小説

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

帰り道

   高速道路を下りて国道を北へ走る。見慣れた風景と、懐かしい匂いが私を包み込み、少し眠く

  なった。息子の運転する車の助手席からみる景色は、何年経っても変わらない親しみと優しさに

  溢れ、私の疲れを癒してくれた。



   古い友人の法事が都内であり、近くに住む息子の家に泊まった。一泊して帰るつもりでいたの

  だが、熱を出して三日ほど厄介になってしまった。二人の孫も大きくなり、上の子は来春就職の

  ため、家を出るそうだ。息子の嫁とも多くの話しをした。今まであまり話す機会のなかった私の

  思わぬ饒舌ぶりに驚き、喜んでくれた。そう言えば、妻の存命中には、私は黙って妻と息子の嫁

  との話しを聞くばかりだったなと思い、余計にサービスしたようだ。



  「啓介が二歳になった頃、家族三人でドライブに行った時、デパートの最上階にあるレストラン

  で食事をしたんです、その時・・・・・・」

  
  息子の嫁のお酌で酒を呑みながら、私は思いつくままに昔の話を続けた。一緒に酒を呑みながら

  息子は嫁と共に私の話を聞いてくれた。


  「その時ね、席に案内する係の男が・・・・三名様ですね?・・・と、言ったんだ。僕は二人で

  すよ、と言おうとして思わず女房の方を振り向くと、腕に抱かれた此奴がニコニコ笑ってる・・

  その時始めて、ああ、家族になったんだなと感じてね。今でも憶えてますよ、あの時のこと」




   私の住む町に入る手前に大きな橋があり、その手前の緩やかなカーブの途中に、左へ入る道

  がある。

  「啓介、其処の細い道に入ってくれないか?」

  運転する息子の横顔に眼を向けて、私は言った。夕日を浴びた息子の髪に、少し白い物が混じり

  オレンジ色にキラキラ光って見えた。

   息子は何も言わずに減速し、ハンドルを切った。二百メートルほど行った処で、私は車を止め

  させた。

   青々と伸びた草の間から、大きな石が顔を覗かせていた。私はその石に近づいて、硬く乾いた

  肌に掌を当てた。

  「デパートから帰る途中でね・・・・・」

  昨夜の話しの続きだと気が付いた息子は、車を離れて私に近づいてきた。

  「・・・・お前が急にオシッコをしたいと言い出してさ、母さんが、この道に入れって僕に言う

  から・・・・此処に大きな石があるって知っていたんだな」

  息子は私の隣に立ち、大きく息を吸い込んだ。

  「・・・・別に石を見付けてオシッコかける必要もないだろうけど・・・・母さんには、変な

  拘りがあった・・・・変な母さんだったな」

  「二歳の僕は、此処でオシッコしたのか」

  石に語りかけるように、息子が呟いた。

  「そうだよ・・・母さんがお前のチンチン摘んで・・・・」

  息子は私の顔を見て笑った。私は息子の老いた表情を見て可笑しくなり、一緒に笑った。




  「なあ、啓介・・・・」

   遠くに我が家が見える車中で、私は息子に語りかけた。

  「・・・・いいよ、お父さん」

  私の次の言葉を遮るように、息子が言った。

  「もう少し此処に住みたいんだろ・・・・・いいよ、気が変わるまで待ってるから、部屋は

  何時でも空けておくから・・・・女房には僕が話しておく」

   家の庭に車を止めて、私はポケットから鍵を取りだした。後部席から荷物を取りだした息

  子が私の後ろを付いてくる。

   「ただいま」と呟くと「お帰りなさい」と返事が返ってきた。

  庭を走り回る孫達の姿を眺めながら煙草をふかしていると、背後から小さな声が聞こえた。

 か細く優しげな幼児の声なのだが、何を言っているのかはっきり分からない。ただ、今までに何度

 か聞いている声なので、私は懐かしい親しみを持って、その声に耳を傾けた。長いような短いよう

 な私の人生の中で、その声は時々私を立ち止まらせ戸惑わせた。優しく切なく呼びかける声。

 その度に振り向いて、薄れていく記憶の中に彷徨い込むのだけれど、私の足音を意識したように

 その声は遠ざかり、何時も薄い霧の中に消えてしまうのだった。



  三歳年上の兄がいた。その兄の記憶は、私にはない。七歳で、この世を去った。昔あった家の

 納屋で焼死したのだと、母に聞いた。納屋の焼けた原因は、結局不明のままたったが、たぶん漏電

 だろうという結論でかたづけられたそうだ。

 「あなたのこと大好きで、とても可愛がっていたのよ」

 そう話してくれた母も五年前に世を去り、今では仏壇の奥の、幼い兄の隣で頬笑んでいる。



  庭の片隅に建てた物置の前で、孫達がはしゃいでいる。ジャンケンで負けた子を、物置に閉じ

 こめてからかっているようだった。

 私は、耳元で聞こえる小さな声に促されるように起ち上がり、サンダルを履いて庭に下りた。

 物置の中からは、年上の男の子の声が聞こえている。

 「ねえ、もう開けてよ・・・ねえ」

 年下の孫達を諭すような、優しい声だった・・・・・・・。

 私は、声のする方に恐る恐る近づいていた。小さく、消え入りそうな映像が涙の中に浮かんだ。

 「ねええ、もう出たいんだ・・・開けて」




 ・・・・・その燃えた納屋で、あなた達は良く遊んでたのよ・・・お兄ちゃんが中に入って

  「助けてくれー」てふざけて叫ぶと、あなた大笑いしてた・・・

  


  物置の中から聞こえる声に、少し怒気が混じった。私は物置の前に立ち扉のかんぬきを引いた。

 ・・・・朧気な記憶の中で、私の小さな手が、重いかんぬきを必死に引き抜こうとする感触が

  蘇った・・・・かんぬきを掛けたのも、勿論、私しかいなかった。

  炎に包まれた納屋・・・・その映像は、思い出せなかった。





 

 

トッチキスープ

  クリスマスの日だというのに、お父さんとお母さんは二人で出かけてしまった。お母さんの親戚が

 急病で倒れて病院に運ばれちゃったから、すぐに戻ってこいって電話があったんだ。それで二人は車

 で、お母さんの実家へ行った。僕と千明は、お父さんの妹に預けられた。この叔母さんは、アパート

 に独りで暮らしている。僕は一度、叔母さんに「なんで結婚しないの?」と訊いて、すっごい顔で睨ま

 れた事があって、それ以来叔母さんの顔をまともに見られないでいた。

 「頼むよ・・・一晩だけ預かってくれよ・・・な」

 そう言って、お父さんは僕と千明を叔母さんに預けた。叔母さんは僕と千明を交互に見詰めて、それ

 からお父さんに「・・・一緒に連れて行けば」と言った。お父さんの後ろから、お母さんがしゃしゃ

 り出て「ごめんねー、子供達連れて行けないのよ・・・これ、ケーキ買ってきたから三人でたべてね」

 そう言って、叔母さんの手に無理矢理ケーキを押しつけた。

 叔母さんはケーキの箱と、僕と千明を順番に見詰め、小さく溜息をついた。「クリスマス・・よね」

 そう言って何かブツブツ呟きながら、ケーキを受け取り、独りで部屋に戻った。お母さんの方を見

 ると、続いて部屋に入れと手で促している。僕は仕方なく千明の手を握って叔母さんの家へ入った。



  「ねえ、君たち・・・何か食べたいものがあるならハッキリ言いなさい」

 キッチンのテーブルの真ん中にケーキを置いて、叔母さんが言った。寂しそうに外ばかり眺めてる

 千明の変わりに僕は「はい」と応えた。

 「ねえ、ケースケ・・・はい、じゃ質問の応えになってないのよ・・・何が食べたいの?」

 僕は千明の方を見て俯いた。千明は赤い手袋を握りしめたまま相変わらず外を見ている。

 「ゆき・・・」千明が呟いた。窓の外を見ると、夕暮れの街に細かい雪が降り出していた。

 「トッチキスープ」続けて、千明が呟いた。「トッチキスープ・・・なに?・・・それ?」

 叔母さんが千明に訊いた。千明は叔母さんの方に顔を向けて「トッチキスープ!」と大声で言った。



  その時、電話が鳴った。叔母さんは電話で何か話しをした後、僕たちの方に振り向いて

 「ねえ・・・わたし、ちょっと出かけてくるから、待っててね」と言った。別人のように優しい

 声だった。「とりあえず、ケーキでも食べていて」そう言って冷蔵庫から牛乳を出して、コップ

 や小皿をテーブルに置いて、そそくさと奥の部屋に入っていった。

  部屋から出てきた叔母さんは、さらに別人のような格好をしていた。化粧をした叔母さんの顔

 も、僕は初めて見た。

 「ね〜え、君たち良い子に留守番しててね、わたしなるべく早く帰ってくるつもりだから」

 下駄箱の上にある黒い箱から取りだしたブーツを履いて「じゃあ、行ってくるわね」と頬笑む

 叔母さんを見送った後、僕はケーキを切って、千明と二人、テレビを見ながら過ごした。



  随分時間が経って、千明が何度も欠伸を繰り返すようになった頃、電話が鳴った。僕が出ると

 叔母さんだった・・・・出て行く時とは、別人のように暗い声だった。

 「君たち、まだ寝ちゃだめだぞ・・・叔母さん急いで帰るから。ケースケ・・・これから叔母さん

 は買い物して帰るから・・・トッチキスープの作り方を教えなさい」

  僕は、お母さんの作るトッチキスープの中身を、叔母さんに伝えた。

 「うんうん、分かった・・それじゃ材料買って帰るから、そしたらみんなで作ろう」



  両肩に雪を乗せて白い息を吐きながら、叔母さんが帰ってきた。

 脱いだブーツを玄関に放り投げて、コートも脱ぎ捨て、叔母さんは台所に立った。

 「君たち・・・お手伝いしなさい」低く掠れた声で叔母さんは言った。

 僕は叔母さんの買ってきた野菜やお肉を袋からとりだし、千明は嬉しそうな顔でお皿を並べた。

 「トッチキトッチキトッチキートツチキトッチキー」お母さんの真似をして、千明が歌った。

 白い湯気のたつ鍋の前で、叔母さんも千明につられて歌っていた。そして時々、叔母さんは手の

 甲で眼を擦った。


 
  雪が大粒に変わる頃、スープは完成した。千明は「美味しい美味しい」と喜んでおかわりをした

 僕が千明のお皿にスープを注いでテーブルに戻ると、叔母さんはスープ皿を見詰め俯いていた。

 「・・・・トッチキ野郎・・・」低い声でそう呟いた後、肩を振るわせ泣き出した。

保育園にて

  息子の通う保育園から、トイレ修理の依頼があり出かけていった。

 普段から子供達の事は嫁に任せっきりで、息子の送り迎えなどしたこともなく、運動会にさえ参加

 しない私を、保育園の先生達は知る由もない。私は車から工具を取り出して、帽子を目深に被り園

 の低い柵を乗り越えた。

  玄関で若い保母さんに目的を告げ、園長先生の案内で廊下を歩いた。ちょうどお昼寝の時間が終

 った頃合いで、ちび達が廊下のあちこちで、はしゃいだり、喚いたり叫んだり泣いたり笑ったりし

 ていた。

 「にぎやかでしょう、いっつもこうなのよー」無口な私に、少し警戒するような口調で、園長先生
 
 が言った。私はモゴモゴと頷いて、前を歩く、背の低い園長先生の品のある白髪を見詰めた。


  背後からドタドタと勢いよく走ってきたチビの頭が、私の臀部にぶつかった。振り返ってみると

 我が息子であった。

 「けーすけー! ろーかを走るんじゃねーよ!このばかやろー」

 私は無口だが、声はでかい。家にいる調子で、我が子を怒鳴りつけ抱き上げた瞬間、廊下が凍り付

 いた。園長先生が振り向きざま、腰を落として身構えた。にぎやかに騒いでいたチビ達がピクリと
 
 も動かなくなった。廊下の奥で職員室に飛び込んでいく若い保母の姿が見えた。

 「・・・・・・・・」私の額から、冷たい汗が一筋、流れ落ちた。我が子を抱いた私の姿が、保育

 園に進入した不審者として認識されているのは、ほぼ間違いなかった。私は胸に抱いた我が愛息を

 下ろすこともできず、生唾をのみ込んだ。

 「おとーさん、ここで何してんの?」深閑とした廊下に、息子の大きな声が響き渡った。

 目の前で身構える園長先生の拳が緩み、驚いた顔が少しずつ笑顔になっていった。

 「けーちゃんのお父さんだったんですか?」

 「はい・・・・すみません、大声だしちゃって」



 修理する間、息子は私の横で嬉しそうに、私の手元を見詰めていた。

 「けーちゃんも大きくなったら、お父さんみたいになるのねー」息子と共に私の手元を見ながら

 園長先生が言った。

 「そしたら、けーちゃん・・・私が電話したら修理に来てね?」

 「・・・ぼくが大人になる頃には・・・園長先生はクソババーになってるじゃん」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 私の額に、大量の冷や汗が滲み出た。

 昨夜、我が嫁に対して、クソババアと叫んだことを死ぬほど後悔した。

ちあき

「お父さんの車で遊びに行こうか?」

   普段は子供達の事など歯牙にもかけぬ父親の言葉に、啓太と千明は喜び勇んで乗用車に乗り込んだ

   「おとーさん、何処へ行くの?」兄の啓太が訊ねると、「おとーさん・・どっこいくのー」と妹の

   千明が繰り返す。

   「お父さんの友達がキャンプに来てるんだ。子供達もいるから、仲良く遊べるよ。」

   「お父さんのお友達か・・・何処から来たの?」

   「東京」

   「東京・・・・すげーっ」と啓太  「とうきょー・・・・・すっげぇー」と千明。

   「お父さん」   「なに?」  「東京って・・・なに県?」と啓太。



    山を切り開いて造られた広いキャンプ場では、二組の夫婦と四人の女の子が啓太と千明の

   来るのを待っていた。父親は二人の男と、懐かしそうに話を始め、子供の事など眼中にない

   様子・・・・・「ねえねえ啓太君・・・一緒に遊ぼう」と一番年長の女の子が言った。

    千明は急に無口になった兄を心配げに見詰めている。

   「ねえねえ、啓太君は小学生なの?」

   「うん・・・・一年生」

   「そうなんだー、私は二年・・・千明ちゃんは?」

   「・・・・・・・ようちえん」囁くように千明が言った。

   「啓太君は何が得意なの?」 俯いて黙り込む兄の変わりに、千明が「さんすう・・・」と

   言った。啓太は一瞬、千明を睨み付け、それから父親の方を見た。父は缶ビールなど呑みな

   がら、旧友達と談笑している。

   「ねえねえ、啓太くん・・・それじゃあ私が問題を出します・・・5 たす 7 は?」

   「・・・・・・・じゅうに」  「ピンポーン・・正解です・・それじゃあ・・・」

   矢継ぎ早に繰り出される足し算問題に、啓太はぼそぼそと答え続けた。千明はドキドキしな
 
   がら兄を見守った。「それじゃあ・・・・9 たす 7・・・・」「・・・・じゅうご・・・」

   「ブー・・・・」四人の女の子が、一斉に叫んだ「ブブブッーーーー」

    啓太は顔を赤らめ、益々俯き加減になって、芝を毟っている。千明は父の方を見た、追い詰

   められた兄の状況など気にもとめずに笑い転げている。四人の女の子達は、一斉にかけ算九九

   を唱えだした・・・千明は、済まなそうに兄を見ている。



    「それじゃあねえ・・・・隠れんぼをしましょう」年上の女の子の一声で、他の三人が立ち

   あがる。 「わたしが鬼になるからね・・・・いい啓太くんも千明ちゃんも隠れてね」

   女の子が大きな声で数をかぞえ始めると、他の三人は走り出した。啓太はしぶしぶ立ち上がり

   父親の方を一瞥した後、炊事場の方へ走り出した・・・・千明が、後を追う。

    水たまりに足を穫られ、啓太の靴が脱げた。そのまま走り続ける兄の靴を拾って、千明は

   後を追いかける。一瞬見失ってしまったが、炊事場の裏のガスボンベ庫の前で見つけた。

    夏の日差しが照りつけるコンクリート塀に両手を付いて、荒い息をしている兄の後ろ姿が

   乾涸らびた虫の様に見えた。「・・・・・・もう、帰りたい」と囁く兄の言葉を伝える為に

   千明は父の元へ走った・・・・・・・・・・・・・・。







    華燭に飾られたテーブルで、花嫁と何か囁き合う兄の姿を、眩しそうに見詰めながら、千明は

   注がれたワインを一気に飲み干した。

   祝いの場でも無ければ、絶対に窘めるであろう両親の呆れた表情を尻目に、千明は注がれる酒

   を拒まなかった。テーブルに寄ってきた啓太の友人が、ワインを注ぎながら言った。

   「啓太の嫁さん、美人だな・・・・姉さん女房だって?」

   「そう?・・・・・だけど昔は、あんな奴大嫌いって言ってたのよ」

    キャンプ場から帰る車中で、兄が何度も繰り返した言葉を、千明は思い出していた。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
すいす
すいす
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

標準グループ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事