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お父さん

中学生の途中から急激に背が伸びて、高校に入学する時には父さんの頭を越えていた。

  

   そして、その頃から、父さんと話をしなくなった。

  特に理由も切っ掛けもない、ただ一週間ぐらい黙っていたら、そのまま喋る機会を失ってし

  まったようで・・・別に嫌いになった訳ではなく、父さん以外に好きな物が沢山出来たから

  興味が薄れていったような・・・そんな気がする。

   長く話をしないでいると、身近にいる人も限りなく遠くなる。まして僕より背の低い父さ

  の後ろ姿に、何を語りかければ良いのか、僕は戸惑い、自分にイライラしていた。



   そんな父さんの車に乗って、叔父さんの葬儀に向かった。父さんの兄姉は七人もいて、亡

  くなった叔父さんは、一番下の弟だった。父さんは、その二歳上で、二人はとても仲の良い

  兄弟だったそうだ。僕の名前にも、叔父さんの名前の字が一つ使われている。

   葬儀の前夜、兄弟や親戚の集まった家で、父さんは一人寂しげに、叔父さんの遺影を見詰め

  ていた。僕が久しぶりに会う従兄弟達と二階でお喋りしていると、階下で怒鳴りあう声が聞こ

  えた・・・・それは、父さんの声だった。相手は一番年上の叔父さんのようだった。

   その叔父さんの娘と、目があった。彼女は居たたまれない表情で、部屋を出て行った。

  「長男風吹かせて、また威張り散らしてるんだろう」従兄弟の一人が、そう言った。

  「耕太の親父は悪くないよ・・・・あいつ、朝から酒呑んでるんだ」別の従兄弟もそう言って

   僕の父さんを庇ってくれた。


   親戚連中がそろそろ帰り初め、家の遠い僕と父さんは、その家に泊まる事になった。

  「家が狭いから・・・・・ごめんね、ここで寝てね」

   僕と父さんの布団が敷かれた部屋には、叔父さんの棺が置かれていた。父さんは黙って

   棺の隣に横になった。僕は部屋の明かりを消して、父さんの隣に横になった。

   

   浅い眠りの中を彷徨いながら、僕は父さんの寝息を聞いていた。小学生の頃は「お父さん」

  と言っていたのに、何時から「お」を省いてしまったんだろう。そんなことを考えながら時々

  闇の中の父さんの寝顔を見詰めた。

   明け方、父さんの寝言で、目を覚ました。

  「こうちゃん・・・逝くな」大きな声で、父さんはそう言った。

  叔父さんの名は、耕介という。厚いカーテンさえも遮れない光に浮かんだ父さんの眦に、涙が

  光って見えた。「こーちゃん・・・・いくな」・・・それは、僕に呼びかけているようにも

  聞こえた。

ゆうちゃん

   

    おばあちゃんに叱られて、ゆうちゃんが泣いていた。

  「どうしたの?」っておばあちゃんに聴くと、テレビの上に飾ってある人形を、ゆうちゃんが

  二階の窓から外に投げたらしい。人形は車にひかれてつぶれてしまった。

  「ゆうちゃん、どうしてあんな事したの?」とおばあちゃんが何度聞いても、ゆうちゃんは泣く

  ばかり、だから、僕はゆうちゃんを遊びに連れ出した・・・・・・・。



   ゆうちゃんがブランコに乗りたいと言うので、僕は小学校に行ってみようと思った。

  僕は来年小学生になるので、お母さんに連れられて、一度だけ行ったことがある。本屋さん

  の路地を入って、長い階段を上ると、そこに大きなグランドがあって、ブランコがいっぱい

  並んでいるんだ。僕はゆうちゃんの手を引いて、ゆっくり階段を上った。ゆうちゃんは「よ

  いしょ、よいしょ」といいながら、付いてきた。

   階段を上がると、そこに大きな滑り台があって、小学生達が遊んでいた。滑り台を逆に

  登っていったり、途中から飛び降りたり・・・・僕は少し怖かったけど、ゆうちゃんがいる

  ので、我慢してそこを通り抜けた。


   ゆうちゃんが突然走り出した。小さな小学生を迎えに来たお母さん達に走り寄り、下から

  その顔をじっと見詰めている。そして別のお母さんに向かって走り出し、同じ事を繰り返し

  ている。「寂しかったんだね」そう思って、僕はゆうちゃんが可哀想になった。

   僕はゆうちゃんの手を握って、ブランコの方へ歩いた。ブランコでもたくさんの小学生が

  遊んでいた。僕は一番低いブランコが空くのを待って、ゆうちゃんの手をしっかり握りしめ

  ていた。

  「ブランコに乗りたいの?」と背の高い女の子が言うので、黙って頷くと、一つ空けてくれた。

  僕は、ゆうちゃんをブランコに乗せて、後ろから揺らしてあげた。校庭で遊ぶ大勢の小学生を

  黙って見詰めながら、僕はゆうちゃんのブランコを揺らした。来年になったらランドセルを買

  ってあげるって、昨夜おばあちゃんが言ってた。ゆうちゃんも、来年の春から幼稚園だ。



   となりの男の子が、ブランコの上に立ち上がって、大きく揺らし出した。身体が水平になる

  ぐらい揺らした後、大きくジャンプして飛び降りた。暴れながら戻ってきた木のブランコが僕

  のお腹に当たった。僕はお腹を抱えて倒れた。息が止まりそうなぐらい痛かった。

  だけど・・・・・我慢した。泣きたくないのに涙が出た。僕は起き上がって、顔を擦った。

  

   ゆうちゃんの手を握り、階段を下りた。路地を出たところで、おばあちゃんに会った。

  おばあちゃんは、僕たちに気が付くと、ニコニコ笑って手招きをした。

  「本買って帰ろうか?」・・・・・・・・・・・・やったー!

 僕たちは本屋さんに寄って、僕はおかあさんだったら絶対に買ってくれない、付録のいっぱい

  付いた漫画を買って貰った。ゆうちゃんは大好きな「鉄人28号」の絵本・・・・だけど「てつ

  じん」ていえないんだ。「ちちちん・ちちちん」て、いつも言ってる。

   お金を払いながら、おばあちゃんが本屋の人と話をしている。

  「明日退院するのよ」

  「よかったですねー、それで・・・・?」

  「おんなのこよ、待望の女の子」

  「へぇーっ、おめでとうございます・・・ゆうちゃんもお兄ちゃんになるのねー」



   ・・・・・・・・・・ぼくに、いもうとが・・・・・できた。

   君の窓からそっと、過去を訪ねる試みです。何処まで深く、正確に辿れるのかは、皆目見当

  着かないけれど(なにしろ三十年近く経過しているからね)あやふやな風景と、朧気な会話を

  つなぎ合わせて、再現してみましょう。




   駅前までお酒を買いに行ってくる、と言い残して君は部屋を出た。それから一時間以上、僕は

  君の部屋で時間を潰している。君の部屋には、ベットと小さなテーブルと隅の方に重ねられた教

  科書と・・・・それから、僕のあげた本が数冊、小さなテレビの上に乗っている。君の香りが微

  かに漂う部屋には、ほんのり赤い夕日が射して、夕暮れの賑やかな喧噪が僕の不安を掻き立てた。

   

   あの頃、僕はろくに授業も受けず、一体何をしていたのか。今では殆ど記憶にないが、君の

  部屋にいた時間だけは、切れ切れに、そして鮮やかに想い出す事が出来る。アルバイトの帰り

  に土砂降りの雨にうたれ、君の部屋へと転がり込んだ初めての日・・・・・。

  「えーっ、どうしたの・・・風邪ひくじゃない」

  「ははっ、びしょ濡れだ・・・・ウォークマンも壊れちゃった」

  「ウォークマンどころじゃないでしょ! 上がりなさいよ、早く・・・・」

   熱い風呂に入り、君のトレーナーを借りて、お酒を呑みながら色んな話をしたよね。

  僕たちは背丈も体重も、そして髪の長さも殆ど同じだった。君のピンクパジャマを着て
 
  「何だか双子の姉妹みたいだ」とおどけると、君は大声でケラケラ笑っていた。
  
  酔っぱらた僕が口ずさむ「シュガーマウンテン」を君は静かに聴いてくれたね。

  僕たちは、お酒を飲みながら仲の良い兄姉になり、無二の親友になり、そして恋人になった。

  ホントに慌ただしい夜だった・・・・。

  「何もかも、初めての事ばかりで・・・・・」

  夜明けに、僕の耳元で囁く君が愛しくて、僕はもう一度強く抱きしめた・・・・・。




   君を捜しに部屋を出た。夕暮れの商店街の人混みをかき分けて、迷い子のように彷徨って

  いると、果物屋の前に佇む君がいた。僕に気づいて、小さく手招きする君が、母親のように

  見えた。

  「ねえ、リンゴ好き?」

  「・・・・・・・・」

  「リンゴで酒呑もうか?」

  「いいねー」

   一升瓶とリンゴの袋を持って帰る途中、君は薬局でもう一つの買い物をした。



   
   半年あまりの付き合いだった。どうして離れたのかは、お互いの胸の内にしまったまま、

  長い月日が流れた。仲の良い兄姉であり、無二の親友であった僕たちは、結局恋人ではな

  かった。長い長い戯れの後に、君に訪れた変化に対して、僕は卑怯な男になった。



   君から届いた最期の手紙を、三十年経った今でも、開けられずにいる、僕は卑劣な男の

  ままでいる。




   君の窓からそっと、時々過去を覗いてみます。壊れたウォークマンから、最期に流れて

  いた曲を聴きながら。「あいかわらずね・・・・」と君の声が聞こえてきそうだ。






   

金魚

  


   午後の陽が差し込む窓辺に置かれた水槽の中で、育ちすぎた金魚が一匹、白い腹を水面に

  向けて浮き上がる。夏の夜店の大きな生け簀の中で群れていた金魚が、この部屋の小さな鉢

  の中で長い月日をおくり、その肥大したカラダを持て余してひっそりと呼吸を止める。

   残された一匹が、力強く尾びれを捩りカラダを反転させる。澱んだ水が動き、水面が波打

  つ。弛緩した白い腹の上で、細やかな光が逃げ惑う。

   何年も前、金魚を家に持ち帰った子供達の姿も、とうに消えてしまった。

  部屋の中で繰り返された諍いも、既に昔の出来事であった。そして今、部屋の奥のピアノに

  向かう女の後ろ姿・・・・・。


   残された金魚が、水槽のガラス越しにじっと外を窺う。この部屋で成長した黒い瞳が、唯一

  外側で動くものを凝視する。晩年を迎えるまでの、ひどく長く、気怠い時間の中で、不規則に

  流れていた音楽も、小さな水の中では終に感知することは出来なかったが、女が鍵盤から手を

  離し、静かに立ち上がった後に何が起こるのかは、はっきりと分かる。

   部屋が錯乱し、小さな水面が微かに揺れ動くことを、肥大した鈍いカラダは知っている。

  

誕生日

  「もしもし、エミ・・・・・・おきてた ?」

  「うん」

  「よかった。お誕生日おめでとう」

  「・・・・・・・まだだよ」

  「いーじゃない、当日言うの忘れちゃうかもしれないし・・・ねえ、私のメモみた ?」

  「見たよ」

  「・・・・・・・・・・・・・・どう ?」

  「なにが ?」

  「ほしいもの・・・何か考えた ?」

  「・・・・・・・・・・・・・・まだ」

  「ねええ、わたしあまり時間ないんだ、だからもっと喋ってよ・・ねえ学校、ちゃんと行った ?」

  「行ったよ・・・・時間ないなら切るよ」

  「ちょっと待って、エミちょっと待って・・・・わたしね、今凄いこと思いついたの・・・・・

   訊きたい ?」

  「・・・・・酔っぱらってんの ?」

  「あったりまえよ。仕事だもん・・・・わたしのなりわい、あなたを育てるためにーわたしの

   えらんだー・・・てんばつ・・・ちがうな・・・・てんちゅう・・・じゃないや・・・」

  「天職」

  「そうそう、てんしょく・・・堂々と酔ってるわよ・・・趣味と実益・・・フジのやまい

   ねっ、ねっ・・・・かわいいエミちゃん」

  「ばか」

  「ばかばかばかばか・・・・そうそういっしょうけんめいバカの振りして・・・ちょっと

   待っててね」

  
  うるさささささささーい ! ちょっと静かにしてよ、息子と大事なはなししてんだから・・・

  ・・・ナニオー、ムスコトハナシダアー・・・ソンナノ、イエニカエッテカラニシロー・・

  ソーダソーダ・・・マジメニシゴトシロー・・・・サケ、タリネーゾー・・・ナニカクワ

  セロー・・・オナンガタリネーゾ!・・・・・うるせせせせせせー!あんたたちが多すぎる

  んだよー・・・・・ナニヌカスー! オレタチャキャクダゾー・・・・・・


  「エミ・・・・・きこえる ?」

  「・・・・・・・ふん」

  「ねえ、家買おうよ。マンションでもいい」

  「そんな金あるのかよ」

  「お金、そっか。いくらぐらい有ればいいんだろう ?」

  「いったいいくら位持ってんのさ ?」

  「よく分からない・・・そうだ。わたしの化粧台の引き出し開けてみてよ、通帳あるから」

  「見ていいの ?」

  「いいよー、早くして・・・客が騒いでるから」

  「・・・・・・・・」

  「どう ?」

  「・・・・・あるよ、いっぱいある」

  「ほんとっ、マンション買えるかな ?」

  「・・・・・たぶん」

  「よーし、決めたぞ。エミ、今度の日曜日からだ空けといてよ。わたし一人じゃ決められない

   からさ、だって間取りとかの意見訊きたいし、値段の交渉とかわたし苦手だしダイイチ・・

   そうそうエミ、あんた高い所大丈夫だっけ?・・・わたしは一番てっぺんがいいなー、だって

   下の階にいると上の人達のトイレ流す音とか聞こえてきそうじゃない・・・そんなの堪えられ

   ないもん。それにエレベーターにいっぱい乗れるし。あなたエレベーター好きでしょ。小さい

   頃、デパート行くと、かならずエレベーターの前にいたもの、扉が開くとニコニコしてさー

   イラッシャリマセとか言っちゃって・・・・廻りの人が可愛い可愛いって頭撫でてくれてさー

   まいったな、わたし。小公子でも産んじゃったのかと思ったわよ・・・だから話戻すけれど

   日曜日は空けといてね。最終的に、エミに決めて欲しいの。だって、わたし、あなたのこと

   大好きなんだもん。エミ・・・訊いてる。あなたのような子を持つなんて、奇跡に近いわ・
 
   ・・・わたし素面で言ってるのよ。あなたを産んで良かったって。あなたがいるから、わた
   
   し頑張ってられる・・・・ほんとだよ。だからエミも頑張るのよ・・・頑張って学校行って

   ・・・・色々辛いことあるだろーけど・・・わたしだって色んな Pu・・・Pu・・・Pu・・

   Pu・・・・・・・・・」

 
    静かに受話器を戻して、エミは襖一枚隔てた自室に戻る。四畳半の隅に置かれたパイプ

   ベッドに横たわり眼を閉じる。トタン屋根にぶつかる雨音も、幼い頃から慣れ親しんだ騒々

   しさで、エミの眠りを妨げるものではない。エミの耳は、それを子守歌に替えてしまう術

   を知っている。

    母親の部屋には、小さな明かりが灯してある。化粧台の上に並べられた色様々な小瓶達

   の上に「お誕生日おめでとう」と書かれたメモと、残高のない貯金通帳が置かれている。


    化粧鏡の右下に、赤い口紅で「ありがとう」と書かれている。

    




 

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