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その白い部屋には
縞模様の光と
ラテン・アメリカの音楽が流れている
大型の画報が何冊か置いてあって
飛行機事故の散乱した死体
ゲリラの処刑
ホテルの大火災
飢えと貧困と白骨化した家畜が
象形文字そのままになって
画面いっぱいにひろがっている
ブロンド美人のヌードと
射殺されたマフィアの死体とは
どこか共通点がある
その共通点を探しもとめているうちに
ぼくは
名前を呼ばれて
治療室に入る
純白のマスクをかけた女性の歯科医は
黒目がちの美人だ
きっと近眼でコンタクトレンズを入れているにちがいない
マスクをとってみなければ
ほんとうに美人かどうか分からないが
いまの関心事は
ぼくの苦痛の報酬だ
画報の残死体もブロンド美人のヌードも
視界から消えて
歯を削る機械の音が脳髄までつらぬく
それから
まるで地下鉄工事のような音響が
口腔いっぱいにひろがり
「うがいをしてください」
ぼくは治療用の寝椅子からとびおりると
「時間」のなかに帰って行く
「つぎの月曜日の午後三時においでください」
美人の歯科医は
マスクをかけたままぼくに告げる
ぼくは
待合室にもどりタバコに火をつける
飛行機事故もホテルの大火災もテロも暴動も
飢えも貧困も
多色刷りの絵にすぎない
ここには「時間」が欠けている
「時間」が欠けているなら
「時間」から脱出することも追跡されることもないわけだ
白い空間と
縞模様のラテン音楽
ぼくは「時間」を所有するために
あるいは「時間」に所有されるために
ゆっくりとソファから立あがり
何気なくふり返ると
待合室の隅でうずくまっていた
暗緑色の〈物〉が
車輪のごとくはげしく回転しながら
治療室のなかに飛び込んでいった
「待合室にて」 田村 隆一
夜中に歯が痛み出して眠れなくなった。歯の痛みなど久しく経験していないので、ちょっとビックリしたのだが、昼間からなんとなく奥歯にムズムズした違和感があったので、痛みを受け入れた。
ズキズキと痛む奥歯を舌の先で宥めながら何度か眠ろうとしたのだが、痛みが夜を拒んでいる。
仕方なく小説を読んだりしていたのだが、これもまた痛みに拒まれた。
本棚から、田村隆一の詩集を持ち出して、ベットサイドの灯りで読み始めた。「待合室にて」を眺めているうちに様々な考え事が字面に重なり始め、歯の痛みもぼやけてきた。八時過ぎたら知り合いの歯医者に電話して治療の予約をするつもりである。
なんらかの痛みで眠れない夜には、小説やエッセイよりも「詩」が即効薬になるのかなと思ったりした。
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詩の擁護
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地下鉄の階段を一段ずつのぼると
そとは まぎれもない四月だった
視力が計れないほど微量に回復している
ハイヒールのつま先をまるくして
ことしも春があたたまった
信号を待っていると
つるんとした紺色の新入社員が
ぞろぞろと流れてくる
どのひともみんな
あごの骨の柔らかそうな顔
〈ちがうしつもんをしてみてよ〉
みどりと光がこまかくちぎれて
ちょうど 町が点描法で仕上がっていたころのようだ
〈あなたのこえがすきです〉
きのう 突然 脈略もなく
夢に現れた男は
先へいくほど尖った神経質な指をもってた
木のようなひとね
なぜだろう
かれにとらわれながら
一日をすごしてしまう
きっと
すきになり始めている
『はじまり』 小池 昌代 詩集「水の町から歩きだして」より
たまたま立ち寄った本屋さんに思潮社の現代詩文庫が並んでいるコーナーを見つけて嬉しく
なって何冊か買い込んでしまった。女性の詩を読みたくなって、それも自分と歳の近い詩人の
作品を読みたくなって 小池 昌代さんの詩集を手に取った。
初めて読む詩人の作品、その一番最初のページに載せられた作品を読むときのドキドキする
緊張感、詩人の口元から零れる淡い木洩れ日のような言葉が、自分の呼吸と重なり合う瞬間
の喜び。。。。。
街中で拾い上げた言葉たちの鮮度が爽やかに伝わる・・・・・素敵な詩集でした。
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針一本
床に落ちてもひびくような
夕暮れがある
卓上のウィスキーグラスが割れ
おびただしい過去の
引き出しから
見知らぬカード
不可解な記号
行方不明になってしまった心の
ノートがあらわれてくる
「恐怖の研究」 田村 隆一
針一本、床に落ちても響くような夕暮れ・・・・・・・・・・・・・・・・・あるよ、確かに。そんな夕暮れ。
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何故にぼくたち二人 生まれてきたの
誰もこたえてくれず 海があおいだけ
何故にこうして二人 愛しているの
誰もこたえてくれず 波がよせるだけ
だけど二人いつの日も若いからだよせて
生きてゆくの風のなかも
ささえあって生きる
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