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西尾維新著作小説「化バケモノ物ガタリ語(上)」のアニメ版、シャフト制作「化バケモノ物ガタリ語するがモンキーDVD」の付録CDのトラック3「あとがたり」を聞いた。
「駿河の中で、どうしても、あの儀式は必要だったのだと思う。」と。
神原駿河さんが、阿良々木暦を攻撃する事がどうしても必要だった。
其れをせずには、前に進め無い(此処(ここ)で言う処(ところ)の前とは、感覚的な『前』の事)のだと。
私も同じなのでは無いかと感じる。
どうしても、私が、私立高等学校生のときに好きに成(な)った、○○○○君の事を忘れられ無い。
今でも、好きだ。
一緒に居たい。
もう、彼を好きに成ってから、5年経つ事に成(な)る。
そして、最近好きに成った、マッサージ士の○○○さん。
既婚者だから、どうにも発展の仕様は見込まれ無いが、其れでも好きに成って仕舞った。
実際に肌に触れると言う事は、人を好きに成ると言う点に置いて、重要な事なので有ろう。
それでもって、私が現在在籍する大学(University)を通して、発見してしまった、「モロタイプ」の彼。
名前も知ら無い人。
性別は、男…だろう…な。
私は、男の人を好きに成り易(やす)い様だ。
不思議だけれども。
環境ホルモンが原因だとも考えられる。
私は、一体神原駿河で言う処(ところ)の「何」をすると、『前』に進めるのだろうか?
同性愛で、カップルに成る事は、物凄く確立が低いとは、知っては居(い)る。
けれども、確立とは、統計だ。
実際に生きている人間は、一人一人独自の運命を所持仕手居留(している)。
此(こ)の記事の読者さん、何か意見が有りましたら、コメントの程、宜しく御願い致します。
※「本マジモノ物ガタリ語」は終わったと言って置(お)いて、何ども何ども続いて居て御免(ごめん)なさい。
(記者:はむねまぼる)
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