読めない文章「福祉の思想」を読んで、14ページの一部を読めなかった。
「施設」だの「補完」だの書いてある行です。
答えを先に言ってしまうと、「施設=悪」の式を前提としているので、文章を読み取り難かったのでした。 私は「施設=良い」を前提としているから。
筆者の糸賀一雄は、「施設=良くない」という式がこの世に存在することを、知っていた。
また、糸賀一雄自身もその「施設=良く無い」の式に或る程度納得していた。
だから、「施設=良く無い」を振り払う様な複雑な書き方に成ってある。 「施設=良い」とだけ考えている私が、糸賀一雄の「施設=良い無い、を振り払い、施設=良い、を肯定する文章」を読んだとき。 私が内容を理解出来なかったことは、当然なことだった。
私は短絡的な「表」の人であった。 糸賀一雄は「表」を一度裏返した、「裏」の人だった。糸賀一雄は、一歩進んだ裏の人達に向けて話を進めた。
糸賀一雄は、正しい導きによって「裏」を「表」に返そうとしている。
本「福祉の思想」の中で、それをしている。
私はもともとが、表の人なので、「裏を表に返す」という、文章による術式が、無反応だった。
私が今回のことがら得るべきことは、「世の中には、福祉において大事なのは人であり、施設は悪である」と感じ、考える人が居ること。 また、その様な人に対して「施設は補完的な意味合いとして使えば、なんら悪くは無いんだよ。」と優しく諭す方(糸賀一雄)が居るということ。
また、施設は福祉において妨げに成ることも有り得るということだ。 垣根は絶対に超えては成ら無い垣根では無く、必要に応じて飛び越えても良い垣根であるという事を、私は今回本「福祉の思想」p14から学ぶことができるみたいだ。
「垣根」とは、目に見える「施設」や目に見えない「制度」を喩えた言葉である。 「初めから飛び越えて良いならば、初めから作らなければ良い」と考えることが有り得る。
がしかし「垣根」は、「初めから作らない」よりも「飛び越えて良い一応の垣根」として設けた方が良いと私は考えている。「垣根」に沿うことで、上手くいく人も中には居るだろうから。
ただ、「垣根」を乗り越えるには意味不明な罪悪感が伴う。
その罪悪感が、無意味どころか有害であると、もしも見破ったとしても、見破ったからといって意味不明な害悪の有る幻の罪悪感はつきまとってしまう。どうしても。
薄っすらとは。その罪悪感を見破る行為や見破った上で、垣根を乗り越える行為は気力を必要とする。
気力が少ない人にとっては、垣根は初めっから無い方が良い。
いちいち、そんな謎の罪悪感に付き合っていては気力を取られて取られて仕方無いのだろうから。
気力の持ちが少ない人に対して、「制度や施設は絶対では無いのです。」と丁寧に強く訴えれば、気力の持ちが少ない人にも垣根は乗り越えられる。 (筆者:大塚将俊)
行…くだり
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