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二つ年下の弟が訪ねてきて二人で呑みに出掛けた。僕たち二人は長い年月をかけて男の兄弟
の付き合い方を模索し続け、それに悉く失敗してきた間柄である。そんな相手と久しぶりに・・・・
というか、うまれて初めて呑みに出掛けた。フィリピンパブでネーちゃん達をからかいながら酒を
呑んでグデングデンに酔っぱらった。どういうワケか、二人で向き合うとぎこちない沈黙が介在し
それをやり過ごすために呑み続けた。奴がセリーヌ・ディオンを歌ったのを覚えている。その流暢
な発音を褒めるネーちゃんとイチャイチャする姿も脳裏に張り付いている。そして最後にカラオケ
ステージで『天国への階段』を歌ったこともボンヤリと覚えている・・・・・全て10年前の事である。
その翌日、ガンガン痛む頭を枕に押しつけながら、僕はベットサイドの映像を見つめていた。
巨大で堅牢と思えた構造物に、やはり巨大で安全な乗り物が突っ込んでいく光景が何度も何度
も繰り返し映し出されていた・・・・・・堅牢も安全も僕らの間違った幻想であり、脆く儚いものであ
った・・・・・まして、それらに守られた生身の生命など・・・・・。
あれから10年が経った。その間、作家達はあの事実をどう受け止めて、どのように表現して来た
のか。10年では足りない気がした。作家自身の個人的体験ではなく、読者もそれと同じ光景を目
撃し衝撃を受けている。だから結論を急ぐ必要はない・・・・・作品は結論など求めてはいない。
リービ英雄『千々にくだけて』と池澤夏樹『イラクの小さな橋を渡って』が良かった。分厚い一冊だ
けれど、小説・エッセイ・詩・俳句・川柳と様々な表現があり、厭きることなく読んでしまった。
だけどこの内容で税込み三千七百八十円はいかがなものかと・・・・・図書館で借りてください。
未曾有の出来事に遭遇して悪戦苦闘する作家達の苦悩を垣間見ることもできるが、やはりまだ
現実の生々しさが抜けてないのだよ・・・・・それを読まされる側にも。
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本棚
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9月3日(土曜日)激しい雨が止んだ隙に近所の本屋へ出掛けた。目的もなく行くと余計に
買ってしまうので『正論』だけ買って帰るつもりで早足ででかけたのであるが・・・・・。
平積みされた『正論』を一冊取ってレジに行ったのだけど誰もいない。ちょうどお昼時でもあ
ったので店の中も閑散としている。田舎の本屋だからそれほど品数もないのだけれど、店員
が戻るまで文庫本の棚を眺めていた・・・・・眺めているとついつい手に取ってしまい、それが
一冊ではすまなくなる。ソーユー事情で『正論』と文庫本2冊を購入し店を出た。
小川洋子さんと川上弘美さんをよく間違える。川上さんの作品を買ったつもりで読み進む
うちに小川洋子さんのエッセイだと気付いた。『博士の本棚』ってタイトルみりば一目瞭然
小川洋子のものだろうにねぇ〜〜。
内容は週刊誌に書いた随筆やら書評やら他の作家達の作品に書いたあとがき・解説の類
をまとめた読み物である。好きな作家の傾向が似ているので、読んでいて面白かった。
特に武田百合子さんの『富士日記』への思い入れを切々と書いた文章には大いに共感し
次の読書は武田百合子にしようと決めた。それから村上春樹の『中国行きのスローボート』
への熱き思い・・・・・なるほどと共感して途中から村上さんの短編を読み始めた。
『ノルウェーの森』あたりを境に離れた読者も、この作品だけは離れられないのではないだろうか
村上春樹さんは基本的に類い希なる才能に恵まれた短編作家だと、僕は思う。
その中の一つ『土の中の彼女の小さな犬』を読む。以前読んだ時には、一人称の饒舌さが気にな
って、良い作品なのだけれどさほど好きになれなかったのだが、今回、小川洋子さんの思い入れ
を頭に置いて読んだら、これはすごい傑作なのだと気付いた。宿泊先のホテルで偶然出会った男
女が、ちょっとだけ話しを交わすだけのお話が、それを読んだ人の人生に深く深く入り込んで大切
な心の拠り所になってしまう。それが小説を読む喜びなのだ。話しの後半、誰もいないホテルのプ
ールで二人が交わす会話が実 に巧い。次も小川さんの導きで『ナインストーリーズ』サリンジャ
ーを再読。何度も何度も読み返している物語達が一層の輝きを見せてくれた・・・・・小川洋子は読
ませ上手である。
そーゆーワケで『正論』はいまだ読んでいない。
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滝口修造の追悼号(・・・といっても大凡30年前に出版された古本であるが)を本棚に戻すと、
そのとなりに須賀敦子さんの「追悼特集」本があったので今度はそれを読み始めた。この手
の本は一気に読まずに時間をかけて少しずつ愉しむことにしている。
多くの人達が寄せた追悼文の間に、須賀さん自身のエッセイがあった。追悼号に掲載される
だけあって、文章の匠、須賀敦子作品の中でも選りすぐりの一遍であり、この人の類い希な
る才能を惜しまざるを得ない。
タイトルは『となり町の山車のように』 「教室であの子はいつも気を散らしています」母が学校
の先生に会いに行く度、いつもそう言われて帰ってきたという、須賀さんの子供時代の回想か
ら始まり、夜汽車に揺られて東京へ向かう16歳の場面へと移る。たぶん1947か8年頃、鈍行
列車の硬い座席で時々眠りに落ちながら寒さに目ざめ一駅一駅をやり過ごす少女時代の回想
どれぐらい停車していたのだろう。やがて、かん高い汽笛が前方にひびいて、列車ぜんたいに
長いしゃっくりに似た軋みが伝わると、ゆっくり動きだした。黒い瓦屋根の駅舎のゆがんだような
板塀が遠のいていく。列車が速度をはやめるに連れて、線路わきの電柱の飛ぶ速度がせわしく
なる。そのとき、まったく唐突に、ひとつの考えがまるで季節はずれの雪のように降ってきてわた
しの意識を揺さぶった。
《この列車は、ひとつひとつの駅でひろわれるのを待っている「時間」を、いわば集金人のよう
にひとつひとつあつめながら走っているのだ。列車が「時間」にしたがって走っているのでは
なくて。 ひろわれた「時間」は、列車のおかげではじめてひとつのつながった流れになる。
いっぽう、列車にひろいそこなわれた「時間」は、あちこちの駅で孤立して朝を迎え、そのまま
、摘まれないキノコみたいにくさってしまう。
列車がこの仕事をするのは、夜だけだ。夜になると「時間」は、冷たい星のように空から降っ
てきて、駅で列車に連れ去られるのを待っている》
一連のとりとめないセンテンスがつぎつぎとあたまに浮かんできては消えていった。もう旅
が退屈ではなかった。暖房のきかない列車も気にならなかった。
エッセイ 『となり町の山車のように』 抄
それから何年か後に彼女はリヨンからローマ行きの夜行列車のなかにいる。そこでまた、16の
頃に出会った「時間」と巡り逢う。
美しい文章は詩であり哲学であり音楽である。とても説明できそうもないので、興味ある方は是非
全文を読んで頂きたい。短いエッセイである・・・・・悲しいエピソードなどなくても、泣けてしまうのは
なぜだろう。
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向田邦子さんの短編小説集であり、ここに収録されている幾つかの作品が候補になり直木賞
を受賞している。文庫本の後書きを当時選考委員だった水上勉さんが書いていて、直木賞選考
時には未だ完結していなかった連作短編集に対して、受賞を見送ろうという一部選者の意見も
あったらしいのだが、山口瞳さんと阿川弘之さんと水上氏の粘り強い説得で受賞にこぎ着けた
経緯が語られている。そして受賞後一年も経たないうちに飛行機事故で亡くなられたことも。
分かりやすい作品ばかりである。そして一作一作が短く纏められている。まさに語りの芸で
ある。各作品のタイトルがいい、そして書き出しが素晴らしい。
指先から煙草が落ちたのは、月曜日の夕方だった。
「かわうそ」 向田邦子
冒頭から読者を不安にする書き出しが巧い。煙草を落とすという兆候があってから一週間後
主人公は脳卒中の発作に襲われる。そして読者は最初からその不安を抱きつつ、その間の
出来事を読み進める。そして主人公の男が倒れてからの夫婦関係の破綻も同時に暗示され
ている。患った後の、主人公の妻に対する心の変化と、妻の抱える無垢で深い闇の部分が
語られていき、結末の一行が見事に物語を閉じる。怖い話しである。
ここに収められた13編、全て読み応えのある職人芸のような品々です。ため息・・・・・・・
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昨日の産経新聞を夜中に読み返していたら向田邦子の記事が載っていて、8月22日が命日な
のだと知った。没後30年が経った。早いのか遅いのかそれなりなのか分からない。当時はドラマ
の脚本家というイメージしかなくて、飛行機事故という唐突な終わり方だったせいもあり、衝撃的
なわりに芸能関係枠のニュースとしてのみ、扱われていたような気がする。
小説家としてよりドラマの脚本家としての活動が長く作品も多かった。今でも彼女の書いたドラマ
が新しいキャストで再制作されているらしい。
毎週決まった時間枠で放映されるテレビドラマの脚本を作るのはかなり難しい仕事なのだと思う。
一話完結的なドラマならいいが、連続モノになると途中から見だした視聴者にも分かりやすく筋を
伝えなくてはならない。向田作品は細部の印象的な描写で、どの部分からでも見る者を惹き付け
た。『阿修羅のごとく』など画面を見ている緊張に耐えられず呼吸が荒くなる程の出来栄えであった
向田さんの随筆に「ゆでたまご」という作品がある。3ページほどの短い文章なのだけれど・・・・・
小学四年生の時に、クラスに片足の悪い女の子がいた。脚だけでなく片目も不自由なその子の
母親が、秋の遠足の日に学校へやってきて、級長をしていた向田さんに大きな風呂敷包みを渡す。
「これみんなで」と小声で繰り返しながら彼女に押しつけた包みには、大量のゆでたまごが入って
いた・・・・・・・もう一つ・・・・・・運動会の徒競走で片足を引き摺りながらよろけるように走るその子が
途中で走るのを止めようとした時に、女の先生が飛び出してくる・・・・・・以下は原文のまま書き写し
ます・・・・・。
名前は忘れてしまいましたが、かなり年輩の先生でした。叱言(こごと)の多い気むずかしい先生
で、担任でもないのに掃除の仕方が悪いと文句を言ったりするので、学校で一番人気のない先生
でした。その先生が、I と一緒に走り出したのです。先生はゆっくりと走って一緒にゴールに入り、
I を抱きかかえるようにして校長先生のいる天幕に進みました。ゴールに入った生徒は、ここで校
長先生から鉛筆を一本もらうのです。校長先生は立ち上がると、体をかがめて I に鉛筆を手渡し
ました。
愛という字の連想には、この光景も浮かんできます。
今から四十年もまえのことです。
テレビも週刊誌もなく、子供は「愛」という抽象的な単語には無縁の時代でした。
私にとって愛は、ぬくもりです。小さな勇気であり、やむにやまれぬ自然の衝動です。
「神は細部に宿りたもう」ということばがあると聞きましたが、私にとっての愛のイメージは、このと
おり「小さな部分」なのです。
簡潔で分かりやすくて優しい文章である。くもりのない清んだレンズを通して心に刻まれた光景
を文章で映し出してくれる。
そして彼女は成長し、「愛」ということばの意味をテレビを通じて教えてくれた。それは生活の
細部に宿っているのだ・・・・と。
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