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結局僕は、家に帰った真二を一度も訊ねることなく終わった。同い年の変わり果てた
従兄弟の姿を見ることが、どうしてもできなかった。
「一度ぐらい行ってあげたら・・・」
母さんは何度か、遠慮がちにそう言ったが、僕は頑なにそれを拒んでしまった。
そして病床の真二を思う度に、あの日の叔母さんの無邪気に表情を想い出していた。
「叔母さん、どうしてる?」
「朝から晩まで、しんちゃんの枕元で聖書よんでるわよ・・・」
「真二は・・・」
「それを聴きながら、時々うわごとのように一緒に呟いてるわ・・・・もう見てられないよ
ガリガリに痩せちゃって・・・しんちゃん」
あの小さなテーブルに腰掛けて、信二に聖書を読み聞かせる叔母さん。そして、朦朧とした
意識の中で、じっとそれに聞き入る真二の姿が、暗い部屋の中に浮かび上がった。
「あたしさあ・・・最期にしんちゃんのこと抱きしめて泣いちゃったよ・・・細い躰を抱き
しめてさあ・・・」
母さんの声は涙で震えていた。その時、僕は家具屋での叔母さんの笑顔を想い出した。
泣くことをやめた母親の、毅然とした表情だったのだなと、初めて気が付いた。
・・・・取り替えられた真新しい玄関の扉・・・・何度押し開けても次から次と現れて
向こう側の見えない真二の家。
「もういいよ・・・・二人きりで居させてあげたほうが・・・・」
そう言いながらも、僕は自分の言い訳じみたせりふに腹が立った。そして死の訪れを待つ
親子の、ごく自然な振る舞いに怒りを覚えた。嫉妬も感じた。
・・・・・ここにテーブルを置いてね・・・聖書を読むのよ・・・・
あの日の叔母さんの歌うような台詞が、何度も頭を掠めた。
「もういいよ・・・・もういい・・・一人にしてくれよ」
そう言って、僕は自室に閉じこもった。
「ちょっと・・・いったい何を怒ってるのよ・・?」
「わからねーよ!」
翌年、僕は叔母さんと二人、住宅街の長い道を歩いていた。半年前と同じあの道を。
「ねえ叔母さん、前から一つだけ訊いておきたい事があったんだけど・・・」
「なあに?」
「真二ってさ、一人っ子だったのになぜ名前に二がついてるのか・・・」
「・・・・・えっ」
「だって普通は次男に付けるんでしょ・・・二は」
「あんた本気で言ってるの?・・・・しんじの『じ』は、路よ・・・真路・・・真実の路」
僕は長い間勘違いしていたのに、初めて気が付いた。
「そうか・・・信路か・・・・」
生まれ変わった信路が、路の向こうからこちらへ歩いてくるような気がした。
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