はむねまぼるのブログ

作詞作曲をしています。介護のことも書きます。強迫性障碍のことも。

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思考技術療法

思考技術療法
<序章>
ぼくのオリジナルの強迫性障碍への理解と療法のまとめです。
とりあえずは、箇条書きでのまとめ。まだちゃんとした文章ではないね。ごめんなさい。
これらはおそらくすべて筆者のオリジナルの強迫性障碍への理解と療法です。
(一部認知行動療法とのかぶりがある)

一般的には、強迫観念や強迫行為に関しては「やりすごす」という方法が良いとされている現在。
ぼくのオリジナルの「思考技術療法」はその逆です。
考え抜いた末に辿り着いた療法です。
強迫性障碍者が持っている、几帳面さ、完全壁、操作性支配性、全能感、しつこい、くどい、こだわる
と言った要素を存分に活かしまくった末に辿り着いた療法です。
突き抜けの方法です。
病性をもってして病気を乗り越えるという感じです。
また、思考技術療法では、占いやスピリチュアルも、科学的事実と同等に扱い、(必要ならば)取り入れます。

ぼくが開発した以下の理解の仕方や対処法は網羅性汎用性が高いので寛解→回復したあとでも、継続して使用できる。強迫性障碍者です。
「自分がどのようにして行動を決定するのか」のひとつの網羅的な指針である。
強迫性障碍者でなくても、行動決定のためのひとつの方法として機能する。
強迫性障碍が回復したあとでも使えるものです。


<内容>

反応調査(相手と距離を置いて、感情的にならないようにして、相手や相手のものごとへの反応、自分の言動への反応を、距離を置いて単にデータ収集する姿勢でデータ収集し分析することで、その人への自分の行動の取り方を決定する方法。)
    (余裕があればそのときに、相手が精神障碍で言うとどの精神障碍よりなのかを自分なりに判断しておいて、相手をケアの対象と見做す)
    (なに障碍か…という分類以外にもその人が生きてきた時代背景からの影響を考えに入れる)
    (自分が異常なんだ、相手が異常なんだ…というのはあんまり意識しなくてよくて
     その人のその反応がどのような原因に対しての結果なのかの流れを見ることで対象ごとに自分が納得してゆく方法)
     (対象ごとに…というのは範囲指定でもある)
範囲指定(拡大と縮小)
    (一般化のし過ぎの場合は、範囲を指定して狭める。狭くなりすぎている場合は一般化することで、思考の結論が病的なものでないものになるように方向を操作する。)
    (強迫観念恐怖症は範囲指定が解除されてしまい始めている状態。ゲシュタルト崩壊が始めっている状態。やりすごす必要がある。
     もしくは明確にどれが病的なものでどれがそうでないかの範囲指定を改めて行う。)
カウント(誰のどの意見を自分に取り入れてそれを実行すればよいかをその意見が誰から発せられたのかや自分にとっての納得度合いなどからポイントを付ける
     やるべきという意見の方にプラスの絶対値を付けて、やらないべいという意見の方にマイナスの絶対値を付けてその和によって自分の行動を決定する方法
     グレーゾーンを取得する方法だが、グレーゾーンの中のどっちよりなのかをポイントを付けることでじぶんとして正確に認識できる。
     グレーゾーンという言葉の曖昧さやいい加減さを回避できる。)
     (ポイントの具体的な付け方に関しては…自分の歴史を知っている人のコメントには大きく大きくポイントを付ける。
      自分の歴史を知らずにコメントやアドバイスしてくる人のコメントにはかなり低くポイントを付ける。
      この障碍に関する知識を持っている人のコメントにはポイントは高く付ける。
      持っていない人には低く。
      身体の遺伝情報が近い人、つまり血縁者の言っている体に関するコメントにはポイントを高く付ける。
      占術において自分と同じ要素を多く持っている人には高めにつける。
      …たぶん六星占術で同じならばポイントは高めがいいと思う。
      五行や四柱推命や九星気学での要素が同じでもポイント高くつけない方がいいと思う。※個人的な経験への感覚による感想)

常識性障碍(社会性障碍)(世界性障碍)
    ・特定の世界観(世界像)の中に浸っていて、その自分が浸っている世界観における
     規則や決まり事を相手にも求める状態の人
     
    ・自分が知っている常識がその国のこの地球のすべてにおける常識だと思っている
     (実際にはそれぞれが信じている常識には個人や地域や国によって差異がある。また一般的とされている常識そのものが変化していく)
    ・年齢に応じて発達が起きるべきとかたく信じていてそれを相手に求めている
     (実際には、発達は条件が整ったときに次の発達段階へ進むもので、条件が整わないうちは永遠に次の段階に進まない。)
    ・各種の精神障碍に関する知識を持っていない
    ・社会性が一定以上の人としかうまくやっていけない
    ・社会性が
    ・オトナな存在がコドモな存在よりもレベルが高くて進んだ存在だという思想を持っている。かつそれを相手にも求める。
     この常識性障碍が強迫性障碍へ発展するというパターンがある。
     過剰に異常に社会性への遵守ルールへの遵守常識への遵守から、観念の強迫化へと。

ゲシュタルト崩壊(構造的原因のひとつ、物事の境界線、存在の認識、ひとつをひとつと数えるなどができなくなる。過度な集中やエネルギーの余剰や役不足やスピーディーさの少なさから来ていたりする。)
見当を付ける能力(構造的原因のひとつ、物事への境界線が感じにくくなっていてどれぐらいならばこれぐらいのことになるというどんぶり勘定ができなくなっている。判断基準を持ちすぎているか判断基準を持っていない。目星を付けられない。感覚でものごとを行えない。)
全体と細部(森と木)の判別区別見当認識の能力低下(構造的原因のひとつ、役不足などが理由で細部への過度な集中が起きていることが原因)
感覚記憶と短期記憶の低下(構造的原因のひとつ、頭の中で起きている思考の量が多すぎて、感覚記憶を瞬時に薄めてしまう。確認行為へ繋がる。)
考えが止まらない(構造的原因のひとつ、観念的、頭胸肚のうち、頭が先行している。能力やエネルギーに対しての役不足仕事量の不足によって、考えるという行為にエネルギーが行き過ぎている。
生まれつき遺伝的に考えることが得意。後天的に環境要因により考えることが得意になった。生まれつき占術的に考えることが止まらない。四柱推命での水の三合など。)
能力やエネルギーに対しての課されていることの役不足(責任不足)量不足 (構造的原因の原因の主たるもののひとつ)
(エネルギーが余り過ぎている結果考え過ぎている。エネルギーの有意義な発散先を求めているが与えてもらえないために意味のない行為にエネルギーを注ぐしかないという、閉じ込められた状態。)
    →スピーディーさが求められる仕事を与えるか
     有意義な仕事や役割を与えるか、
     もしくは、逆転のやり方で、無意義なことをやることへの罪悪感を軽減し無意義なことへの取り組みを与える求める
仕事量を増やす(縦)や仕事種を増やす(横)やスピーディーさや乱雑さや大雑把さが必要な種類の仕事を与える
という方法が有効なことがある。
本による行を読み飛ばす恐怖&とかDVDにおける聞き逃し恐怖&確認には、なんども繰り返し見ることを前提で
「スピーディーにみる」気になるならば、次回見たときに聞き逃さないようにするとするとかが有効な事もアリ。
無意義性が高くて仕事種を増やすと、強迫性障碍が反転して注意欠陥多動性障害の症状に行くことがある。

肉体療法(日焼け)(野性性の低下を補う)(女性のカラダを持っている人は女性性をプラスしてみる。男性のカラダを持っている人は男性性をプラスしてみる。)マッサージや鍼治療やら体の歪みを取ったり
占術療法(原因を占術の中にも探す方法、精神分析療法の、占術版)占術面から自分の特徴を理解してその上でやっていく
霊体療法(原因を霊に関することに探す方法、精神分析療法の、スピリット版)土地の霊、憑りついている霊、先祖の自殺霊、毒親の親の霊などをちゃんとした霊能力者(ダマされないように探すの難しい)除霊してもらうとか、鏡の法則のカルマを考えるとか

※危険な療法
範囲指定なしでの曝露法→「開かれた状態」が危険。他人への実質的加害の可能性有り。
考えることそのものを禁じる→「開かれた状態」を誘引するので危険。デメリットだけでなくメリットも削ぎ落してしまう、個性を無くすかなり危険でアクロバットな方法。本人の霊の命と肉体の命の危険もある。
健常者の真似をする→危ない。誰が健常者なのかの判別ができにくい場合、健常者でない人の真似をして、別のマイナスポイントを吸収することになる。
          自分は異常で周りが正解なんだと範囲指定せずに周囲の人を過信してしまう可能性有り。悪い行為も真似してしまう。
          相手も何かしらの障碍を抱えている可能性があるわけで…。
          でも自分自身の強迫観念や強迫行為への治療をしている人が、相手の精神障碍的要素を見抜くのは難しい(人によってはひどく冷静さを持つことができればできる場合が有るのでその場合はチャレンジすると良い。
           反応調査しながら誰がどの精神障碍の傾向があるのかを見抜いていき、より精神障碍を持っていない人の真似をする。)(本人は無自覚のこともあるので注意。指摘はせずに自分の中だけでそうだと判断しておく。)
※○○障碍という精神障碍に関して
指摘されるとはねつけたり怒ったり傷付いたりする人が居るので安易に指摘はしない。
また自分のその人への見立てが間違っていることはあるので、その意味でも指摘はしない。
自分がその人を理解する上で、また相手を寛容にゆるすために、ひとつの分類法、対応基準のひとつとして持っておく。
参考
・常識性障碍
・強迫性障碍
・不安性障碍
・依存性障碍
・妄想性障碍
・統合失調症
・演技性障碍
・境界性障碍
・自己愛性障碍
・発達障碍
・高次脳機能障碍
・アスペルガー症候群
・社会不安障碍
・パニック障碍
・注意欠陥多動性障碍
・うつ病
・躁鬱病
・チック障碍
・身体醜形性障碍
・心気症
・摂食障碍
・抜毛症
・広汎性発達障碍

※回復の程度に関する基準は「軽快→寛解→回復(薬ありorなし)」を採用しました。
「図解やさしくわかる強迫性障害上手に理解し治療する/原井宏明 岡嶋美代」の141ページを参照してください。
※強迫観念恐怖症に関しては
「図解やさしくわかる強迫性障害上手に理解し治療する/原井宏明 岡嶋美代」の145ページを参照してください。

[事件内容]
埼玉県で、1人の一歳の男の子が死にました。
20代の両親を逮捕されました。
その両親が衰弱死させた疑いが持たれた。
その両親は「子供が泣いていたらミルクをあげていた、泣かなかったら何も与えなかった」
などと供述しました。

参考リンク
・ニュース速報Japnan  →  https://breaking-news.jp/2018/05/16/040675


[本文]

「子どもが泣いていたらミルクをあげていた、泣かなかったら何も与えなかった」
って言葉を聞いて、僕も「あれ?赤ちゃんってどういう頻度でどういうタイミングで栄養を与えればいいんだろ?知らないや。」
と思った。

親としての責任がうんぬんの問題じゃなくて…
これは、知識の問題でしょ?と思った。
どんなに責任感を強く感じていても、どんなに愛が有っても知識がなければ死なせてしまう。

僕がバタフライ効果を期待して羽ばたいた
「本人のメッセージを信じて」という言葉が、良くない現象を引き起こしたのかもしれない。
赤ちゃんのメッセージを忠実に聞いていたら、赤ちゃんは死んでしまうことが
この事件を見てわかった。

自分の両親に、「泣いたときだけミルクをあげていたら赤ちゃんって死んじゃうの?」と訊いたら
「いっぱい泣く子だったら死なないけど、あんまり泣かなかったら死んじゃうね」とノーマルな感じで応えてくれた。
それを聞いて「そっか。なるほど。物体として見ればいいんだ。」とハッとした。
どんなに可愛くても、どんなに自分が責任を感じていても、どんなに愛情を感じても
やっぱり赤ちゃんも「物体」だ。
その体重分を…その臓器分を…その筋肉分を…その骨分を…その皮膚分を…保つために必要な分量の栄養が
体内へと入り込まなくては
その体(物)は、体を維持できなくなる(死亡する)。

なんでこんな簡単なことがわからなくなっていたんだろう僕は…と思った。
これは引っかけで…大切にし過ぎるから、人間として大切にし過ぎるから、愛情を持ちすぎるから、責任感に潰されてしまうほど
責任を感じてしまうから起きる「盲目」「とんちんかん」かなって思った。

この事件がどのような経緯で起きたかはわからない。
言えるのは少なくとも僕が何か月か前の時点で、一人ぼっちで知識を持たないままで親になっていたら
この事件と同じ現象の事件を起こしていたということ。

「メッセージ論」に「フィードバック説」に注意。
現象が起きてからの反応で、ほんとうにごめんなさい。
また、未来に起きる事件を予測できなかったです。
防げなかったです。
ほんとうに申し訳がありません。

僕の、「羽ばたき」(メッセージ論を広める活動)の良くない面について予防線を張れていなくて申し訳ありませんでした。
「メッセージ論」「フィードバック説」(あらゆることを、メッセージや啓示として受け取る考え方生き方)
は素晴らしい論であり説であるけれども、物事にはほとんど副作用があるわけで。
この事件での現象はもしかすると、その副作用の部分が起こしてしまった事件なのかもしれないと思いました。



 この埼玉県桶川市で起きた事件…どのタイミングでどの頻度で栄養を与えればいいのかがわからないからという理由のみで起きたとは思えない。
だけど、知識不足の側面がゼロだとも言えない。
僕が広めようとしてしてきた「メッセージ論」の影響がゼロだったとも言えない。
当事者たちには、なにかもっと他に経緯や気持ちがあったのだろうと思う。
僕が反省していることがらって、可能性としては薄いかもしれない。
以下の記事を読んでそう感じました。
http://www.jprime.jp/articles/print/12469

可能性だけを、外側から考えると色々と見えてくると思うのですが…。
その中のひとつの可能性でした。
僕の目には、この事件はこのように見えて、僕はこのような反省をして謝罪をしたという記事でした。
まったくもってハズレていたならば、両親や本人には申し訳ありません。
外側からありもしないことで、ゴチャゴチャと勝手に言ってしまってごめんなさい。

実家住まいする若者たち

昭和の時代は、「お父さん」だとか「お母さん」だとかの「役割」に依存していた時代なのかなぁなんて思った。
つまり、役割にこそアイデンティティを置いていた。
そこしか置くとこがなかった。
そこにこそ置くことを「時代」というものが迫った。
そういう時代だったのかなぁと。

なんでそんなことを思ったのかと言えば、対象として平成という時代を考えたから。
平成の時代において、実家暮らしの若者は多い。
わざわざ実家から出て独り暮らしをする人の方が珍しがられるケースさえあるのだという話を聞いて、そこまで時代は変わったのかと驚いた。

もしも神様が居るとして、その神様が「時代」を通してわれわれ人間の姿形を持った魂達にどんなメッセージを送っているのかと考えた。
どんなことを魂達にさせたがっているのか。
『介護』というキーワードも投入して考えてみたら、見えてきた。
―神様は、我々に「家族というものについてもう少し本腰を据えて考えてみなさい」と言っているのではないだろうか。

いろいろなことが社会化していった平成という時代。
介護は本来的には、家族が行うものとされてきたのが昭和以前の時代のやり方だったよう。
それが、「看護師」や「介護者」がそれで金をもらっている職業として興(おき)てきた。
高齢者に対する介護(自分の親の介護)が家庭の中から、家庭の外側へ移行していった。
ただ、国は現在(平成30年)の時点では介護を家庭の中へ戻そうとしたりしているが。

医療技術や新しい薬が開発されてゆき、人間の寿命が伸びた。
延びてしまったとも言える。
「私の役割は終わったわ…!それではさようなら!」と感動と涙のグッバイを言っても…
そっからが長い。
寿命が伸ばされてしまったがゆえに、自分に与えられた役割がもうないのにも関わらず
命だけは続くという期間が生まれてしまった。

自分にとっての「お母さん」は、実は「お母さん」という人物ではない。
「〇〇〇〇」という一人の人物である。
自分にとっての「お父さん」は、実は「お父さん」という名前の人物ではない。
「おやじ」という名前を持つ生物でもない。
おふくろだとかおやじだとか、母とか父とか、ママとかパパというのは
名前ではなくて役割名である。
役職名である。

―神様は、「役割名じゃなくて、1人の人としての名前としての両親というものを考えなさい」と言っているのではないか?と僕は感じた。

母、父、娘、息子だとかそういう役割でベタベタとくっついてしまっていては
或る時期はうまく行っていたとしても
とある時期から先はうまく行かなくなってしまうよ…というハードルがこの現代では設けられている。
これまでの時代においてももちろんそのハードルはあっただろうけれども。
医療技術と新しい薬などによって寿命が延びたこの時代においてそのハードルは
今までよりも多く現れているのではかろうか。
そして今までの時代よりもより、高くなっているのではなかろうか。


若者が実家住まいをしている―その行動の心の奥底に何があるだろうか。
生物として学者としての自分が何かに備えていると言えなかろうか。
未来に訪れる、自分の両親の介護をするという場面が現れたときに
娘としての自分が息子としての自分がより自分の両親のことを
役割名だけじゃなくて一人の個人として知っていれば、
遠すぎず近すぎない適切な距離を取れるはず。
もしくは遠すぎくても良い関係性を、近すぎても良い関係性を築くという
特殊技を「その時」が訪れる前の「まだ余裕のある時期」に習得できるはず。

適切な距離を置いて接することができたり、適切ではない距離だとしても
特殊技を使えたりすれば
自分の両親に介護が必要となった「その時」により円滑に介護を進めることができるはず。
そういう生き物としての戦略、学者としての読みを
若者はしているのではなかろうか。

そして国的な目線で言うならば
そうやって親との優れた関係性を結んでおくことは、ひいては
高齢者介護というものを、もしかするともしかすると社会ではなくて家庭内により留めることができることに繋がることとイコールなのかもしれない。
(社会でするのか家庭でするのかどちらがいいことでどちらがわるいことかわからない。)

これからの時代は、より働き手が少なくて
より高齢者の多い時代になっていってしまう。
1人の働き手で何人もの高齢者(親世代達)を支えなくてはならなくなったそのときに
今の若者は無意識に備えているのではなかろうか。

そんなことを僕は考えた。

自分の両親が介護が必要となるときを迎えるその前に
子供として自分が実家に住まいつづけることで「何か」を得られる可能性もあるという見方だ。
実家住まいを続けることは、デメリットばかりではないかもしれないという見方。
親側や子供側にお互いに縛りが多い中で苦しみながら生み出す「やり方」「あり方」は
距離が近すぎるままでもうまくやってゆけるという特殊な技であるはずだ。

距離を近くし続けることで得られる「技」もあるもの。
そのはず。

逆に、メリットばかりではないというのもやはり同じく真実であるはず。
実家住まいをすることで生まれる、縛りや苦しみやフラストレーションなどは
それはそのまま悪い何かを生み出すケースもあるはず。
実家から離れたからこそ、親との新しい距離の取り方、「やり方」「あり方」を
学べるもののはず。
実家を離れたからこそ生まれる「技」もあるもの。
そのはず。

昭和までの時代よりも、より一層これからの時代では
「介護が必要な期間」が伸びているはず。
その期間をどのように過ごせばいいのかについては、思っている以上に難航することが
多いのではなかろうか。
これまで隠れていたことが出てくる。
これまでとは違った関係性を新しく結ばなくてはならない。

「その時」が来る前のまだ余裕が多めの時期に
何が隠れているのか(役割としての親ではなくて個人としてのその人)を先んじて見抜いておいたり
これまでとは違った関係性を先んじて作っておけば
寿命から引き算することの健康寿命という「難しい期間の命」をより和やかにより楽しくよりより穏やかにより充実したものにできるのではなかろうか。
職業としての介護者も家族介護者もにとっても被介護者にとっても。

介護を考える上では、「どのように頼らないか」「どのように頼るか」が重要であるように感じる。
離れることで何かが得られるはず。
離れないことで何かが得られるはず。
離れることでも、離れないことでも、その両方ともで
「個人としての親」(その人物の物語と心のありよう)を見抜き
「個人としての親との新しい関係性」を作ることができるはず。
(大人になったあとで)離れてみることも、
(大人になったあとで)離れないでみることも、重要なはずだ。

昭和までの時代では、一元的に
「実家から離れないこと」に対してデメリットばかりが目立ってきたようであるが。
平成の時代を経て、その次の元号の時代へ移行してゆく中で
「実家から離れないこと」には、デメリットだけではなく「まだ未知であるメリット」がある可能性が出てきたように僕には感じられる。

散文詩「迷い道」

過去の自分と今の自分
あんまり違いすぎていて
ちょっと以上に戸惑っている

あの道を進んだら❔
そんなこと いつも考えちゃっている
「わたし」を探って極めていた頃
死ことを恐れなかったあの頃
あの頃だったら 迷わなかったのに

スイッチをたくさん持っている
モードをたくさん持っている
目の前に並ぶ たくさんのツマミ
どの組み合わせを僕はするの?

永遠に戻れない あの瞬間(とき)に
いつまで経っても悔やんでる

「どれを選べば正解だった?」
「僕にとって? 誰かにとって」

迷ってばかり 行き止まりばかり
そんな現在をただ俯瞰して
迷いを楽しんだらいいんじゃない?

あの頃とは違う 新しいぼく

だれかの言葉も正しい
おもいっきり納得できるけど
じぶん自身のこころをことばにしてみる
そこにぼくの家があるから

詩「星の戦士」

「星の戦士」

【家族】と言っても そうね
血がつながっているだけ
【あなた】と【わたし】は違うもの

同じ人なのだけれども
背負っている物が違うのね

あなたの背負う星の流れ
わたしの背負う星の流れ
どうやら種類が違うみたいね
仲間だけれど 一緒じゃないか
残念だけれど 違う路線で…
だけど! お互い【走ろう】ね

【恋人】と言っても そうね
関わっているだけ
【あなた】と【わたし】は違うもの

同じ恋に堕ちたけれども
背負っている物が違うのね

あなたの背負う星の流れ
わたしの背負う星の流れ
どうやら種類が違うみたいね
仲間だけれど 一緒ではないや
残念だけれど 違う路線で…
だけど! お互い【走ろう】ね

それぞれの運命を 背負っている
そうね 闘う戦士なの
お互いに それぞれに
運命と戦う星を背負わされた戦士なの

それぞれの星の世界にて
誰の目に触れることがなくても
精一杯に戦い抜いたあとに
また会いましょう… ココで。

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