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水晶の舟  其の五

 部屋の中央に置かれた卓袱台の上に、男が持ち込んだ酒や食料が散らかっている。
私は、窓辺に腰を降ろし、煙草を吸いながら、若い男の話を聴いている。男は時々話に間をおいて、
ビールを一口啜ったり、ポテトチップスをつまんだりしながら、喋り続けている。
 少し開けた窓の隙間から、吐き出した紫煙が外へ流れ去る。その度に、生臭い匂いを孕んだ冷たい
外気が、私の首筋を撫でる。
 初めて訪れた、長い沈黙の後、男は顔を上げて私を見つめた。私は虚ろな表情をつくり、卓袱台に
肘を付く男の方へ、眼をやった。

 「なんか・・・すっきりしました、色々聴いてもらって」

 「・・・・・そう」

 「はい、どうもありがとう」

 「・・・・・おちついた ?」

 「はい、すいませんでした」


 
 私が扉を開けると、男はおずおずと顔を持ち上げて「もう一度昨日のお礼がしたくて・・」
と言った。私は少しおどけた口振りで「昨日の事・・・今日の明け方の出来事でしょ」と言った。
 佇む男を、部屋へ引き入れて、卓袱台を組み、座布団を差し出した。
男は缶ビールと食料で膨れたスーパーのビニール袋を卓袱台の上に置き「良かったら、受け取ってください」と言った。
 私は無言で袋を受け取り、その中身を一つ一つ卓袱台の上に並べた。
缶ビール・コカコーラ・ウーロン茶・サンドイッチ・ポテトチップス・焼き鳥の缶詰・おにぎり・
するめいか・チョコレート・・・・・。

 「あなた、お金持ちなのね」  皮肉混じりに言ってみた。

 「・・・何を買って良いのか、分からなくなっちゃって」

 「それに、私、お酒呑まないって言ったじゃない」

 「はい・・・でも、それは嘘でしたね?」

そう言って、男は部屋の隅に置かれたテーブルの上の空き缶に、視線を流した。
私も、男の視線の方向へ顔を向けた。ノートパソコンの画面が真っ暗になっている。
 四角く切り取られた深い闇の奥に、息の詰まるような混沌と喧噪が睡っている。
スイッチを入れれば、何時でも生き返るカオス・・・・・。

 「とりあえず乾杯しよっか ?」

 「いいんですか?」

若い男の表情が明るくなった。私は流し台の水切り籠からコップを取り出し、男の目の前で
ビールを注いだ。

 「さーて・・・・何から食べようか」

 そう言って、私はビールを呷った。男はコップを口元にあてて少し啜った。グラスが透けて見える
程、白く、細い指だった。

 「あの・・・・もし迷惑じゃなければ、少し話を聴いてほしい・・・・」

 「いいよ、迷惑だと感じたら、何時でも追い出すから」

 「はい」

 「それから・・・さして親しくもない相手にややこしい話をする気ならば・・・」

 「はい・・・・・・」

 「名前ぐらい名のろうよ」

 私は流しの棚から、灰皿を取り、窓辺にしゃがみ込んだ。隣の部屋のドアが開閉され、廊下を
ギシギシと遠ざかる足音が聞こえた。
 時計の針は九時を回っていた。このアパートに越してきて、足音だけで性別ぐらいは判断出来る
ようになった。顔や年齢や素性は分からないが、今の所、それで十分だったし、興味もなかった。
 乾いた喉を潤すように、男はビールを呷り。私に何かを打ち明けようとしている。

 私は建付の悪い窓を少しこじ開けて、煙草に火を点けた。

 「大きな声で、言ってごらん」 そう言って、自分の声のでかさに驚いた。

 「はい・・・・・大河と云います・・・・大河・・・翔太」

 それから、大河翔太の長い話が始まった。



 

 

マリリン

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   トルーマン・カポーティーは自著の「ティファニーで朝食を」の映画化の際、ホリー役

  に、マリリン・モンローを希望した。結果的にオードリー・ヘップバーンで良かったの

  かなと思うのだが、僕は熱心な映画ファンではないので、断定はしない。

   マリリンとカポーティーがダンスをする写真がある。女優の笑顔と、小男の小説家の

  必死の形相が対照的で、滑稽な一枚である。やはりマリリンの相手は、アーサー・ミラー

  の方が格段に様になる。しかしマリリンの真の意味での美しさを、理解し、それを表現

  出来たのは、同性愛者のカポーティーだったのではないだろうか。

   この作品集の中に「うつくしい子供」という短編がある。作者とマリリンとの対話で
 
  構成された作品だが、不思議な美しさがある。二人が共通の知人である人の葬儀に出て

  その帰りに酒を呑み、タクシーで港へと向かう。

  その間のやり取りを、カポーティーは簡潔で巧みな文章で表現している。

   作家が、この薄幸で終わった女優に向ける視線が、優しく、愛しく、そしてうつくしい。

   そういえば、エルトン・ジョンにも、マリリンの事を歌った作品があったね。

   エルトン・ジョンとトルーマン・カポーティー・・・どこか似ている。



   (というわけで、私たちはサウス・ストリートに辿り着いた。フェリーが海の向こうの
   ブルックリンの町並みを背景に停泊し、レースのようなフワフワした雲に縁取られた
   港の水平線を背景にカモメが白く、傾いたりスーッと飛んだりしている
   この絵のような光景は、ほどなくマリリンの気持ちを柔げた。
   タクシーを降りると、革ひもで繋いだチャウチャウ犬を連れた、乗客らしい人が
   フェリーの方へ歩いていた。すれ違いざまに我が連れは立ち止まり、犬の頭を
   軽く叩いた)

男 (きっぱりと、だが愛想は悪くなく)知らない犬には触らないほうがよろしいですよ。
    とくにチャウチャウ犬なんかはね。噛みつくかもしれませんですからな。

 マリリン  犬に噛まれたことなんてないわ。人間だけよ。名前は?

 男  フー・マンチュー。

 マリリン (フフッと笑って)映画みたいだわね。かわいい名前だこと。

 男  あなたの名は?

 マリリン  あたしの名前? マリリンです。

 男  思ってた通りだ。女房の奴、僕の言うこと信じないだろうな。サインしてもらえますか?

(彼は名刺とペンを取り出した。ハンドバックを下敷きにすると、彼女は ゛神の御加護を
   マリリン・モンロー゛と書いた)

 マリリン  どうもね。

 男  ほんとうにありがとう。事務所に戻ってこれを見せるまでが待ち遠しいですよ。

  (私たち二人は船着き場の端までそのまま歩き、波がパチャパチャと打ち寄せるのを聞いた)

 マリリン  よくサインをしてもらったものだわ。ときには、今でもだけど。去年チェイスン
       のところでクラーク・ゲーブルと隣り合わせになったの。それで、あたし、彼に
       ナプキンにサインしてほしいって頼んだのよ。

  (係留杭にもたれかかって、彼女は横顔を見せた。人跡未踏の遠い地点を見渡している
  ガラテイアのようだ。そよ風が彼女の髪をなびかせ、まるでそよ風に吹かれて向きを
  変えたように、彼女は頭を軽やかに私の方へ向けた)


『うつくしい子供』トルーマン・カポーティー  野坂 昭如 訳


    





  

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