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縁側に座る敬一の後ろ姿が不自然に映ったので洋子は足を止めた。路地の奥から庭に咲く
草花の匂いを掠め取って流れてくる小さな風が頬を撫でた。
敬一は午後の陽光に包まれて蹲っている。その肩が妙に窮屈そうに縮こまり、その奥で最近
やけに白くなった頭がヒクヒクと震えるように見え隠れしている。
洋子は背伸びをするような格好で、その後頭部を見つめた。近づいて行って上から眺めればす
むことにも気付かずに・・・・・・洋子の眉間に縦皺が浮いた。
足の臭いでも嗅いでるのだろうか?
正面に廻ったら、ソンなことをしている真っ最中のような姿だった。洋子の爪先に力が入り、眉間
の皺が濃くなった。
敬一の肩がぷるぷると動くと、その直ぐあとに白いモノが腹のあたりから転がり落ちた。
洋子はハラハラしながらその小さな命を目で追った。キラキラと光る午後の陽射しに包まれて、
白い子猫が顔を上げた。洋子は乾いた口を開けたまま、夫の背中と子猫の瞳を交互に見つめた。
つづく・・・・・・・・・・かも・・・・・・・
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小説
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叔母さんの家にある冷蔵庫の一番下の大きな引き出しには、あふれるばかりにネコの餌が詰まって
いる。最初はシリアルの一種かと思ったのだけれど、赤や茶色や緑色のくすんだ粒々に手を入れた時
に気づいたんだ。これは咲妃がいつも買っているのと同じキャットフードだ、と。だけど叔母さんは猫な
ど飼っていない。猫以外にだって、動物など飼ったことはない。それじゃあどうして、あんなにも大量の
餌を冷蔵庫に入れておくのだろう。しかも全て袋から出した状態で。
僕の胸元で、咲妃が猫のような鳴き声をあげた。消え入りそうな吐息には、あまい温もりがあった。
僕はキラキラ光る海面から顔を沈めるように、毛布の中に潜り込んだ。僕の額の辺りから細く射した
陽射しが咲妃の鼻先を照らした。咲妃は眠そうな顔を上げて薄目で睨んだ後、僕の胸に顔を押しつ
けた。ちょっと機嫌が悪い時の仕草なんだ。部屋の隅からは猫が餌を食べるカリカリという音が聞こ
える。いったい何という名前だったか・・・・何度聞いても忘れてしまうので、咲妃はもう応えてくれない。
だから勝手にアールと呼んでいるのだけれど、案の定僕の呼びかけになど反応しない。
僕は咲妃の髪の匂いでお腹を満たし、もう一度毛布の外に顔を出した。まだ幼い朝の頼りない光の
なかで、咲妃の小さな部屋が浮かび上がる。その時、僕はもう一度叔母さんの部屋を思い浮かべて
いた。いまこの時間、叔母さんは一人きりで、台所のテーブルに座り、カリカリと餌を噛み砕いている
のだ。突拍子もない想像なのだけど・・・・・僕には確信があった。
つづく・・・・・・だろうか・・・・・???
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をやっていたワケでもないので・・・・・それに男子校だったから女の子の話題も乏しいし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありませんねぇ。とりたてて・・・・・・話すことは。
汚かった。
肩越しに窓があって。僕の教室は3階だったのだけど・・・・・その窓の向こうに空があった。
続きを始めるんだ。授業終わりの鐘がなるまで。
自分を想像して、悼辞を読むのさ。1回の授業中に一人ずつ、其奴と自分の関係をよく考え
て、葬儀場にいるつもりで文章を考える。そーしていると、不思議と時間を潰せた。
少しは気にかけて観察しあっているのだから・・・・死んだときぐらい何か云ってあげられ
るだろう・・・・・・ソンでもって、時々感極まって涙が零れることもあった。
な青色の日にだけ
なんだもん・・・・しょーがねぇ〜べぇ〜〜
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サークルの部室は学生食堂の裏側にあって、古い木造の2階建てだった。その一階の端っこ
に立て付けの悪いドアがあって・・・・なかなか開かないので窓から出入りしている部員も多数
いた・・・・そこを開けるとタバコの煙と酒の匂いとバッド・カンパニーの曲が外へと流れ出てくる
のであった。
その日、僕が部室を訪ねると、いつもの通りの先客がいた。一日の大半をこの部室で過ごし
時には酔っぱらって宿泊している先輩AとBであった。先輩AとBは同学年の先輩Cの足がいか
に臭いかについて話し合っていた。先輩Cは、この文芸サークル以外に、落語研究会にも所属
していた。
「それにしても強烈だぜぇ・・・・あいつの足は」
「俺も人のことは云えないけど、あいつのことだけはいくら悪く言っても言い足りないわ」
「あれで落研だもんなぁ〜〜・・・・・前の客はかわいそうだ」
「足袋にオードイーター入れてるんだろ。あいつ」
「あいつの家は絨毯変わりにオードイーターを敷き詰めてあるらしい」
「一家でくせえのかよ?」
「しらん・・・・・・あれ!!???・・・・・・高畑・・・・・お前なにやってんだ?」
先輩AとBの視線を辿ると、部屋の真ん中に置かれたでかいテーブルの奥に高畑が座っていた。
夏休み前以来三ヶ月ぶりに見る高畑は、木の椅子にうずくまって、自分の靴の匂いをかぎながら
顔を上げた。
「・・・・・・・・・・・・たかはた・・・・・・・・お前も足臭いのか?」
先輩Aが言った。フランス帰りの高畑は、おかっぱだった黒髪を薄茶色に染めていた、その軽やか
なウェーブのかかった髪の間から覗く瞳は・・・・・重々しく暗かった。
高畑は右手に持ったハイヒールを鼻に押しつけるようにしてクンクンと匂いをかいでいた。そのハイ
ヒールは爪先が必要以上に鋭く尖っていて、凶器のように見るものを威嚇する、彼女のトレードマー
クだった。(自称落研のホープである先輩Cは、それをブッチャーブーツと呼んでいた)
「たたたっ・・・・たかはた・・・・・どーした???だいじょーぶか???」
先輩Bが心配げに腰を上げた。
「いやいやだいじょうぶです・・・・・自分の靴の匂いを急に嗅いでみたくなっただけで・・・」
その時、午後の授業を知らせる予鈴が鳴り響き、先輩二人はそそくさと部室を出て行った。
入り口に取り残された僕は、ここで会うとは思っても見なかった高畑の姿に、自分をどう対応させて
よいのか分からず逃げ出したいような衝動にも駆られた。
「久しぶりだね・・・・・・」
そう言って、高畑は鼻から靴を離した。
「・・・・・・・・・うん・・・・・・・帰ってるとは思わなかった」
「ふんっ・・・・・・帰ってきちまったよ」
高畑の服装は、あきらかに洗練されていた(・・・・というか、以前が無頓着過ぎた)以前はダボダボ
した印象だった容姿がパキパキしていた・・・・・・ドボドボしていた滑舌がピキピキしてきこえた。
そんでもってツヤツヤしたスーツの下に見える紫のブラウスが「わたしは無謀を覚悟で未知なる
大人の女への道を歩み始めてしまったのよ・・・・」的な強く痛い意志を物語っているのだった。
その紫色の上に描かれたシュールな模様に何処か見覚えがあって。僕はそれをジーッと見つめ
ていた。高畑は僕の食い入るような視線の先をなぞって、自分の胸元を見た。
「なに見てるのよ・・・・・」高畑はピキピキした声で僕に言った。
「いやいや・・・・・そのブラウス・・・・・」
「可愛いでしょ・・・・・ちょっとシュールレがかってて・・・・・」
そう言って僕を見つめる高畑の瞳には、無謀な覚悟が秘められていたのかも知れない。
だけど、僕はその時不意に気づいたのだった。そのブラウスの生地と、今僕の履いているパンツ
の模様が瓜二つだということに・・・・・・・僕たちは、案外繊細な部分で趣味が合うのかも知れない。
そんなことを考えながらボンヤリと高畑を見つめた・・・・・高畑も視線を逸らさなかった。
「わたし、帰ってきちゃったよ・・・・・独りで・・・・・この街に・・・・・」
声も容姿も思考も全て芝居がかって見えたのだけど・・・・・僕は、その全てを許容したうえで、高畑
を好きになっていたのかも知れない・・・・・・その瞬間に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく。
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「おい、高畑・・・・・お前のオヤジは○○高校の校長やってんだよな・・・」
サークルの部室で先輩から、そういう風にからかわれると、高畑は怒ったような困ったような
顔をして俯いてしまう。おかっぱの髪に隠れていても、そのホッペタが膨れているのが分かる。
このまま泣いてしまうのかと思うぐらいの沈黙の後パッと顔を上げて、僕を探し、目が合うと
顎をしゃくって外へ出るよう促すのだった。同級生の僕は、仕方なく彼女に付き合って外へ出る
それから夕暮れの雑踏を歩き回り、時々間違って、ちょっと危険な通りに彷徨い出て、凄く危険
な兄ちゃん姉ちゃんにからかわれたり脅かされたりすると、高畑は決まって「ギャッ!」と叫び、
僕の事など忘れて駆け出すのだった。
埼玉の女子校出身の高畑と、茨城の男子校出の僕は同じ一浪でクラスメイトでもあった。だか
ら、僕が途中から同じサークルに入ると、高畑は「ギャッ!」と叫んでビックリした後、僕の頭をポン
ポンと叩いた。背の低い高畑が思い切り背伸びをして僕の頭を叩く姿が滑稽だったのか、それと
も入部早々、いきなり女の子に叩かれている僕が可笑しかったのか、部室に哄笑が響いた。
埼玉の○○高校というのはけっこう名の知れた進学校らしくて、そこの校長先生をしている高畑
のオヤジを知っている先輩達も何人かいて、そういうワケで高畑は一目置かれながらからかわれ
るという、端から見るとややこしい立場の女の子なのだった。だけど、彼女はオヤジを嫌っていた、
というか激しく父離れを望んでいた・・・・・そんなもんで、語学教室で知り合った他校の学生にせっ
かちな恋をして、その夏二人は渡仏した・・・・・・というか、渡仏する彼を、高畑が追いかけた。
その兆候を僕は感じていた。夏休みの二ヶ月前ぐらいに、いきなり化粧をして登校した高畑の
顔に、クラスの皆は度肝を抜かれたのだが、夏休みの2週間前にクラスに現れた高畑は、それと
はまるで別人であり、颯爽としており、初期の頃のしくじりは悉く修正され、洗練されていた。
授業が終わり、僕の袖を引き摺るように部室に向かう高畑の姿に、クラスの男達の視線が集ま
った。そして愚図なペットのように引っ張られて同行する僕の背中にも、嫉妬の視線が突き刺さる
のだった。酷い濡れ衣だが、僕はなんとなくそれを愉しんでもいた。
そして夏休み。
高畑はフランスへと旅だった。その一週間前に、僕は高畑と一夜を過ごしていた・・・・・だけど何も
してはいない。先輩と三人で遅くまで呑んでいて、終電を逃した高畑が、先輩のアパートに泊まっ
たのだった。それで僕も仕方なくご一緒した。高畑は男二人を前にして、シュールレアリスムにつ
いて喋り続けた。シュールレアリスムは、先に渡仏した彼氏が夢中になっているのだった。
アパートの主である先輩は、先に寝てしまった。それで高畑は、僕に集中的な講義を続けた。
「あたしさあ・・・・・・こんど遊びに行くよ・・・・・君の家に」
「いいよ・・・・それより家に連絡してあるの?」
「外泊のこと・・・・・してないよ」
「親が心配するじゃん」
「しないよ・・・・・うちの親は」
「だって・・・・・校長先生じゃん」
「それを言うんじゃないよ!」
高畑は怒って布団を被り寝てしまった。僕は女の子と雑魚寝するのは初めてであったが、たぶ
んすぐに忘れてしまう程度の出来事だと思った。
「あのさ・・・・・・ちょっと聴きたいことあるんだけど」
背を向けて布団を被ったまま、高畑が言った。
実はさぁ〜・・・・・・・・・・・それから延々と、僕は男の女に対する気持ちについての質問をあびた。
高畑は1年半前には女子高生だったのだ・・・・・その質問はあまりに男に対して度素人で、僕を
驚かせた。だけど僕も1年半前は女っ気のない男子校にいたワケで、それを考えると、なぜこん
な絶好のチャンスに、他の男との恋愛相談を訊いてやっているのかと、自分に嫌気がさす頃に、
夜は白々と明け始めるのだった。
そして夏休みが終わり、学校が始まってから2週間後ぐらいに、高畑は帰国した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・独り、仏頂面で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
つづく
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