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画家の自分

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画家としての徒然です

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※ 説明しよう : この図は、ウサギに猫が、席を譲られているところである。
 
嗚呼、今日から子供達を生徒に迎えての、
絵画授業を担当することになった。
 
これまで、高校生と社会人の方々に、さんざん絵や学科の授業は行って
きているものの、実は、子供達は初めてなんである。
 
生徒は、みんな8歳〜12歳。
 
絵が嫌い、もしくは絵をどうやって描けばいいのか、かいもく見当もつかない。そもそも描くって、どういうこと? なんで、絵を描く必要があるの? 
なんか、意味があるの?
 
そんなことを、矢継ぎ早に、もし質問されたら、
どう納得いくように言ってやろうか!(勿論、やさしく)
 
原始時代から、描くことは生きることと同じだったんだ、と言ってやろう。
(勿論、やさしく)
 
描くことの意味だって? なんで描く必要があるのかだって?
 
バケヤロ〜
屁理屈こねる暇あったら
デッサンしろぃー!!
 
なんて、勿論言いません(#^.^#;) ははは。
 
今、思案中なんである。
 
様々な考え方、感じ方、とらえ方があろうが。
 
あるミュージシャンがこんなことを言ったな。
 
本当に悲しくて、辛くて、死にたいと思って、泣いてばっかりいて、
そんな時、音楽の力なんて何の役にも立たないってわかった。
音楽で、人を助けたいって思ってやってきたけど、そんなの
私には通用しないってことがわかった。
わかったから、私はまた、それでも音楽をやろうって思える。
 
この人は、すごいと思った。
強い人だな、とも感じた。
 
絵も、同じだろうと思う。
絵が、人の苦しみを救う、なんて尊大なことは思っていないし、
本当に苦しい時は、絵なんて何の力にもならないかもしれない。
 
絵も音楽も、我々といつもいつも一緒にいるからだ。
身体の一部であり、心の一部。魂の一部だからだ。
 
だからこそ、どんな時もそばに寄り添っていてくれる存在だ。
 
辛い時は、心臓から血を流して泣くしかないだろう。
悲しい時は、滂沱と涙の海に浸かるしかないだろう。
 
本当に苦しいそんな時は、絵も音楽も、心には響かない。
道端の可愛い花にも、心は動かない。
 
なぜなら、それらは我々と共に、そばに寄り添って、
一緒にその苦しみを味わっているからだ。
 
けれども、だからこそ。
少しずつ、少しずつ心が光を求めるようになった時、出口で待っていてくれるのが、そばにいてくれる音楽や絵や、この世の美しいものたちなんだろう。
 
待ってたよ、ようこそ。 また、一緒にやっていこうよ。
 
そこで、ああ綺麗な絵だなぁ、ああなんて良い歌なんだろう、と心が動いて
感じることを取り戻した時、また生きる力が出てくるんだと思うんだけどな。
 
それが、君達の大嫌いな絵でもあるわけです。
君達の描いた絵が、誰かのそんなパートナーになり得たら、嬉しくないかい。
 
って、子供達はきっと言っても、わかってくれないだろうな、って?
 
否、わかってくれると思う。
 
子供は、すごい。
 
子供にこそ、本物を見せるべきだし、伝えるべきだと思う。
なぜなら、子供は、それをわかるからだ。
 
ってなわけで、今日は、頑張ります。
 
 
 
 
 

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無花果(いちじく)の絵を描き終えた。

いつものことながら静物画の場合、果物である彼等は、描いている間に朽ち果てていく。

洋梨や、バナナ、林檎なら、怪しげで強烈な甘ったるい臭気を漂わせつつ

「 描くのなら、わたしを最期まで見届けなさい。ほら直視して。 」

と、腐敗し崩れた躰から、さらにめまいを誘う刺激臭を立ちのぼらせ、妖艶に語りかけてくるのだが。

無花果はどうだ?

元気な時分から、あまり自己主張がない。

まず、香りがあまりない。

皆に聞くと、無花果のほのかな香りが好きだと一様に言うではないか。

だが、自分には青臭い野菜のような匂いしか感じ取れないのだ。

味はどうだ。

なんと蛋白で、控えめな甘み。

真中から割ろうものなら、頬を赤らめたような薄紅が中心にある。

自己主張がない。

だが、その朽ちる様は、他と違っていた。

妖艶とはかけ離れた、ぶざまで滑稽な姿。

そこからおかしな匂いを放っている。

おかしな匂いの元凶である体液は、自分の下に敷かれている美しい生地を

台無しにするほどに汚す。

これは自己主張以外の何者でもない。

何だか、妙な親しみがわいてきてしまう。

   「 毅然とした信念は、一応、持っています 」

そう言いながら、最後までふざけたフリをしている。

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油絵の講師をしているところで、生徒さんより花を一輪いただく。

ブルースターという名の花。

「 あたくし、お日さまといっしょに、うまれたんですわ 」と言ったのは、

星の王子さまに登場したバラだった。

この花は、いったいなんと話すのかな。


葉を少しでも傷つけると、そこからみるみると、溢れんばかりの乳白色の液体があふれ出す。

茎を切るならば、その乳白色の液体は、したたり落ちて手をつたう。


全身に、このミルクのような液体をたたえ、蒼をうっすらと内包した、小さな花が咲く。



この次、生まれて来る時は、つばめになって空を飛び、どこかの絵描きのそばに寄り

「 私をお描きなさい 」 と小さな声でささやいて、

この花とともにキャンバスにおさまるのも、いいかもしれない。


・・・なぁーんて、この花と、つばめをブルーで描きながら、徒然に思う眠い午後である。

人、藍色に心奪われる

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1枚、絵を描き終える。
身近な静物の絵だ。

自分の一番好きな色、というのがいつも絵のなかには入る。
一番好きな色、それはブルーだ。

ブルーの世界もいろいろである。
藍、セルリアンブルー、コバルトブルー、プルシャンブルー・・・・・

とかく、藍は人の心を惹きつけるようだ。

最近出逢った本、ハンガリー作家・バラージュの 「 ほんとうの空色 」。
主人公のフェルコーは絵を描くことが大好きな少年だが、貧しいゆえに画材を買うことができない。
手持ちの絵の具は古く、しかも一番好きな藍色は、とうの昔に使いきってしまった。

ある日のこと、意地の悪い金持ちの同級生・カリに絵を頼まれる。
カリから上質な画用紙と、美しく立派な絵の具セットを渡されたフェルコーは胸踊る気持ちになる。

これで一番描きたかった空を、一番好きな藍色で染めることができるのだ。
だがカリの上等な絵の具セットの中においても藍色だけは、ほんのわずかしか残っていなかった。

描くことが苦手だったカリもまた、藍色に心奪われた一人なのであろう。

フェルコーは、頼まれた絵を大切に描き進めるが、いよいよ藍色で空を染めるという段になり、藍色の絵の具が紛失してしまったことに気付く。

カリから責められたフェルコーは、途方に暮れつつ草原のなかに色の原料を探し歩く。
だが、そこには何も咲いてはいなかった。

ようやく見つけた矢車菊も、たったの一輪しか咲いていないために、青を抽出することがかなわない。

そんな時、学校の用務員のおじさんが、フェルコーに声をかける。
眼前の花で青を作りなさい、と。

見ると、これまで何もなかった場所に、たくさんの花が咲き乱れている。
おじさんによると、その花は、チャイムが鳴るまでの1分間しか存在しないのだという。

花の名前をたずねると、おじさんは一言 「 ほんとうの空色というんだよ 」と言った。

抱えきれぬほどの花を摘んだフェルコーは、早速家に持ち帰り、色を抽出する。
するとその藍色は、これまでのどの色とも違う、まさしく本当の空色だった。

紙にその色を塗ると、そこには星がまたたき、月も出た。
また、ある時は曇り空となり、雨も降る。

またある時は快晴で、まばゆい陽光を放ち、気温が上昇するためにあたたかさも感じられた。

1滴、自分がはいている半ズボンにその液をこぼしてしまったが、気にもとめずに、フェルコーはその空色の抽出液が入った小瓶に夢中になる。

カリに出来上がった絵を渡す日が来るが、またカリを怒らせてしまう出来事があり、絵は渡すことができなかった。

だが、かねてから好きだった女の子のジュジが、その絵をほしいと言ってくれて、フェルコーはとても幸せな気持ちになる。

しかしカリもまた、ジュジが好きだった。
カリに、大事な抽出液の小瓶を奪われたフェルコーは、落胆する。

そんな時、自分のはいている半ズボンの一部分がキラリと光った。
以前、こぼしてしまった液体が、そのまま「ほんとうの空」を、そこに見せていたのだ。

フェルコーは、半ズボンの空に再び夢中になり、決して手放さないと決める。
そんなフェルコーに、ジュジは言った。

半ズボンを脱いで、大人のズボンにはきかえて頂戴、でなければ、私とはもう、一緒の時は過ごせない、と。

ジュジの目もまた、「ほんとうの空色」のような気がして、フェルコーは半ズボンを卒業する。

大切なものが何なのかに気付いた時、これまでの子供の時代にも、永久に別れを告げのだ。
ジュジは、フェルコーの手を取って、それに気付かせた。

--- ○ --- ○ --- ○ --- ○ --- ○ --- ○ --- ○ --- 

この本を読んだ時、有島武郎の 「 一ふさのぶどう 」を思い出した。
ここに出てくる主人公の「 僕 」もまた、藍色に魅せられた一人だからだ。

僕は、同級生の持つ絵の具セットの藍色が、とても美しいことを知っている。
ある日、欲望に負け、僕は同級生の机の中の絵の具セットから、藍色を盗んでしまう。

だが、その出来事は同級生とその仲間に知られるところとなり、ひどく責められた挙句に、先生の耳にも伝えられる。

僕は、美しくやさしい先生がとても好きだった。
その先生をがっかりさせてしまったことで、さらに憔悴する。

しかし、その先生は僕を叱るどころか、僕の心の世界を知っているかのように、やさしく僕を受けとめ、「 明日は学校に来るのですよ 」と言うと、2階の窓になる、一ふさの西洋ぶどうをもいで、僕のひざにそっと置き、静かに部屋を出る。

次の日、僕を責めた同級生は、先生に何を話されたのか、僕に対してとてもあたたかな目で僕を受け入れ、僕の手を握ると、先生のもとへと笑顔で連れて行く。

先生は、2人を待っていた。
今度は2人の手にそれぞれ、ぶどうを置いてくれるのだ。

その時の先生の手の美しさは、後の僕の心に深く刻まれることになる。

もう二度と会えない先生。
そして、ぶどうを受けたあの美しい手は、今もどこにもみつからない。


フェルコーも、僕も、藍色に心を奪われる。
そして、藍をめぐるそれぞれの時が生まれ、育まれ、大切なものに気付き、大人へと成長を遂げていく。


色を巡る、心の旅である。


花の名前

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この花の名前は何というのだっけ・・・・・。


夜勤明け、モウロウとしつつも、ハナアートという店でこの花を買う。



めずらしく、花の絵を描きたいと思ったからだ。


そのための細い筆も、東京へ戻った時にたくさん買った。




花の名前、店のお姉さんに教えてもらったのに、忘れてしまった。




ここに来ると、いままで出逢ったことのない草花を目にすることができる。



この花の、なんと細かな造形、繊細な曲線。


豊かな表情。



そして、誰かがつけた、美しい響きをもつ名前。

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