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高速道路を下りて国道を北へ走る。見慣れた風景と、懐かしい匂いが私を包み込み、少し眠く
なった。息子の運転する車の助手席からみる景色は、何年経っても変わらない親しみと優しさに
溢れ、私の疲れを癒してくれた。
古い友人の法事が都内であり、近くに住む息子の家に泊まった。一泊して帰るつもりでいたの
だが、熱を出して三日ほど厄介になってしまった。二人の孫も大きくなり、上の子は来春就職の
ため、家を出るそうだ。息子の嫁とも多くの話しをした。今まであまり話す機会のなかった私の
思わぬ饒舌ぶりに驚き、喜んでくれた。そう言えば、妻の存命中には、私は黙って妻と息子の嫁
との話しを聞くばかりだったなと思い、余計にサービスしたようだ。
「啓介が二歳になった頃、家族三人でドライブに行った時、デパートの最上階にあるレストラン
で食事をしたんです、その時・・・・・・」
息子の嫁のお酌で酒を呑みながら、私は思いつくままに昔の話を続けた。一緒に酒を呑みながら
息子は嫁と共に私の話を聞いてくれた。
「その時ね、席に案内する係の男が・・・・三名様ですね?・・・と、言ったんだ。僕は二人で
すよ、と言おうとして思わず女房の方を振り向くと、腕に抱かれた此奴がニコニコ笑ってる・・
その時始めて、ああ、家族になったんだなと感じてね。今でも憶えてますよ、あの時のこと」
私の住む町に入る手前に大きな橋があり、その手前の緩やかなカーブの途中に、左へ入る道
がある。
「啓介、其処の細い道に入ってくれないか?」
運転する息子の横顔に眼を向けて、私は言った。夕日を浴びた息子の髪に、少し白い物が混じり
オレンジ色にキラキラ光って見えた。
息子は何も言わずに減速し、ハンドルを切った。二百メートルほど行った処で、私は車を止め
させた。
青々と伸びた草の間から、大きな石が顔を覗かせていた。私はその石に近づいて、硬く乾いた
肌に掌を当てた。
「デパートから帰る途中でね・・・・・」
昨夜の話しの続きだと気が付いた息子は、車を離れて私に近づいてきた。
「・・・・お前が急にオシッコをしたいと言い出してさ、母さんが、この道に入れって僕に言う
から・・・・此処に大きな石があるって知っていたんだな」
息子は私の隣に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「・・・・別に石を見付けてオシッコかける必要もないだろうけど・・・・母さんには、変な
拘りがあった・・・・変な母さんだったな」
「二歳の僕は、此処でオシッコしたのか」
石に語りかけるように、息子が呟いた。
「そうだよ・・・母さんがお前のチンチン摘んで・・・・」
息子は私の顔を見て笑った。私は息子の老いた表情を見て可笑しくなり、一緒に笑った。
「なあ、啓介・・・・」
遠くに我が家が見える車中で、私は息子に語りかけた。
「・・・・いいよ、お父さん」
私の次の言葉を遮るように、息子が言った。
「もう少し此処に住みたいんだろ・・・・・いいよ、気が変わるまで待ってるから、部屋は
何時でも空けておくから・・・・女房には僕が話しておく」
家の庭に車を止めて、私はポケットから鍵を取りだした。後部席から荷物を取りだした息
子が私の後ろを付いてくる。
「ただいま」と呟くと「お帰りなさい」と返事が返ってきた。
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