|
「何だか僕が偶偶(たまたま)凄い、良い言葉を言い放つ事が出来るからって僕の事を高く買ってくれてる様だね。
それは素直に嬉しいよ。けどね僕にだって、未知の感情は有(あ)るんだ。他の人が知ってて僕には知らない感情が有るんだ。」 「大丈夫だよ。まぼるが全ての人より偉とは思って無いよ。でもさ。なぁ、まぼる。 若(も)しも、そのまぼるは未(な)だ知らない感情って奴(やつ)を知りたいならさ、俺の話を聞いてはくれるのか。」 「うん。聞きたい。知りたい。僕が未だ知らない感情を知りたい。実際に体験し無くても話を聞くだけでも良いから、聞きたい。」 「なら、俺は話すよ。まぼるが知らない感情を。俺はさまぼるの事が羨(うらや)ましいよ。 まぼるが有能だなって思うんだ。まぼるはさ、自分が有能だって事をちゃんと自分でもっと強く意識する必要が有ると思うよ。 何かさ、時々(ときどき)…否(いや)違う。高頻度で思う事が有るんだ。 何をって、あぁ、俺、まぼるに連(つ)いて行け無(な)いなぁって。 そう思うんだ。 知らなかっただろう?」 … 「知らなかった。知っていた様な気もするけれど、薄くしか意識して無かった…。」 「だから先(ま)ずは、自分は凄い人だって先(ま)ずは思って欲しいんだ。 それが第一段階だと思うから。 まぼると出会って、まぼると話す様に成(な)って、思考を言葉で整理する事が得意に成ったよ。 言葉と言う道具の有能さにも気が付いた。漢字の凄さも知った。 だから、俺は其のまぼると出会って身に付いた能力をまぼるに対して使おうと思う。 まぼるはさ、誰にだって出来ると思うけれど、とか話す前置きに先に付け足すけれど、 誰にだって出来るとは限らないと思う。 まぼるにしか出来無い事も中には有ると思う。 能力的に出来るか出来無いかで言うならば、まぼる以外の人にも出来るだろう。 けれど、まぼるが持ってる時間、大学生だからこその時間、まぼるが持ってる心境。 そう言うのも含めて考えたら、誰にでも出来そうな事が実はまぼるにしか出来無いかも知れ無いんだぞ。 俺はさ、まぼるの目標とか聞いてて、手に届かない夢だな、そんなの出来っこ無いよとか実は思ってる。 でも、もしかすると出来るかもとも思ってるんだよ。 両方。 まぼるは良く言うでしょ。 片方では無く、両方なんだって。 だから俺もまぼるの目標の手伝いを出来たら良いなって思うんだ。 だけれども、その時思っちゃうんだ。 あぁ俺、まぼるに連(つ)いて行けるかなって自信を多くは感じられ無いんだ。 その時にまぼるが、まぼる自身の事を、非現実的な夢を掲げてる自分の事を軽く見做して 自分の事を卑下してる様子を、そういう話を聞くと、俺まで自信を失って仕舞う。 俺自身が自信を失ってる時に、まぼるまで自信を失ってたら、もう俺はとてもじゃ無いけれど、 まぼるに協力する気には成(な)れ無(な)いだよ。 俺が出来る事と言ったら、今の処(ところ)は、まぼるのホームページを見易(やす)く、見栄え良くする位(くらい)だ。 まぼるが行う活動「家庭農園」「編み物」「音楽」「塵芥拾い」に関わりたいが、学生だから時間と気力が足り無い。 だから、今はまぼるにしか出来無いんだ。残酷な様だけれども、まぼる自身で俺が卒業するまでに持続、成長させて欲しい。 頑張って欲しい。 頑張る為に、自分で自分の事をどうでも良いとか、自分で自分の事を軽い人間だとか、自分がしている事はちょっと趣味よりも凄い事とか、 そう言う自分と自分の行動を卑下する事はし無いで欲しい。 し無いで欲しいと言うと、否定的な言い方だね。 否定的な言い方を何て言うんだっけ。」 「無使術(むしじゅつ)。」 「そう無使術だ。無使術は駄目だったよな。有使術だ。そう有使術だから…、どういう事かと言うと…」 「自分で自分の事を信じ、自分で自分を重い人だと重い、自分で行う活動は自分と他人を救う凄い事だと思う。」 「そう。それだよ。自分で自分を大切にして欲しい。そう大事にして欲しい。」 「お大事にって事…。」 「そうだね。お大事にだね。お大事にって自分で自分の事を大事にするって事なんだよね。どっかで聞いた事が有(あ)る。」 少しだけ間が有(あ)った。 俺はまぼるに対して喋りたい事を喋った。 後はまぼるが俺の言葉をどう消化するかどうか。 どう反論してくるか。 「わかった。」 …あれ? それだけ? わかったって。 わかったの? 「えぇと、本当にわかったと言う意味?」 「わかった。藪澄目(やぶすめ)の言う通りだ。」 「そうか。ありがとう。」 「?どうして、藪澄目がお礼を言うんだ。言うとしたら、僕の方だ。励ましてくれて有難うと。」 「そうだな。そうなんだが、俺にオトナに成らせてくれ。俺は苦しかったんだ。 お前を励ますと、俺がお前には連(つ)いて行けないと、本人であるお前に打ち明ける事は、 俺としては屈辱的だったんだぞ。 まるで、俺が無能だと自分の口から言ってるみたいで。」 「僕が有能で、藪澄目が無能?」 「否(いや)、決して実際に無能だとは思わ無い。俺にだって特技は有る。ゲームは上手だし。 英語は上手だし。勉強は得意だし。或る程度の社会的なマナーは身に付けてる。 歩ける。走れる。食べられる。眠れる。起きれる。パソコンはまぼるよりも得意だ。 クリエーター的な使い方では無いが。 ただ、そんな気がしてしまうって言う話だ。俺だって色々出来る。 まぼるに自信を持って欲しい。そして、同時に俺も自信を持つ事が必要だ。 自己肯定力を持つ事が、日本社会の若者には必要だ。 そう言う事だろ?まぼるが言いたい事は。」 「…あぁ其の通りだ。全くもって。大正解だ。」 俺たちは互いに口元をニヤニヤさせた。 気持ち悪い男二人組だった。 まぼるの言葉で言うならば、「気持ちが悪いと言う事は、気が沢山有ると言う事だ。其(そ)れ等(ら)一つ一つの気は悪くは無い。沢山有る素敵な気が多く有り過ぎて、 グロテスクで、妖艶な気の集合体に成(な)って仕舞(しま)ってる。何も気が無いよりも、よっぽと素晴らしいんだ」だ。 (筆者:羽旨魔歩流)
|
羽旨魔歩流の気違い
[ リスト ]





すごいっ!
すばらしい!
この言葉しかでない
2013/4/2(火) 午前 5:14 [ 波留 ]
良かったです。
ブログに批難の言葉が書き込まれたのかな?と思って見てみたら、褒める言葉が書いて有(あ)って嬉しいです。
今回の文章は、読み手にとって読み難(にく)い文章に成(な)って仕舞(しま)ったかなぁと思いました。
2013/4/2(火) 午後 6:49