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部屋の中央に置かれた卓袱台の上に、男が持ち込んだ酒や食料が散らかっている。
私は、窓辺に腰を降ろし、煙草を吸いながら、若い男の話を聴いている。男は時々話に間をおいて、
ビールを一口啜ったり、ポテトチップスをつまんだりしながら、喋り続けている。
少し開けた窓の隙間から、吐き出した紫煙が外へ流れ去る。その度に、生臭い匂いを孕んだ冷たい
外気が、私の首筋を撫でる。
初めて訪れた、長い沈黙の後、男は顔を上げて私を見つめた。私は虚ろな表情をつくり、卓袱台に
肘を付く男の方へ、眼をやった。
「なんか・・・すっきりしました、色々聴いてもらって」
「・・・・・そう」
「はい、どうもありがとう」
「・・・・・おちついた ?」
「はい、すいませんでした」
私が扉を開けると、男はおずおずと顔を持ち上げて「もう一度昨日のお礼がしたくて・・」
と言った。私は少しおどけた口振りで「昨日の事・・・今日の明け方の出来事でしょ」と言った。
佇む男を、部屋へ引き入れて、卓袱台を組み、座布団を差し出した。
男は缶ビールと食料で膨れたスーパーのビニール袋を卓袱台の上に置き「良かったら、受け取ってください」と言った。
私は無言で袋を受け取り、その中身を一つ一つ卓袱台の上に並べた。
缶ビール・コカコーラ・ウーロン茶・サンドイッチ・ポテトチップス・焼き鳥の缶詰・おにぎり・
するめいか・チョコレート・・・・・。
「あなた、お金持ちなのね」 皮肉混じりに言ってみた。
「・・・何を買って良いのか、分からなくなっちゃって」
「それに、私、お酒呑まないって言ったじゃない」
「はい・・・でも、それは嘘でしたね?」
そう言って、男は部屋の隅に置かれたテーブルの上の空き缶に、視線を流した。
私も、男の視線の方向へ顔を向けた。ノートパソコンの画面が真っ暗になっている。
四角く切り取られた深い闇の奥に、息の詰まるような混沌と喧噪が睡っている。
スイッチを入れれば、何時でも生き返るカオス・・・・・。
「とりあえず乾杯しよっか ?」
「いいんですか?」
若い男の表情が明るくなった。私は流し台の水切り籠からコップを取り出し、男の目の前で
ビールを注いだ。
「さーて・・・・何から食べようか」
そう言って、私はビールを呷った。男はコップを口元にあてて少し啜った。グラスが透けて見える
程、白く、細い指だった。
「あの・・・・もし迷惑じゃなければ、少し話を聴いてほしい・・・・」
「いいよ、迷惑だと感じたら、何時でも追い出すから」
「はい」
「それから・・・さして親しくもない相手にややこしい話をする気ならば・・・」
「はい・・・・・・」
「名前ぐらい名のろうよ」
私は流しの棚から、灰皿を取り、窓辺にしゃがみ込んだ。隣の部屋のドアが開閉され、廊下を
ギシギシと遠ざかる足音が聞こえた。
時計の針は九時を回っていた。このアパートに越してきて、足音だけで性別ぐらいは判断出来る
ようになった。顔や年齢や素性は分からないが、今の所、それで十分だったし、興味もなかった。
乾いた喉を潤すように、男はビールを呷り。私に何かを打ち明けようとしている。
私は建付の悪い窓を少しこじ開けて、煙草に火を点けた。
「大きな声で、言ってごらん」 そう言って、自分の声のでかさに驚いた。
「はい・・・・・大河と云います・・・・大河・・・翔太」
それから、大河翔太の長い話が始まった。
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