有り物と無い物 人間はよく、有りもし無い「間」を掴もうと試みます。
「A」と言える。
「B」と言える。
「A」と「B」の間も言えると、勝手に判断する事が有ります。
「A」の居心地も「B」の居心地も悪い時(とき)に間の「何か」を求めます。
が、言える事は「A」と「B」で有って、「間の何か」は誰も言って無いし言え無いと言う様な事が有ると思います。
「A」と「B」が対立する論で有(あ)る際は、特に緩衝材、仲人(なこうど)として、間(=救世主)を求めたがります。
この場合の「救世主」は無い物では無く、有る物です。
『「A」と「B」の間の得体の知れ無い何か』は存在しません。
が、『救世主』と言う概念は存在するのです。
言葉で表現する事 言葉で表現すると、「良くは解ら無い何か」感情が、二つの感情(論)から成り立って有(あ)る事が有ります。
「Aである」。
「Bである」。
其(そ)れ等を表現する事を怠ると、「何か」として、漠然な感情(論)ちとして理解して仕舞(しま)います。
実際には「漠然な何か」では無く、「AとB」だと言う事を理解する必要が有ると、私は考えます。
表現する事、文字で表す事の意味は「何か」を「AとB」だと理解する事に有ると思われますし思います。
(筆者:羽旨まぼる)
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滑稽(こっけい)染(じ)みた気の効いた言葉と言う意味だそうです。(Yahoo!辞典参照)
私、諧謔よく使います。
私はオリジナル曲を作詞作曲して居(い)ますが、私のオリジナル曲は「諧謔」の二文字、一言で言い表せます。
中には、真剣な恋愛ソングも有(あ)りますが。
私は、諧謔的な歌を作りたいです。
「センタクモノホシ」何て正(まさ)に諧謔です。
洗濯物を干すと言う日常的な行動を、感情を揺さぶり揺さぶり、音程を上げ下げ歌う。
滑稽です。
ちょっと可笑しい歌です。
私は歌で他人に笑って欲しいのです。
ふっと言う心の底からの笑いを欲しいのです。
余(あんま)り滑稽なのも良く無いですがね。
Yahoo!辞典「諧謔」
(筆者:羽旨まぼる)
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筆を使わ無い筆者 パソコン(ワードプロセッサ)で文字を書く物にとって「筆者」は、漢字から考えて不適格だ。
筆を一切使わ無いで記事を書く事も有る。
では代わりにどの様な言葉が良いだろう。
英語のtyper、writerに類する日本語を作れ無いだろうか。
「文字打つ者」で「字打」(じうち)何て如何(いかが)だろうか。
(記者:羽旨まぼる)
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ネバーエンディングストーリー 最近流行りの「VOCALOID」はネバーエンディングストーリーだと言われている。
ネバーエンディングストーリーは絶え間無く何時迄も続くのだろうか。
否(いな)違う。 ネバーエンディングストーリーを発動させる為には養力(エネルギー)が必要だ。 ネバーエンディングストーリーを動かす為には人間が「力」を注ぎ込み続ける事が必要なのだ。 VOCALOIDで言えば、VOCALOIDを動かす為に作業をする人が居(い)るからこそ、VOCALOIDのネバーエンディングストーリーが発動するのだ。
有る分が有る 有る分が有る。
無い分迄(まで)有るのでは無いのだ。 ネバーエンディングストーリーを好み、関わろうとする物が居(い)る間だけ、 ネバーエンディングストーリーはネバーエンディングストーリーなのだ。 誰も見向きもし無いのでは、ネバーエンディングネバースターティングストーリーで有る。 自然界における終無話 ネバーエンディングストーリー(終無話)は、此(こ)の世の有る物昇華する事が可能だ。
始まりが有るが、終わりが無い。 生物には始まりも有り、終わりも有る。 生物にとって、ネバーエンディングストーリーは怪異其(そ)の物(もの)で有(あ)る。 生物にとって、良く解ら無い存在で有る処(ところ)のネバーエンディングストーリーは或(あ)る意味で生物にとって恐怖で有り、敵である。
ネバーエンディングストーリーの恐怖を打ち砕く方法は有るだろうか。
有る。
意図的に、終を設ければ終わるのだ。
終わら無くても、区切りを付ける事が出来る。
恐怖の無 私は、「終わりが無い」事をとても恐れている。
終わりが無い事は、其の時間に其の事物が存在した証(あかし)も無いと言う事だ。
私は「無」を過剰と言って良い程に恐れて居(い)る。
だから、文字で、自分の存在と、自分の周りで起きた事を「確かに存在させて居(い)る」のだ。
此(こ)のブログを終わらせる際(さい)はちゃんと「終わります」と言いたい。
終わりが有ったと周りの人に知って貰えれば、「じゃあ、始まりと内容が有ったのだね」と予測を立てて貰(もら)えます。
(筆者:羽旨まぼる)
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