恐れ 記憶というと、「こう」と決まり切った物であるという感覚・想像が私には有る。私は「こうと決まり切った物」が苦手なのだ。私は、「記憶」と「子孫繁栄」という2つの概念について絡めて考えた時にとても恐れを感じる。その感覚は小学生の頃から有った。余りにも恐いから考えない様にしていた。それ程に恐れていた。
繋がり記憶は決まり切った物。性の問題・子孫繁栄に関する事は、記憶と関連する。脳も性器も繋がっている。記憶に関する事で何か間違いを冒してしまえばそれはその人の子孫繁栄が絶対的に駄目に成った事を意味してしまう…。つまりは、物理的に去勢されたのも、記憶によって去勢されたのも同じ事だ…。物理的に考えれば、睾丸が切除されなければ去勢は行われない。しかしながら、記憶に関する事は、何がスイッチに成るか、分からない…。だから恐い…。 とそういう事を私は小学生の頃に、言語化こそ出来なかったもの感じて考えていた。人の記憶とは、子孫繁栄を完全に断ち得る、非常に恐ろしいものである…。そう考えていた。 恐ろしさを受け止められないから…その恐ろしさを解消する為には、「性に関する事は、性に関する事で、記憶とは無関係だ」と思い込む事です。私を含める日本人が「記憶は上半身の脳。性に関する事は下半身。記憶は人間的な事であり、性に関する事は本能。それぞれ別!」だと、考えたくなる理由は「記憶が性に関する去勢へ影響する力が恐いから。」だと考えられます。 恐いから、「性は下半身の事で本能。記憶やらは上半身の事で人間らしい制御が効く脳の事だ」と切り離したがるのだと私は推測します。 実際にはしかしながら、実際には性に関する事は脳の中の視床下部辺りが司ります。性に関する事は上半身の脳が関係するのです。記憶は脳が司ります。どちらも脳が司ります。記憶は性に影響を与えてしまうのです。残念で深刻ながら。 絶望しないで良いしかしながら、性器の機能が正常で「記憶」に関する問題が有っても、それでもうお終いだ!(その人は不能)だと思うだけでなくても良いのだと私は今考えています。 「目には目を、歯には歯を」という慣用句を良い意味で使うのです。 脳に関する事が問題ならば脳に影響を新しく与えて問題を解決すれば良いのです。 記憶に関する問題が有るならば記憶に新しく影響を与えて問題を解決すれば良いのです。 簡単といえば簡単な話です。 脳の中に関する事は目には見えないから確かに「どうしようもない、解決の仕様もない事。内側に隠されてしまえば、もう駄目。」どそう思ってしまいがちです。私自身がそう感じていました。しかし、人間には言語が有ります。言語を使って脳の中を調べて、言語を使って脳の中に影響を与える事ができるのです。 確かに私が小学生の頃の言語では…、悟りでは、記憶が原因で結婚しない人や、結婚相手と肉体関係を持とうとして勃起した男性器を女性器に挿入しようとしたら勃起が萎えてしまったという人の問題を解決はできないでしょう。発達していない言語能力では不可能です。脳の中を調べて脳の中に目的を果たす為の影響を齎す事はできないでしょう。 目的を果たす為の影響を邪魔する概念を知らないから、何故自分が然るべき言葉を脳に与えているのに目的を果たせないのかが分からないでしょう。 どうにかできるしかし、経験を積み、陽なる心情と陰なる心情の両方の心情学び、言語能力や言語創造能力を付ければ脳の中の問題を自分が欲する状態へ解決できるのでしょう。 隠された内側の問題だって感情経験と高い言語能力でどうにか成り得るのです。恐れながらでも問題に真正面から向き合い、問題を真正面から受け止めて然るべき言語を使えばきっと問題を解決できるのでしょう。そうであって欲しいです。そういう仕事が、セックスカウンセラーなのでしょう。 (筆者:大塚将俊)
この文章は、以下の本を読んで書かれた文章です。
題名:性を病むニッポン
著者:奈良林祥 出版:主婦の友社 |
本
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性に関することって恥ずかしいって思いから言語化することを避けちゃう傾向があるなあ〜
上半身の脳ってあったけども、恥ずかしいって思いは上半身の脳?
そういえば整体の先生が
「私は人間には2つの脳があると思うですよ
一つは頭にある脳、もう一つは骨盤にある脳
そして2つの脳を背骨にある神経で連絡を取り合っている」
みたいなことを言ってました。
2013/12/20(金) 午前 5:07 [ 波留 ]
整体の先生の考えが正しいのだとしても、やっぱり「連絡を取り合っている」のですね。
上半身と下半身が完全に違うものという訳ではやっぱり無いのですね。
そういう性の問題を真正面から問題として取り扱うセックスカウンセラーの度胸は凄いですね。
本は丁寧に、虎視眈々に…とは言っても情熱的に書かれてありました。
2013/12/20(金) 午前 11:31