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最初に小説を書いた人間のたくみな点は、私たちの情動を司る装置のなかではイメージが唯一
の本質的要素であって、現実に存在する具体的な人物を無条件にあっさり消し去ることになる単純
化がなければ、最終的な完成はおぼつかないという真理を理解していたということにあるだろう。現
実に存在する人間は、たとえその人にどれほど私たちが深い共感を覚えたとしても、大部分は私た
ちの五感でとらえたものだから、結局、不透明のままであって、いくらこちらの感覚能力を働かせて
も、その人自身が持つ静荷重まで支えることはできない。
『失われた時を求めて』 マルセル・プルースト
『失われた時を求めて』は膨大な過去の時間の中を彷徨う記憶の物語である。一人称で語られる
記憶は書くという行為によって少しずつ少しずつくみ上げられてゆき、大きな揺るぎにない構造物
の様相を一瞬読み手の目の前に鮮やかに描き出し、蜃気楼のように消えてゆく・・・・・それが僕の
持つ、この物語のイメージである。それと同時に、作品の中で屡々語られる文学論も、まさに小説
家の視点で書かれた種明かし的面白さがある。だけどそれはプルースト独自の感覚的譬喩やユニ
ークな思考経路で書かれているために、翻訳の文章になると大変理解しづらくて、その部分をはしょ
って読んでいたために、少しずつ厭きていったようにも思える。今回この部分を読んで、これは凄い
事を書いているなと立ち止まってしまった。引用が短いために、ちょっと分かりづらいかも知れないが
ちょっと関心を持った方は本を手にとってもらいたい。「・・・・その人自身が持つ静荷重」ちょっと理解
しづらい言葉が、前後の文脈により、微妙なニュアンスで脳に閃きを与える分かりやすい訳になって
いると思う・・・・・・そして、やはりこの時代に文学は語り尽くされているのかも知れないと感じた。
プルースト・・・・ジョイス・・・・カフカ・・・・・フォークナー・・・・・ムージル・・・・・・1920年代に固まってる
もんねぇ〜どえらい奴らは・・・・・。
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2011年01月01日
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みなさま
紅白歌合戦も観ずに、いつものペースで酒呑んで
というあまい夢を見ながら寝てしまった四十代最後の大晦日から一夜明けて、午前中は起きる
気配も見せずに頑なに自室に引きこもり読書していた元旦でございます。
なんでかってぇ〜〜とパラパラと読み始めたプルースト・・・・これがまたたいそう面白くて夢中
になり、時も忘れて貪り読んでいたら、とっくに2時を過ぎて、腹減って起き出したワケでござい
ます。昨年自分のブログで岩波文庫版と間違えて光文社古典新訳文庫の物を買ってしまった
事を後悔したわけですが、今・・・・ソンなこと書いた事を後悔しています。
高遠弘美さんの訳による『失われた時を求めて』 これはオモロイ
しながら、何時か読破したいという希望だけを持ち続けた理由はたぶんそこにあったのだと思う
もう少し読み進めたらちょっと感想書いてみたいのだけれど。これはホントに気楽に楽しめる
小説なのだと確信したところで・・・・・お屠蘇タイムを持ちたいと思う。
そーゆーワケで・・・・・大塚咲ちゃんのブログを背景にして記念撮影・・・・・栞に登場人物の紹介
が書かれているのも親切でありがたい。
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