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全体的に厳しい内容だった。心の仕組みを少し理解した積もりだ。筆者がよくよく考えているのが読んでいて分かる。確かに当たり前なのかも知れないが、私にとっては当たり前では無い事が多々有った。私が最近になって思う様に成った事が書いて有ったので、「ああ、私と同じ考えだ!」と、何度と無く驚いた。ピンと来た。こころの処方箋と言う題名は合って居無いと私は思う。「こころの処方箋」だからもっと心が洗われるのかと思ったが、其う(そう)は成ら無かった。私ならば、「究極の精神論」と付けたい所だ。しかし、出版社ね都合上、読み手に買って貰い易くいから目を引く、読みたいと思う様な題名にしたのだろう。私だって出版社に勤めていたら、「究極の精神論」何て題名は付け無いだろう。其んな(そんな)堅苦しい本は読み手が買ってくれ無いのではないかと思うだろう。
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本
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緑川ゆき様へ
表紙は深緑色で「和風」を出したかったのかも知れませんが、如何せん(いかんせん)、単行本の表紙がツルツルしているので、ただの「ダサい色」に見えました。
私が此の漫画を読むきっかけを下さったのは、インターネット上で、私が一方的に知っている或る方のブログで紹介されていた所以(から)です。
お化けが好きなので楽しく読む事が出来ました。因みに今小説で読んでいる作品は、西尾維新著「傷物語」(お化けが出てくる)です。左側に偶に(たまに)出て来る『柱』と言う者と私は初めて知りました。此の様な物を『柱』と呼ぶと言う事を。
名前を返すシーンの墨の感じが美しかったです。燕の話はよく考えられているなと思いました。儚さを感じる作品だと思います。
羽旨まぼるより
住所
101ー0063
東京都千代田区神区
淡路町2−2−2
白泉社LaLa編集部
緑川ゆき様
郵便局が閉まって仕舞ったので、代わりに此処で。
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此の小説は若しかすると、私の為に書かれたのだと思います。
西尾維新が私、羽旨まぼるの為に書いたのだと思います。
というか、絶対そうです。
私も、羽川翼さんに手紙を書きます。
拝啓羽川翼様
初めまして、羽旨まぼると申します。
インターネット上で小説を書いている者です。
小説を通して貴方様の様子を観察させて頂きました。
恐らくですが、苛虎は私と羽川さんの協同作業で作り出した怪異です。
私の場合、蛙の怪異に遭いました。
猫物語白の最後に「やっと帰ってこれたんだ」と有りました。
「帰って」の部分が、私にとっての怪異です。
其れは其れとして、いいのです。
私の羽旨まぼると言う名前にも一応隠された由来が有ります。
羽は羽川翼さんの羽を引用させて貰いました。
貴方も私と同じ半分家族です。
何故なら苗字の半分が同じだから。
半分家族です。
半分は川と旨で全然違うけれど。
私は他人から「凄い」と言われるのが好きで、優等生を一応していました。
何でも出来る人、凄い人でした。
中学生までは。
高校生からは、いい子も優等生も止めて(学業に関しては、優等生を止めてではなく勉強内容に上手く連いて行けずでしたが)「居るんだか、居ないんだか分からない存在」に成る事に全てのエネルギーを使い込んでいました。
其の甲斐有って、高校時代は1人もとっても中の良い友と言う者は作らずほとんど話さずに卒業する事に成功致しました。
私も羽川様と同じで、自分の気持ちを何処へ投げ付けて、其処に有る何かに押し付けて仕舞う事が多かったです。其れが原因で中学三年生の時に、此の世の感情とは思えない、絶大なる「虚無感」を覚えました。其れ以来は、自分の感情は自分の物、自分で責任を持って背負い込むと心に決めています。私が私自身の感情、心を切り離して何処かへ放る事で、怪異が受け取りました。其の怪異は私の場合は兎でした。ウサギは私の気持ちを受け取って、そして丁寧に返却して下さいました。そして私は、其の「重さ」を受け取りました。そうして「虚無感」を感じずに居られる様に成りました。
気が付いた事は、大事にしなければ成らない事は、「何も無いのでは無く、何か存在する物が感情が2つとかそれ以上有る。其の二つが互いに打ち消しあってしまって、一見すると、其処は無で有る様に見える。でも、1つも無いのでは無く、2つ以上有ると言う事」。此れを忘れるとき、私は絶大なる虚無感に再び苛まれる事でしょう。
貴方様の迷いは、活躍は、叱咤問答は、猫物語は私に共感と救いを齎しました。
最も忍野メメさんなら、救いでは無い、お前が勝手に救われただけだとかそんな事を言うのでしょうけれどね。
敬具
羽旨まぼるより
因みに、私の羽は
こんな羽です。
異形と言ったら異形でしょうか。
私は、家族の愛を受けて育ったので、其処まで異形では有りません。
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page101〜page122
紙に心配事を書くのは、本当に効果的である。 恐れ、怖れ、心配と言う感情は、「わからない」と言う事が原因だ。
人は「わからない何か」を敵と考える。
「わからない何か」に恐れの感情を抱く。
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私が此の小説を読んで、不安感を感じた。此の本に関わっている事自体が吸血鬼に噛まれた事を意味しているのではないかと。詰まり、作者である、西尾維新さんに噛まれたのではないかと。でも、私は其の事に関しては、許容していた。吸血鬼に成っては駄目吸血鬼に成っては行けない(いけない)と言う強迫観念を打破すると思えば、私の強迫神経症障害に対する暴露反応妨害法だと思えば、問題が無かった。
面白い小説だった。楽しい小説だった。後書きで作者が楽しんでくれればこれに超したことは無いと書いていたが、私も同感だ。こういう、何の為にも成らなそうな、怪談巷説は楽しむのが良いのだ。怪談を楽しむと言えば、「ネクロポリス」のあの人々である。彼らは怪談を楽しむ事に長けていた。 怪異の知識として非常に興味深い作品である。私は吸血鬼の知識は大蒜が嫌い十字架が苦手、銀の弾丸を心臓に食らうと死ぬと其処迄しか知らなかった。太陽の日に浴びると燃えると言うのは知らなかった。勉強に成った。私はファンタジー小説を書くに当たって、有益で有った。 |




