自分自身が壁を作っていることが、時として、あるのかもしれない。
いや、確かにあるのだ。
名古屋を覆う、否、我を覆う霧が晴れるかのように、見えてきたことがある。
それは何かといえばだ。
ここでの我々の穏やかな暮らしは、とても活発な 「 自治会 」 が日々守り、支えていたのだ、ということが、少しずつわかってきた。
なぜ、わかったのか。
それは、今年度から、自分もその自治会役員になってしまったからである。
当初はじつに、嘆きの天使であった。
毎月2回〜3回の会議に出なければならない。
様々な通年のイベントを運営していかねばならない。
長年、役員をされているベテランのおじさま、ベテランのおばさま達に交じって、何をどうしたらいいというのか。
仕事も抱えていて、本当にできるのだろうか・・・。
だが、やられた。
皆さんじつに、興味深いお人柄ばかりであった。
話し始めると、顔は任侠映画だが、とても知性的なおじさまもいれば、
寡黙だが教養の塊のようなおじさまもいる。
自身の生まれ育った木曾川流域がいかに美しいか、自分がどれほどその土地を愛しているか、朗々と語り始めるおじさまもいる。
吉本よりも百倍はおもろいんじゃないか、というおじさまもいれば、連れてきた孫との掛け合いがまるで 「 詩 」 のような、ポエミーなおじさまもいる。
一見すると普通のおばさまなのに、人間的に 「 かっけーこの人!」 と思わせる女性もいれば、これぞ名古屋人気質!と言わずにおれぬ、金シャチ
を背負ってるような名古屋弁まる出しの、おもろいおばちゃんもいる。
皆さん、立派な自治会役員として、じつに堅実に、地域のために身を惜しまず長年働いて下さっている方々なのであーる!
そう、 「 すごい 」 精鋭部隊だったのだ。
「 すごい 」 という言葉には、本当にすごいというものが出ている、これ以上の表現はない、と言ったのは、心理学者の河合隼雄である。
自分は、こういう人達に弱い。
クラッ、ときてしまう。
街で会うと、ごく普通の人達なのだが、それは世を忍ぶ仮の姿。
(忍んではいないと思うが・・・)
実は、超かっけー!ぱねぇっすねー!(←はい、高校生用語、出ました)
なんである。
まずは、早朝に集合しての 「 朝 市 」 ボランティアに出陣である。
朝っぱらから、野菜に囲まれて、そしてこの「すごい」精鋭部隊に囲まれて、
クラクラしっぱなしの午前なひとときなのであった。
そして、部隊のひとりである、おばさまのNさんから 「 これ、残ったから持って行って 」 と言って手渡されたのは、これまた、ぱねぇ量の野菜。
何とはなしに、
天を見上げて目を細めているNさんがいる。
あたし、今日もいい仕事したよ・・・
と、太陽に向かって呟いているに違いない。
か、かっけー・・・。
Nさん、どこまでもついて行きます。
Nさん、58歳。 君の瞳にカンパイ。
|