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最初に小説を書いた人間のたくみな点は、私たちの情動を司る装置のなかではイメージが唯一
の本質的要素であって、現実に存在する具体的な人物を無条件にあっさり消し去ることになる単純
化がなければ、最終的な完成はおぼつかないという真理を理解していたということにあるだろう。現
実に存在する人間は、たとえその人にどれほど私たちが深い共感を覚えたとしても、大部分は私た
ちの五感でとらえたものだから、結局、不透明のままであって、いくらこちらの感覚能力を働かせて
も、その人自身が持つ静荷重まで支えることはできない。
『失われた時を求めて』 マルセル・プルースト
『失われた時を求めて』は膨大な過去の時間の中を彷徨う記憶の物語である。一人称で語られる
記憶は書くという行為によって少しずつ少しずつくみ上げられてゆき、大きな揺るぎにない構造物
の様相を一瞬読み手の目の前に鮮やかに描き出し、蜃気楼のように消えてゆく・・・・・それが僕の
持つ、この物語のイメージである。それと同時に、作品の中で屡々語られる文学論も、まさに小説
家の視点で書かれた種明かし的面白さがある。だけどそれはプルースト独自の感覚的譬喩やユニ
ークな思考経路で書かれているために、翻訳の文章になると大変理解しづらくて、その部分をはしょ
って読んでいたために、少しずつ厭きていったようにも思える。今回この部分を読んで、これは凄い
事を書いているなと立ち止まってしまった。引用が短いために、ちょっと分かりづらいかも知れないが
ちょっと関心を持った方は本を手にとってもらいたい。「・・・・その人自身が持つ静荷重」ちょっと理解
しづらい言葉が、前後の文脈により、微妙なニュアンスで脳に閃きを与える分かりやすい訳になって
いると思う・・・・・・そして、やはりこの時代に文学は語り尽くされているのかも知れないと感じた。
プルースト・・・・ジョイス・・・・カフカ・・・・・フォークナー・・・・・ムージル・・・・・・1920年代に固まってる
もんねぇ〜どえらい奴らは・・・・・。
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小説を書こう
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小説としての描写力が、時に詩的に、時に哲学的な領域にまで足を踏み込む、その降り幅の大きさが、この作品の最大の魅力だと思います。
その上、全体的な構成力を失うことがなかった。その集中力。
この作品を書くことに没頭せずに、適切な治療を受けていれば、著者はもっと生きられたと、解説で読みました。
なんとも壮絶な、作家としての生きざまだと思います。
明けましておめでとうございます。
2011/1/1(土) 午後 11:17 [ onkun ]
おんくん
壁にコルクを貼って外からの音を遮断した部屋で書き進められた
そうですね。とにかくこれだけの構想を形にしていく集中力と
忍耐力・・・・そして執筆以外の事を犠牲にすることになんの迷い
も抱かない境地、そういう心を覗いてみたいね、
2011/1/2(日) 午後 5:35 [ すいす ]
1920年代は、アメリカに限定すれば、第一次大戦後のもっと華やかな時代で、「一生懸命働くよりも人生を楽しんだほうがいい」という風に若者たちの価値感が変化した10年だったようです。様々な電気製品、そして自動車が街にあふれるようになった時代です。禁酒法の時代でもありますが。そして、世界大恐慌で20年代は終わりますが。
以上、アメリカの小学生の教科書より。
2011/1/2(日) 午後 10:21 [ dareyanen22 ]
dareyanenさん
1910〜1920年代に現在も読み継がれている重要な文学作品の多くが
発表されたのには時代的背景も当然関わっていると思います。
大戦前のデカダンスな雰囲気の中で、多くの飛び抜けた才能がパリ
に集まったこともあるでしょう。ヘミングウェイも修行時代だった
んだよねぇ〜
2011/1/3(月) 午前 11:23 [ すいす ]