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005
ところで、僕が直江津高校二年生の時の話だ。
僕は、直江津高校のスター「神原駿河」と行きに自転車で会った事が有る。
アレは本当に僕のダークな高校生活の中でも、明るい話題だった。
別に僕は、人に対して悪意を持って居る訳では無い。
基本的に。
ただ、大人らしく(おとならしく)しなくては成ら無い!と強く思っていただけだ。
ちょうど其の頃、彼女が居る事が彼氏がいる事が「上」見たいな訳の解ら無い「強迫観念」が僕の頭の中には存在していて、とっても面倒な感情を抱かざるを得無かった。
僕は小さな頃女子とばかり遊んで居た。
別に僕の叔父さんが「メメ」とか言う、女女っちい名前で有ると言う事とは何の関係も無い…とは思うが。
閑話休談
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終物語
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004
義務教育は終わった。此れからは大変な事に成るのだ!
そう思った。
でも、違った。
僕が高校3年生のとき、国語の坊主の教師が僕等(ぼくら)文系のクラスの皆に向かってこう言った。
「青春は終わりだ!」
僕は、又肩透かしに遭った(あった)。
へ?
何故なら、僕は青春は中学生のときに終わった積もり(つもり)だった。
其れが高校3年生の大学受験迫る(せまる)時に言われた。
と言う事は、逆を考えると
今迄(いままで)青春だった…。
とっくに終わった積もりだった青春は未だ(まだ)続いていたらしい…。
僕は突っ込みたかった。
「未だ、青春続いてたのかい!」
しかし、僕は突っ込ま無かった。
理由は2つ有る。
一つ目は、「授業中だったから、恥ずかしかった」
二つ目は、「先生に対して、突っ込みを入れるのは勇気が必要だが、僕には其のエネルギーが無かった」
どうして、エネルギーを失ったかと言うと肩を既に透かして仕舞った(しまった)から。
だから、肩をもう一度元の位置に戻してから更に突っ込みを入れる元気が無かった。
では、では、今迄必死に生きて来た僕の此の高校2年間は一体何だったのか。
「僕はもう、大人だ。面白い事はもう、し無い。もう馬鹿な事はし無い。しては駄目だ」
そう思い込んで生きて来た此れ迄のダークな2年間は一体何だったのか!
他の人達は高校生は未だ(まだ)青春だと思って、楽しんでいたというのか1
僕は…僕は…、そんな楽しい事、起こり得る楽しそうな事を沢山ガマンしたのに!
ずるい。
ううん。
別にずるいとは思わ無かった。
閑話休談
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小学6年生のとき、担任の先生達が6学年に向かってこう言った。
「中学校に行ったらそんな態度では駄目だぞ!」
気を引き締めて僕は中学生に成った。
そうしたら、中学一年生の生活は小学校6年生の生活よりも楽な物だった。
肩透かしだった。
そして、中学生の卒業式僕の街の長がこう仰った(おっしゃった)。
「此れから君達は荒波の海の中に投げ出される」と。
もう義務教育は終わり。
此れからは、人を騙してでもしながら生きなくては成らない。
御金が全て、自分が全て。
男は女と結婚する事を歓びとし、
女は男と結婚する事を喜びとする。
結婚と、金と、自分の命が全て。
同性何て、蹴落として行かなければ成ら無い。
其んな風に思っていた。
とか思いつつも、僕自身、女の子とばかり遊んでいた。
保育園生の時は御飯事(おままごと)をして遊ぶのが好きだった。
御店屋さんごっことか。
閑話休談
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僕は、小さな頃よく女子と遊んだ。
そうだ。
僕は昔「軟派」だった。
でも、別に全く男子と遊ば無かったと言う訳では無い。
3人位(くらい)は男友達が居た。
男子の「デゥクシ!」とか言う効果音を伴なった(ともなった)遊びが嫌いだった。
僕が保育園生(決して幼稚園では無い)だった頃の話、
因みに、僕が通っていた保育園は、僕が住んでいた家の近くに有るのだが、
後から知った話、僕は「特別」だったらしい。
どの様に特別だったかと言うと、以下の様にだ。
当時其の僕が通っていた保育園「●●保育所」には人が大勢入る予定だった。
だから、保育園関係者だか、役場の人だかが此れから、保育園生に成る子供が居る家庭を回って
「●●保育所」から「××保育所」に行ってくれないかと頼みに回ったそうなのだ。
しかし、僕の親はちょっと遠目(とおめ)の保育所に行く事を断った。
だから、有る意味、僕は特別だった。
まあ、此の場合は、悪い意味でダークな意味で「特別」だった。
閑話休談
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001
忍野扇。
僕の名前だ。
僕が僕何て一人称を使い始めたのは、
中学生のときだ。
小学生迄(まで)は自分の事を「おうぎ」と呼んでいた。
よく、痛い娘(こ)やぶりっ子な女子が自分の事を自分の事を自分の名前で呼ぶ。
僕はそう言う人だった。
そう、以前僕は人だった。
今は、そうだね、恰も(あたかも)人間見たいな人と呼んだ方が、寧ろ、事実に即していると思われる。
閑話休談
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