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もう秋なのか・・・・などとアルチュールランボーのごとく呟いて
煙草を吸いながら、雨模様の空をながめている。
ランボーは中学生の頃から愛読している。最初は金子光晴の訳で読んだ。
それ以外にも小林秀雄訳、粟津則夫訳、他数冊が本棚にある。
最近は、名前を失念したが、ちくま文庫の訳本を枕元に置いている。
フランス語が分かれば原書で読みたいのだが、今までそういう努力を怠ってきたし
今更、習う気にもなれない。
「何で同じ内容の本をこんなに買ってるのよ、ばっかじゃない」と嫁がなじる。
「うるせー、お前ごときに、この俺の無垢で純粋で繊細な気持ちが分かってたまるか」
と、心の中で叫びながら、おずおずと、その冷たい視線を避ける。
私のようなランボー好きが、この国に大勢いるのではないだろうか?
酒の席での余興に「酔いどれ舟」など暗唱し、若い部下達の不興を買っている
中年が、何処かにいるのでは・・・・・。
中学時代、誰彼かまわずランボーについて熱く語りかけ、呆れて誰も相手に
してくれなくなって、終いには自分の祖母を相手に、「地獄の季節が」どーの
「イリュミナシオン」がこーのと、喋り続けた自分の姿を思い出し、苦笑して
しまう。「そーかい、そーかい」と訳も分からず聴いてくれた祖母も、もう
いない。
ランボーが好きということは、決してランボーに付いて研究しようとする
事ではない。ランボー好きは、アルチュールランボーその物になりたかった
嘗ての少年達の事なのである。
などと・・・・負け惜しみ的に呟いてみる秋の入り口。
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