水晶の舟

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水晶の舟 其の三

 三時間程睡り、夜が白々と明ける頃に起き出した。
本当は、まだまだ寝ていたかったのだが、どうしても起きなければならない理由があった。
窓辺に置いたテーブルに着き、ノートパソコンを開いてスイッチを入れた。
 路地裏の小さな外灯はまだ灯っている。バイクの音が遠くからちかずいてくる。
遙か遠くの方から、少しずつ闇が追いやられていく。

 インターネットのサイトから、ゲームを開き、将棋のコーナーをクリックした。
この時間なら、ゲームに参加している人数も少なく、目的の相手を探しやすい。
 もっとも、その相手が参加していればの話だか・・・・・・
起動するまでの間に、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一口呑んだ。その冷たさに、額が痺れた。
 濁り水が清んでいく様に、窓の外の風景が、ぼんやりと現れて、外灯の光がくすんで見えた。
パソコンの画面が変わり、私の選択した将棋ルームが現れた。

 目的の相手は対戦中だった。「paradox」というIDで参加している、この男の席に入り、私は将棋を観戦した。対局は終盤に差し掛かり、少し難しい局面だった。

  (おはよう)私はパラドックスにPMを送った。ちょうど彼の手番だったが、駒は中々動かなかった。
  
     (ああ・・・・おはよう、ねーさん)暫くして返事が返ってきた。
  
     (ちょっと待ってて・・・・もーすぐ終わるから)

  (相手の玉・・・・詰んでるよ)

      (えーーーーー・・・・ホントー?)

  (たぶん・・・・詰んでる・・・・銀一枚捨ててごらん)

       (むむむむむむむむむっ)

 私はビールを呑みながら、盤面を見守った。暫くしてパラドックスの駒が動いた。
パラドックスの打った銀を、相手が玉で取り、その後パラドックスは正確に寄せきった。

  (冴えてるね)

       (ありがと・・・・・・^ ^;)

  席を去った相手の代わりに、私は先手番に付いた。(おねがいします)とメールを打つと、
(こちらこそ・・・・・ご指導願います)と返ってきた。


  (夜勤明けでしょ・・・・眠くないの?)

序盤の駒組みが進んだ頃、私はまた話しかけた。

       (眠いよ・・・・これ最後にして寝る)

  (勝ったら寝かせてあげるよ)

       (むごいことゆーなー、ねえさん仕事あんだろ?)

  (今日は昼からなの)
 

 相手のミスを突いて、私から仕掛けた。駒がぶつかり合い、パラドックスが長考に入った。
窓の外の外灯が消え、街がざわつき始ている。越してきて間もない街だが、朝の匂いを感じると、もう何年も此処にいるような気がする。

  (ねーパラ・・・・)

 長考中の相手に話しかけたが、返事は返ってこない。

  (・・・・・パラ?・・・・一つ頼みがあるの)

  (ある人と、一局指して欲しいんだ・・・・その相手は、午後なら毎日此処で指してるから)

  (その相手とじっくり指して・・・・・・・・少し親しくなってほしい・・・・・・・・)

  (できれば、少し話して・・・・・・・それを私に・・・教えて欲しい・・・・・・・・)

  (ねーパラ・・・・あたしこんなこと頼むの・・・あなたしかいないから・・・・・・・)


       (いーよ、そいつのIDおしえて)   


 その瞬間、後手番の駒が動いた。私の読みにない最善手だった。


 


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