通路をぬければ・・・・・・

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  「ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる ぼくの肉体はほとんど過酷に耐えられる

   ぼくがたふれたら・・・・・ひとつの・・・・直接性が・・・た・・ふ・・れる」

   手紙の草稿を読み終えると、塚田は何かモゴモゴと呪文のような言葉を呟いて、コーヒー

  を一口啜った。僕は暗い店内の入り口に青く灯る非常口のパネルを見つめていた。

   関口はハイライトのきつい煙を宙にゆっくりと吐き出して、塚田の手元から手紙を抜き取

  った。それに引き摺られるように、塚田は顔を上げて関口を見た。

  「おまえ・・・・・なんだ、これ?」

 
  
   デパートの屋上から降りて、僕たち3人は行き付けの喫茶店に入り、関口が女の子に渡すため

   に書いた手紙の内容を検討していた。僕にも聞こえるように小さく声に出して読み進めていた

  塚田の眉間に縦皺が浮かんだ。便箋六枚にびっしりと書かれた長い手紙だった。塚田は時々水を

  飲みながら、辛抱強く読み続けた。僕は途中で「もう声に出さなくてもいいよ」と言ってあげた

  くなった。堅苦しい言葉の迷宮を彷徨い続けた長い手紙は、関口の敬愛する吉本隆明の詩で劇的

  な終焉を迎えた。

   呆れ返って溜息を吐く塚田の問いかけに、関口は落ち着いて応えた。

  「だから・・・・まだ完璧なかたちではないんだ」

  「これ・・・・ラブレター・・・・・だろ?」

  「ラブレター?・・・・・そんな陳腐なものじゃぁない」

  塚田の質問に、関口は少し怒気を含んだ芝居がかった口調で反応した。それが奴の照れ隠しの

  態度だと僕にはわかっているのだが、今日に限っては、そういう態度に不愉快な感情を持った。

   非常口のパネルに画かれた走る人の顔に、関口の童顔を重ね合わせてみた。始めて好きにな

  った女の子を必死に追いかける関口の表情が蒼白くボンヤリと浮かび上がった。


  「だいたいさぁ・・・・こんな手紙もらって、相手はどう思うか考えてみろよ。見ず知らず

   の男にいきなり渡された手紙にさ・・・・・ぼくがたふれたら・・・・ひとつの直接性が

   たふれる・・・・たふれるだぜ・・・・しかも」

  「だけどさ・・・その詩。たしか○○大の入試問題にでたぜ・・・・おれ受けたから覚えて

   るんだけど・・・・」

  「知ってるよそんなこと・・・・俺も落ちたから」

   僕の余計な一言に、塚田はそう言って切り返した。すっかり忘れていた・・・・この春受験

  した九つの大学のうち、五つは塚田と一緒に行ったのだ。


  「吉本の詩が試験にでたのか?やるなぁ〜その大学・・・来年受けてみるか?」

  「お前なら滑り止めにちょうど良いかもな」

   関口の言葉を受けて、塚田が皮肉たっぷりにやり返した。

  「お前は大学選べるけど・・・・俺たちは選んでもらう立場だからなぁ〜〜」

   暗く窮屈なボックス席の中で両手を高く上げ、思い切り伸びをしながら僕は言った。
 

  
  「手紙の内容は後で検討しよう」そう言って起ち上がると、塚田は家から持ってきたレコード

  を関口に渡した。

  「傷付けないように聴いてくれよな・・・・それ姉貴から借りてきたんだから」

  「ありがとう」そう言って関口はその童顔に溢れんばかりの笑顔をつくった。

  「お前がクィーン聴くとは思わなかったよ、受験勉強の気分転換には音楽もいいよな」

  「うん・・・・それに美砂さんも、クィーンが大好きらしい」

  「ギョッ・・・エッ・・・・」僕と塚田は同時に噎せた。

  「それから村上龍の小説が好きらしい・・・それから・・・・それから・・・・」

  小学校で習ったばかりの知識を家に帰って一生懸命親たちに説明する子供のような笑顔で

  関口は美砂嬢に関する知識を蕩々と喋りだした。

  つい半年前まで、ドストエフスキーと大江健三郎と吉本隆明以外の話題など一度も発した

  ことのないその口から流れ出す初々しい話しを、僕たちは唖然とした顔付きで聴いていた。

  「・・・・・・・・・・・・」塚田と僕は同時に俯き、足元からひとつの直接性がたふれて

  いく音に耳を傾けた。

  「・・・・・・・・お前・・・・そんなこと何処で調べた?」

  俯いたまま、地の底から噎ぶような低音で、塚田が言った。

  「だいたい相手の名前とか住所とか電話番号まで・・・・いったいどうやって調べたんだ?」
  
  そう言った僕の頭に、デパートの屋上から望遠鏡で覗いた女の子の表情が浮かんだ。一瞬

  振り返って、僕の方を睨み付けるように見た彼女の瞳。
  
  「やる気にさえなれば、問題を打開する方法はいくらでもあるんだよ。だけど今の段階で

  君たちに教えようとは思わない・・・・悪用されると困るからね」

  そう言って、関口は爽やかな笑顔を見せた。



   午後の授業を一つだけ受けて、帰りの電車に乗るために駅に向かった。

  関口が好きになった女の子の名前は、辻井美砂さんといい、市内の××女子校の生徒だった

  らしい。同じ高校の仲の良い友人と3人で同じ大学目指しているという情報を塚田が仕入て

  きた。

  「△△大の仏文が第一志望だってよ」
 
  「関口に聴いたのか」

  「いや・・・・・あいつなんかより確かな情報持ってる奴大勢いるよ」

  「ファンが多いのか?」

  「けっこう可愛いから名な・・・・」


   
   駅の改札を抜ける前に、水戸駅観光デパートの本屋に寄り道して、村上龍を探した。

  去年デビュー作で芥川賞を獲り、一時期新聞や雑誌でやたらと取り上げられていたのを

  覚えていた。

  「美砂さんはクィーンの音楽と村上龍の小説が好きらしい・・・・・」

  帰りの車内で「限りなく透明に近いブルー」を読み進める僕の耳元に、関口のセリフが

  繰り返し響いていた。



                    つづく・・・・・・・・・かも・・・・。

   
   

  

  

   
   夏への扉が少しずつ開いて、その向こう側から待ちきれぬばかりに様々な音や光や風や

  音楽が流れ出てくるように、雲の切れ間から飛び出した日射しが、僕の目蓋を射抜いた。

   平日のデパートの屋上に、客は疎らだった。それを予想して、僕たちは此処に上がって

  きた。高校は卒業しているのだから、別に隠れる必要もないのだけれど、人前でタバコに

  火を付けることに、まだ罪悪感があった。まして僕らは社会人ではないし、大学生にも

  成りそびれた立場だった。屋上のフェンス越しに見おろす駅のプラットホームから、下り

  の電車が出発するアナウンスが流れた。つきだした僕の頬を、モヤモヤした熱気が覆った。


   十円玉を入れると3分間見ることの出来る望遠鏡を覗いたまま、関口はまた溜息を付い

  た。溜息というより野生動物の断末魔の呻り声に近かった。天上から照射する暑い光に顔

  を向けて、関口は何かをあらためて自分に強く誓うように「よし・・・」と呟いた。

  「どーした関口・・・・彼女は出てきたのか・・・・」

  瓶入りのコカコーラを一口飲み込んで、塚田が言った。僕は塚田の顔に一瞬現れた嫉妬と

  も軽蔑ともつかぬ表情を見て、不思議な気持ちがした。

   関口はそんなことを一切気にせずに、ポケットから十円玉を取り出して、また望遠鏡に

  顔を近づけた。

  「授業終わって15分以上過ぎてるぜ・・・・・そろそろ出てくるだろう・・・・」

  望遠鏡を覗いたまま微動だにせぬ関口を諦めて、塚田は僕に話しかけてきた。

   僕はそんなことにまるっきり興味がないという素振りで、思い切り吸いこんだ煙草の煙

  を、大空に向けて吐き出した。遙か上空を千切れ千切れ流れていく雲の群れに、僕の肺か

  ら生まれた煙が同化していった。


  「いたっ!・・・・・美砂さん・・・・出てきた」

  羞じらう少女のようなか細い声で、関口が言った。塚田はそれにいち早く反応して、関口

  の望遠鏡を奪った。

  「どれだどれだ・・・・関口・・・どの子だよ・・・」

  「白いブラウスに、水色の長いスカート・・・・・」

  「ああっ・・・・・背の高い子か・・・・・」

  「・・・・うん」

  「そーか・・・・おいっ・・・・」

   塚田は僕を手招きして、望遠鏡を覗かせた。駅構内を挿んだ南口にある予備校。その前の

  通りを、3人の女の子が楽しげに歩いていた。その真ん中にいる背の高い子を追って、僕は

  少しずつ望遠鏡を動かした。風に流れる髪の間から覗いた女の子の瞳が、一瞬睨み付けるよ

  うに僕の方を見た。僕はドギマギして、レンズを覗く目を閉じてた。

  「手紙渡すのか・・・・・・」僕の背後で、塚田が言った。

  「いや・・・・・まだ早いような気がする・・・・手紙の内容もまだ完璧じゃないし・・・」

  蚊の啼くような声で、関口が言った。「完璧な手紙・・・・」関口の言葉を、僕は乾いた口

  で反芻した。こいつが書く完璧な手紙とは、どんなものなのか、僕には予想が付いた。

  高校の3年間、ドストエフスキーと大江健三郎と吉本隆明の話しで終止明け暮れた関口の書

  く恋文・・・・それを想像しただけで、首筋に震えが来た。

   
   高校卒業して三ヶ月が過ぎていた。私立男子校から予備校へ、腐れ縁を引き摺った3人の

  長い夏の始まりだった。


                     つづく


  * 続きは?・・・・・・・・・・・・はたして?・・・・・・続くのか・・・・?????????

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