい草花が絡みついている。

友人の、こんなに明るい絵を見たのは初めてだった。


そして、はたと気付く。

同じく画家である自分は、そんな願望を、野心を、それこそ毒の一滴も

持ち合わせていないことに。

肉で言うなら、鶏のささみ。



野心ゼロ、このことの方が、ある意味モンダイではなかろうか???

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