はむねまぼるのブログ

作詞作曲をしています。介護のことも書きます。強迫性障碍のことも。

本物語

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 私は、道連れの呪いを掛けている。
①私はカルマの法則で、私を虐めた人物2人と運命をリンクする。
②私が不幸に成る。苦しむ。
③私と関連付けされている、特定の人物2人も不幸に成る。苦しむ。
④私の願いは完了。
此の流れだ。
はっきり書くと、其の、私を虐めた者2人が実際に不幸に成ったかどうか何てどうでも良い。
私が、勝手に、『呪っていれば』良いのだ。
其れで勝手に1人で、『呪いは成功した』と思い込んで、満足しているば其れで良いのだ。
と思う。
 私は完全なる、悪者に成りたいとは思って居無い。
過去に自分自身の「他人を呪いたい気持ち」を捨てたくらいだから、醜い心が嫌いだ。
醜い感情を抱きたく無い。
変な表現だ。
変わった表現だ。
「●●」と言う感情を抱きたくないだなんて、悪い感情だけ抱無く、
綺麗な気持ちだけを感じて居たい、抱いて居たい何て、勘定が合わ無い。
私は綺麗好きなのだ。
自分がいつも綺麗な心で居たいのだ。
 「天空の城ラピュタ」と言う長編アニメ作品を知っているだろうか。
私は知っている。
存じている。
存在を認めて居流(いる)。
閑話休談
 中学3年生のときに私を虐めた人と、私はそりが合わない。
私から見ても、其の人から判断しても、「馬が合わ無い」。
馬が最悪だ。
反りが合わないと書くか、最悪だ。
今現在其の人に会ったらお互いに最悪の気分に成るだろう。
私はこうして、中学三年生の頃の妬みを今インターネットで表現し発散しているから其のときの雰囲気は最悪だ。
 だから、どっちにしても会わ無い。
合わ無いから、会わ無い。
 ただ、私は、思って居た。
悪口は陰でするなら本人の前で言って欲しいと思って居た。
中学3年生の頃に私を虐めた人物もそう思って居た。
「悪口は陰で仕無い(しない)で表で本人の前で仕た方が良い」と言う点では、
私と、私を虐めた人物の考えは一致していた。
 ただ、私は、其の虐め(本人に聞える様に悪口を言う事)に遭った時に思った事は、
「やっぱり、悪口は本人に聞え無い所で言う方が、本人の為だな」と言う事だ。
本人に聞えなければ、認知しなければ、存在は其の人には認められない。
『その人にとっては』其れは存在仕無い(しない)。
 重し兎。
重さを兎に持って行かれた。違う。
私が捨てた思いを兎が拾って置いてくれた。
 私が中学3年生の時に言われた悪口其れは
「きもい」。
今なら言える。
「キモイは、気持ちが良いと言う意味ですか?それとも、気持ちが悪いと言う意味ですか?まあ、どちらにしても、と書くか、明らかに後者です。うん。未だマシです。気持ちが「有る」のですから。気持ちが無いよりは、醜い気持ちだろうと思いが、重さが有る事は未だマシです。もっと悪いのは、気持ち無しです。重さ無しです。気持ち無いでは無く、気持ち悪いと言われるなら、未だマシで御座居ます。
と。
 然し、今思えば小学4年生のときに私が悪口も「虐め」で、中学3年生のときに私が受けた悪口も「虐め」だと、言おう。
言う冪だ。
 西尾維新様の小説「化物語」でこういう風な台詞が遭った。
「虐められている奴が、其れを虐めだと言うか!」
そうだ。
虐められている張本人は其の現象を「虐め」だと言わ無いし、其の様には認識していない。
本気でそうは思って居ないのだ。
私が中学3年生のときにそう思って居た。
 小学4年生のときに私が虐めた其の人は、私が中学3年生のときに虐められたと聞いたら喜ぶだろう。
と言うか喜んで欲しい。
虐められた相手に対して幸せに成って欲しい何て、思うのは嘘だ。
私は中学3年生のときに私に、「聞える様に悪口を言った」彼女などが本気で不幸せに成って欲しいと思っている。
呪っている。
人間は其れで良いのだ。
生物は其れで良いのだ。
違う。
生物はそうでないと成ら無いのだ。
「呪いたい」と言う気持ちも、列記とした感情だ。
其の自分で感じた感情を捨てては成ら無い。
 自然に呪いたい気持ちが消えるなら未だしも無理矢理、無き物として扱っては成ら無い。
そうである。
にも関わらず、私は「醜い感情」を「自分の感情で無い」とした。
自分が感じた感情を自分の感情でないと見做した。
見做そうとした。
私の中に存在する「感情」を、蔑ろにした。
無いが代にした。
だから、其の私が捨てた感情を「憑き兎」が、返しに着てくれた。
兎は言った。
「落し物です。此の感情は貴方の物ですか?此の、醜い自分を虐めた人達を呪いたいという気持ちは、思いは、重さは貴方の物ですか?●●●●様の感情ですか?」
私は言った。
「違います。私はそんな醜い、他人を呪いたいという気持ちを抱いて居無いです。」
兎は納得する。
「そうですか。では此の思いは私が貰い受けますね。」
 そう言って、私は重さを持って行かれた。
私は、思い、重みを取られた。
だから、私は軽く成った。
 私は高校生活で、本当に本当に軽く生きた。
軽々しく、薄く生きた。
居るか居無いか解ら無い、儚い存在に成った。
兎が私の重さを持って居る所以(から)。
円で、戦場ヶ原ひたぎの如く(ごとく)。
 私は虐められた。
今思えばあれ等(あれら)の現象は、『苛め』と言う言葉で表現する冪だ。
私は小学生のとき、に悪口を言って、人を虐めた事が在る。
小学4年生のときだ。
小学4年生のときに、気に入ら無い人が居た。
性別は男か女かと言ったら、女子だった。
私は其の女子に聞える様に悪口を言った。
 だから、カルマの法則で中学3年生の今、自分に運命が返って来た、撥(ばち)が当たったのだと自分では思って居た。
これは必然だと思った。
虐めたから、虐められる。
陰陽の考えに基いて、其れは簡単に説明出来る。
悪い事をしたから、悪い事をされる。
簡単な話しだ。
自分でも其の「苛め」に遭っている其の時でさえ、私は「致し方無い事」だと思って居た。
 だから、被害者染みた事をしたく無かった。
其の「現象」(悪口を言う事)を「虐め」だと認知し無かった。
「私は虐められている」何て自分の心の中で思う事が嫌だった。
ズルい気がした。
私は小学4年生のときに虐めをした事が在る。
其れを差し置いて…否(いや)差し置いて何て居無かった。
憶えていたから。
自分がどんな悪い事をしたか、憶えていた。
だから、被害者振りたく無かった。
閑話休談

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