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空海大師の世界 その8
空海の師 恵果との出会い
大師にとって 般若三蔵と恵果阿闍梨との出会いは 大きな転機です
恵果和尚は 密教の付法 第七祖です インドから中国へ
伝えられた 直系7番目の祖師に当たります
空海はこの人から 直接伝授されなければ 意味が無い事を知っていました
しかし 空海はすぐに会いに行かず まず 準備を始めます
その時の師が インド人である般若三蔵でした
まず この師に梵字(サンスクリット語)を学び それから 恵果和尚に
面会に行きます
恵果和尚には門弟が何千人といましたので まともに行っても
会うことすら難しかったと言われますが
恵果和尚は 旧知の友人を迎えるように出迎え
「私の命はもう間もなく尽きる 早速 伝法に入ろう」と
20年はかかると言われる 密教の全てを
3か月で 伝授されたのです
ここに 遍照金剛としての空海 伝法 第八祖としての大師が
誕生したのでした
つづく
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空海大師の世界
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空海大師の世界 その7
密教を求め 唐へ
大師が山岳修行をしていた期間は 7年と数か月と云われます
その後 正式に僧侶となり 空海と名を改めて
密教を学ぶために 唐に渡ることになりますが
今と違って 日本の船舶技術は遅れていて 遣唐船に乗る事は
死を覚悟しなくてはならなかったといいます
しかも 遣唐使の期間は20年です 途中で挫折して帰国しても
死罪は免れなかった時代です
余程 燃えるような想いがなければ 行く事はできなかったでしょう
また この時 最澄も別の船に乗船していて
途中の嵐で 最澄の船と 空海の船だけが 沈没しなかったといいます
正に運命の巡りあわせとしか思えませんよね
そして 国家を代表する 国司としての入唐だった最澄はすぐに上陸を
しますが 一介の留学僧としての空海は すぐには 上陸を許されません
数か月の足止めの後に 上陸許可が出たそうですが
その時も 漢文に長けていて 達筆だった空海の才能のお蔭で
許可が下りたそうです
最澄と空海の対比は この後も様々な様相を見せて
二人を引き合わせて行くんです
つづく
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空海大師の世界 その6
青年空海
山岳修行時代
空海は今で言う エリートコースを順調に進む 優等生でした
そのまま行けば 朝廷に仕え 安定した人生が約束されていました
しかし そういった事に価値を見出さなかった空海は
いきなり 大学を中退して 旅に出てしまいます
この旅が山岳修行の旅だったんですね
今の四国八十八か所は その時の修行コースだと言われます
この時 有名な神秘体験をしたと云われます
室戸岬の洞窟で 虚空蔵菩薩の真言(のうぼう あきゃしゃぎゃらばや
おん ありきゃ まりぼり そわか)を唱えていた時
明星が空海の口に飛び込むのが目撃されています
この頃の空海は まだ 空海という名前も持たず
得度も受けず 生きるとは何か 自分とは何かと
苦悩する若者だったんですね
このころ 多かれ少なかれ 今で言う 超能力を身に付けたと云われます
そして この頃将来の道場である 高野の地を見つけてもいるんです
空海さんの 生涯を追っていくだけでも 一つのブログができてしまいます
ので
ここでは 詳細は避けますが 北大路欣也さんが主演した映画や
司馬遼太郎さんの小説など 多数ありますので
そちらを見られると分かりやすいと思います
次回から 空海が唐に渡り 正式に密教を授かる所に入ろうと思います
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空海大師の世界 その5
空海という人
「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し」
くら
空海のあまりにも有名な一句です
宮坂宥勝さんは
「大宇宙における 生あるものの生死の無限ドラマを描写している」
と云われました
あまりにも 平凡な真実だから いつも この言葉を読むと
粛然とした気持ちになります
また 空海はこのように言っています
「生は吾が好むにあらず 死はまた人の悪むなり
然れども猶 生まれ行き生まれ行き手て六趣(迷いの世界)に
輪転し
死に去り死に去って三途(地獄 餓鬼 畜生)に沈淪す
我を生ずる父母も生の由来を知らず
生を受くる我が身もまた死の所去を知らず
過去を顧みれば冥々として その首を見ず
はじめ
未来を臨めば漠々として その尾を尋ねず」
おわり
如何でしょう
永劫に反復されている たったひとつのいのちの生と死のドラマ
この世に生きとし生けるものの真実相を
空海は永遠の眼差しをもって 直視しています
尚 この章は 宮坂宥勝さんの {空海密教の宇宙」}より
参考にしています
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空海大師の世界 その4
密教の仏
日本の仏教の場合 宗派によって 本尊はだいたい決まっている
ようです
浄土教系の場合は 阿弥陀如来ですし
日蓮宗の場合は 釈迦如来という具合です
密教の場合は 教主を大日如来とするものの
不動明王が本尊のお寺 観音様が本尊のお寺などなど
正に 本尊のオンパレードです
これは 先ず そのお寺の縁起によって 本尊が祀られていること
そして 密教の性質が ヒンドゥー教や他の宗教の神を
排除したり 対立したり するのではなく
共存共栄してきた 歴史があるためなんですね
日本の神道とも ”神仏習合”といって
共存してきた 歴史を持ちます
空海大師は 高野に磁場を設定する際に
山の産土の神の許可を得てから
高野山を道場にしましたので
今でも 境内には 神社があります
空海は知っていました 1200年も前に
民族信仰と世界信仰の波動の違いを熟知していたんですね
驚異的 霊感としか思えません
一つ間違えば 大変な事になってしまいます
私も子供の頃から 混乱していましたが
今では 大師や 師匠に習い
壇には 産土神を祀り 神社では祝詞をあげさせて頂きます
もちろん こちらでは マリヤ像イエスの御影が
不動明王や阿弥陀さんと 並んでいます
よく”あまりたくさんの神を祀ると 神同志が喧嘩してよくない”
特に 霊能者の方がそういう指摘をされるようですが
神々がそんな事で喧嘩はしません
むしろ その祀り方が適当で おもちゃでも並べるように
波動も基礎知識も関係なく ご利益ご利益で祀れば
神でなくて 先祖でもがっかりします
なんでも基礎は大事ですね
私達は空海大師の訓えに 基礎を置くわけです つづく
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