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夏への扉が少しずつ開いて、その向こう側から待ちきれぬばかりに様々な音や光や風や
音楽が流れ出てくるように、雲の切れ間から飛び出した日射しが、僕の目蓋を射抜いた。
平日のデパートの屋上に、客は疎らだった。それを予想して、僕たちは此処に上がって
きた。高校は卒業しているのだから、別に隠れる必要もないのだけれど、人前でタバコに
火を付けることに、まだ罪悪感があった。まして僕らは社会人ではないし、大学生にも
成りそびれた立場だった。屋上のフェンス越しに見おろす駅のプラットホームから、下り
の電車が出発するアナウンスが流れた。つきだした僕の頬を、モヤモヤした熱気が覆った。
十円玉を入れると3分間見ることの出来る望遠鏡を覗いたまま、関口はまた溜息を付い
た。溜息というより野生動物の断末魔の呻り声に近かった。天上から照射する暑い光に顔
を向けて、関口は何かをあらためて自分に強く誓うように「よし・・・」と呟いた。
「どーした関口・・・・彼女は出てきたのか・・・・」
瓶入りのコカコーラを一口飲み込んで、塚田が言った。僕は塚田の顔に一瞬現れた嫉妬と
も軽蔑ともつかぬ表情を見て、不思議な気持ちがした。
関口はそんなことを一切気にせずに、ポケットから十円玉を取り出して、また望遠鏡に
顔を近づけた。
「授業終わって15分以上過ぎてるぜ・・・・・そろそろ出てくるだろう・・・・」
望遠鏡を覗いたまま微動だにせぬ関口を諦めて、塚田は僕に話しかけてきた。
僕はそんなことにまるっきり興味がないという素振りで、思い切り吸いこんだ煙草の煙
を、大空に向けて吐き出した。遙か上空を千切れ千切れ流れていく雲の群れに、僕の肺か
ら生まれた煙が同化していった。
「いたっ!・・・・・美砂さん・・・・出てきた」
羞じらう少女のようなか細い声で、関口が言った。塚田はそれにいち早く反応して、関口
の望遠鏡を奪った。
「どれだどれだ・・・・関口・・・どの子だよ・・・」
「白いブラウスに、水色の長いスカート・・・・・」
「ああっ・・・・・背の高い子か・・・・・」
「・・・・うん」
「そーか・・・・おいっ・・・・」
塚田は僕を手招きして、望遠鏡を覗かせた。駅構内を挿んだ南口にある予備校。その前の
通りを、3人の女の子が楽しげに歩いていた。その真ん中にいる背の高い子を追って、僕は
少しずつ望遠鏡を動かした。風に流れる髪の間から覗いた女の子の瞳が、一瞬睨み付けるよ
うに僕の方を見た。僕はドギマギして、レンズを覗く目を閉じてた。
「手紙渡すのか・・・・・・」僕の背後で、塚田が言った。
「いや・・・・・まだ早いような気がする・・・・手紙の内容もまだ完璧じゃないし・・・」
蚊の啼くような声で、関口が言った。「完璧な手紙・・・・」関口の言葉を、僕は乾いた口
で反芻した。こいつが書く完璧な手紙とは、どんなものなのか、僕には予想が付いた。
高校の3年間、ドストエフスキーと大江健三郎と吉本隆明の話しで終止明け暮れた関口の書
く恋文・・・・それを想像しただけで、首筋に震えが来た。
高校卒業して三ヶ月が過ぎていた。私立男子校から予備校へ、腐れ縁を引き摺った3人の
長い夏の始まりだった。
つづく
* 続きは?・・・・・・・・・・・・はたして?・・・・・・続くのか・・・・?????????
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