はむねまぼるのブログ

作詞作曲をしています。介護のことも書きます。強迫性障碍のことも。

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自分に何ができるか

 
社会起業家(町田洋次)page57を読んで
 自分に何が出来るかよりも、社会が何を求めているかを優先させなくては成ら無いという内容が印刷されて有った。私は、社会起業家に成りたいなぁと思いながら、「私にできる事をやろう」と思っていたので、心と意識に衝撃を受けた。私は、「私にできない事を求められている」としても、どうせ私にできない事はできないのだから、他人に迷惑を掛けるのだとしても自分にできる事をやろうと考える。また、今社会が求める事は「個人個人が、輝くこと」だと私は考えている。社会が求める事が「できる事を個人個人がすること」だと私は考えるから、私が「社会が求める事」を優先しようが、「自分にできる事をする事」を優先しようが、結果としてはどちらにしても「自分にできる事をする」ことに成る。

他人にとっての他人

 自分にとっての他人。その他人にとっての他人の中には、自分が含まれる。その考え方が私の考え方と行動に影響を与えている。他人が「他人の為に何かしたい」と考えているならば、私が私の為に何かをやって上げることが手っ取り早い。自分自身が何を求めているかは、内観するだけで分かる。私は内観をしょっちゅう…というかやり過ぎなくらいやるので内観上手にできる。
「社会」という言葉には自分も含まれているということを考えてもやはり、「自分が求める事」は即ち「社会が求める事」である。「社会が求める事」が即ち「自分が求める事」ではないが。自己中心さや自己満足を下級なものとし貶し、そういった人を虐める事は「個人」にとっても「その人が含まれる社会」にとっても悪い事だ。私はそんな風に考えている。

大人ごっこ

 最近感じることは、日本社会は「大人ごっこをしたがっている」だ。電車内で地味な服装をした人が多いことからそう感じた。「大人ごっこ」という言葉は、私が自分で考えた。初めは大人らしく成る事を憧れている人や、強迫的に大人に成ら無ければ成ら無いと思っている人を揶揄するために、私の心の中だけで使っていた。
 時に危険な未来を避け、「事情」を考慮した結果の行動が子供っぽい行動である事が有る。単なる子供っぽさがクソで、事情を踏まえた子供っぽさがミソである。クソとミソを見分けられない当事者以外の人にとってはミソはクソに見える。
 私は、大人らしさに憧れる人々を「クソとミソを見分けられない、下級な子どもだ」と、心の中で罵倒していた。何故ならば、私が子供っぽい行動をするしか生きる選択肢が今のところ無い人だからだ。子供っぽい行動のみが、私と家族と他人を致命的な破滅から守る方法なのだ。

揶揄している場合ではない


 そんな訳で、私は大人らしい大人を「大人ごっこ」をしている事情を踏まえない下級な人だと見下して、拒否してきた。がしかし、此処に来て見下したり拒否している場合では無いと思い始めて来た。人々の大人らしさに対する憧れの強さは、病的なまでに強い。人々の大人ごっこをしたいという欲求が病的なまでに強い。日本の人々の大人に成らなければ成らないという欲求が病的なまでに強い。とそう感じた。

強迫観念としての


 かく言う私自身も、大人に成ら無ければ成ら無いという強迫観念は強い。がしかし、私は強迫神経障碍者だ。碍を利益を生み出す魔法玉として扱える類の強迫神経障碍者だ。私は、「暴露反応妨害法」を知っている。例に漏れず「大人に成ら無ければ成ら無い」という強迫観念に暴露反応妨害法を適用した。そんな訳で、私は大人に成ら無ければ成ら無いという強迫観念は既に乗り越えている。しかし、強迫神経障碍者だと認定を受けていない人や、強迫神経障碍をよく知らない人や、強迫神経障碍者でも暴露反応妨害を使えない人や使わない人は、まだ「大人に成ら無ければ成ら無い」という強迫観念に行き詰まったままなのだ。私は、私が既に乗り越えているからといってその問題は既に解決したとみなしていた。しかし、既に解決した人は、私位な物だった。
 

対処法


 強迫観念は、私が行った様に何でもかんでも「暴露反応妨害法」を適用すれさえすれば良いという訳では無い。だから、私は私では無い他人に「暴露反応妨害法をすれば良いよ」とだけ勧めれば良い訳では無い。暴露反応妨害法を使う以外に「大人に成らなければ成らない」という強迫観念を叶えるという選択肢も有るのだ。そして、そちらの方が有名だ。

 私は、私を含める日本の人々が持つ「大人らしい事をしたい」という欲望を満足させる必要が有る。
社会起業家に憧れる私は、社会が何を求めているかを優先しなければ成ら無い。社会起業家を目指す人としては、私を含める日本の人々の「大人らしく振る舞いたい」「大人らしい事をしてみたい」という欲求を満足させる仕組みであるとか、そういう場を作ることを目標にすると良いのかも知れないな。そう考えた。

大人ごっことは具体的にどの様な遊びなのか

 あぁ、私ってオトナって思うときはどういう時なのでしょうか。
例えば、自分を押し殺して相手を立てた時。
例えば、他人のことを素直に称えられた時。
例えば、他人に親切にできた時。
例えば、受け止め難い人を受け止めた時。
例えば、複雑な事情をちゃんと踏まえた行動をできた時。
例えば、親に仕送りをできた時。
例えば、結婚した時。
例えば、子供ができた時。
例えば、「人柱」として役割を果たせた時。
例えば、裏方に回って表舞台の人を援助できた時。
例えば、慈善事業に携わった時。
例えば、福祉的な行動、仕事をした時。
今の日本人が求めている「場面」は、そういう「場面」なのだと思います。
そういう、大人らしい、自分自身は苦い思いをするけれど社会全体の為には成っていること…。
そういうことを今の日本人の多くはしたがっているのだと思います。
 精神に関する本を読めば「自分の中の子供」を恐がらせないことの重要さ。
自分の中の「悪魔」を喜ばせてあげることの重要さ。
そういった物の重要さを知ることに成ります。
私も知りました。
わがままの大切さ、自分勝手の大切さ。
自分の中の「子供」も大切ですが、同時に「自分の中の大人」も大事にする必要が有るんだなぁ。
そんな風に考えました。
 

後書き

 何故かとっても長い記事に成ってしまいました。
音源(mp3)化をいつかしたいと思います。
文章の特に後半では、「常に上から目線」での語りに成りました。
そういう人が嫌いな方は、是非筆者である私を嫌いに成っちゃってくださいね。
私自身それを望んでいますから。
(筆者:大塚将俊)

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