過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

 自称「重度の活字中毒者」による「おもしろ本」への招待、自然保護法に関連して各地を歩く「素晴

らしいぐにゃぐにゃ風景」、海外では見かけることが少ない「全国どこでも自販機横丁」その他日本人

の醤油・味噌好きをアンデスの麓で再発見する「アミノ酸の呪縛」など,「食」への徹底したこだわり

と辛辣なまなざしが冴える軽妙なエッセイ17篇。

 辺境の地というようなところに行くと、何か持参していかないかぎりその土地でその時とれたものを

食う、というのが食生活の基本になる。往々にして期待は裏切られることが多いという。

「辺境の食卓」の項、5つのエッセイはまさに辺境、未知の世界に圧倒される。「沢山のロビンソン」では

実際に漂流した人びとの多くの著書らの紹介で、漂流した夫婦が鮫を手づかみで捕らえ、食べている、

とか海がめの卵の味の記述など。「旅の話、宿の話」とか日本人の旅行スタイルやインドにみる巡礼の旅

の話などを挙げて話が展開されている。

 

開く コメント(0)

[リレー:夏石番矢→大西泰世→橋本夢道→住宅顕信→渡辺白泉→三橋敏雄→西東三鬼→金子兜太→高柳重信→寺山修司]

ネット新連句(歌仙)「寺山修司・詩人死して」(一)三

スタート 平成二十一年十月三十日
ゴール  平成二十一年 月  日 
メンバー 小童(B)・宣長(B)・不遜(B)

(一)  正調

一 詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻  寺山修司  冬

二  小 オール二去り
三  宣 同上
四  不 同上

http://blogs.yahoo.co.jp/seisei14/MYBLOG/write.html



秋の噴水かのソネットをな忘れそ (※『われに五月を』) 
旅に病んで銀河に溺死することも (『花粉航海』)   
悪霊を呼ぶあやとりの月を成し  (『花粉航海』)   
父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し    (『わが金枝篇』)  
詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻 (『わが金枝篇』)    
ねがふことみなきゆるてのひらの雪 (「青森よみうり文芸」) 
わがつかむ崖の高さの風を聴く (「寂光」) 
老いたしや書物の涯に船沈む  (『花粉航海』)
蝶飛んで壁の高さとなる雅歌や  (『花粉航海』)   
燃ゆる頬花よりおこす誕生日   (『花粉航海』)   
おもいきり泣かむここより前は海 (「べにがに」)   
目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹 (※『わが高校時代の犯罪』) 
草の葉で汗拭く狼少年のわれ (『花粉航海』)   
鉄柵のなかにて墓標相触れず (「暖鳥」)
     

(湘南通信)

(一)  正調
一 詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻   寺山修司  冬
二  血は立ったまま立ち枯れている  小  童  冬

『血は立ったまま眠っている』http://www.ryuzanji.com/r-chiwa.html
   ↓

 作家自身によると……『血は立ったまま眠っている』は、私の処女戯曲であり、1960年に「文学界」に発表され、浅利慶太の演出で、劇団四季によって初演された。「一本の樹の中にも流れている血があるそこでは、血は立ったまま眠っている。」というみじかい私自身の詩から発想されたこの戯曲は、六十年安保闘争との関係を省いて語ることは難しい。私のなかにはその頃から、「政治的な解放は、所詮は部分的な解放に過ぎないのだ」という苛立ちがあり、そこがこの戯曲をつらぬく一つの政治不信となってあらわれている。勿論、処女戯曲だけに、言葉ばかりがあふれ出し、劇であることよりは集団朗読的な様相を呈している。要するにこの戯曲ははじめから「文学」を目ざしており、そのことが決定的な弱点となっている。それでも、23歳という若年で書かれたこの戯曲に、私が愛着をもっているのは、この戯曲の中にその後の私の演劇のあらゆる要素が萌芽しているからである。とくに、第三幕におけるストーリーの崩壊、人物仮面の剥離、素明かりによる虚構の異化、そして挿入される歌、雑誌記事、天気予報などのコラージュ的手法は、天井桟敷の演劇へそのまま引き継がれていったものである。……そうである。
   ↓

 物語の舞台は……港町、競馬場の喧噪が聞こえる。倉庫、床屋の並ぶ横町。公衆便所から猫の鳴き声。倉庫に住み着いている2人の男、灰男と良。自衛隊から部品を盗んで革命を目論むテロリスト。ところが、良の姉、夏美が現れてから灰男が臆病になってしまったと良は苛立つ。そこに1人の男がくる。ダイナマイトを見せ、英雄になりたくないか、と灰男に迫る。迷う灰男。すると男は、良をそそのかし、裏切り者を消せとピストルを渡す。一方、床屋にたむろするチンピラたち。退屈な生活を持て余し、首吊り死体の葬式ごっこをはじめる。そこへ仲間の1人が商売の話をもってくる。リンゴの闇取引。しかし計画は失敗におわる。裏切り者のリンチがはじまる。2つの物語が進行し、そして、全てが解体して行く……のだそうだ。
   ↓

 この演劇は、どこの国の話でいつのことだろう? セリフを聞いているだけで血の乱れを感じてならない。いや、これこそが日本だと思いながら、やはり、戯曲の発想となった短くも美しい一行に戻したい。「一本の樹の中にも流れている血があるそこでは、血は立ったまま眠っている。」これを寺山修司への脇としたい。
 
(讃岐通信)
一)  正調
一 詩人死して舞台は閉じぬ冬の鼻    寺山修司  冬
二  血は立ったまま立ち枯れている   小  童  冬
三 名馬への望郷魂を揺るがせて     宣  長  雑


 ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない
 ハイセイコーがいなくなっても すべてのレースが終わるわけじゃない
 人生と言う名の競馬場には 
 次のレースをまちかまえている百万頭の 名もないハイセイコーの群れが
 朝焼けの中で 追い切りをしている地響きが聞こえてくる
 思い切ることにしよう
 ハイセイコーは ただ数枚の馬券にすぎなかった
 ハイセイコーは ただ一レースの思い出にすぎなかった
 ハイセイコーは ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった
 ハイセイコーは むなしかったある日々の 代償に過ぎなかったのだと
 だが忘れようとしても 
 目を閉じると あの日のレースが見えてくる
 耳をふさぐと あの日の喝采の音が 聞こえてくるのだ
     (寺山修司「さらばハイセイコー」(角川文庫『競馬への望郷』より)

開く コメント(1)

開く トラックバック(2)

平成万葉歌仙三十「秋の百夜」の巻〜ウ四

起首 2009/10/26(月)

この夜らの早く明けなばすべを無み秋の百夜(ももよ)を願ひつるかも(笠金村・万4-548)

発句 何時の間に秋の百夜(ももよ)の「三十巻」  不遜 秋
脇   一燦にして映ゆる若月           宣長 秋 月
第三 虫時雨子供心に母呼びて           不 秋
四   年々速くなりゆく一年            宣 雑
五  はろばろと思えば遠く来たもんだ       不 雑
六   架空の人と我が冬の旅         宣 冬

一  ブラジルの友の便りへ雪のこと        不 冬
二   コンクリートより人の通い路    宣 雑
三  新人と呼ばれし日々が懐かしい        不 雑

四  宣 雑 恋
五  不 雑 恋
六  宣 雑 恋


(下野通信)

三  新人と呼ばれし日々が懐かしい        不 雑

http://zouhai.com/



深見けん二

集まりて老人ばかり子規祀る

俳人の平均年齢はなぜかくも高いのか。俳人は年寄りばかりで、年寄りになると「花鳥諷詠」が好きなると言って虚子門の人に叱られたことがある。老いて旧守に走るのを予定調和というのだろうか。花鳥諷詠が旧守だといえばまた異論はあることだろう。若い頃は前衛、老いて旧守。もしその逆があればそういう人間には興味が湧くのにと思う。同じ句集にこの句にならんで「新人と呼ばれし日あり獺祭忌」がある。こう詠まれると子規像が俄然青春の趣をもって迫ってくる。どの時代もそこに関わる人の志次第だとこれら二句が主張している。『蝶に会ふ』(2009)所収。(今井 聖)

(讃岐通信)

二   コンクリートより人の通い路     宣 雑
三  新人と呼ばれし日々が懐かしい    不 雑

四  上臈なれど男にしびれ    宣 雑 恋
   廓文化を支えし女      宣 雑 恋
   真の笑いは遊郭の粋     宣 雑 恋

一葉作品における遊郭の「粋(いき」
大音寺前に暮らす人々の中で,一番多いのは,一葉が「廓者」(くるわもの)と呼んでいる,吉原遊廓の<中>の仕事で暮らしを立てている人々。小説『たけくらべ』を深く理解するには,廓の<中>の社会と廓の文化に,多少とも通じていなければならない。
 私たちは,現在の吉原(ソ−プランド)を見て,<廓>を想像してはならない。それどころか,吉原は,江戸文化の核とも言える<歌舞伎>と<浮世絵>を背後から支えていた<江戸文化の酒蔵>とも言うべき位置にある。吉原遊廓の廓文化を,一つのキ―ワ―ドに要約するならば,江戸の人々にとって,<いき>な男,<いき>な女こそが,限りなく美しく,楽しく,すてきでカッコが良かった。<いき>は,江戸の人々にとって,そのために人生を生きる<目的>でもあった。
『たけくらべ』が,暗く悲しい主題を扱った小説でありながら,童話(メ―ルフェン)のように明るく,笑いを噛み殺すのに苦労するほど,滑稽さ(おかしさ)に満ちているのは,吉原遊廓が<いき>の文化の生誕地であり,大音寺前に住む人々も,貧しいけれども<いき>に暮らす江戸っ子だった。
   



 






 

開く コメント(0)

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 
     〜塩飽諸島西端「粟島」「志々島」紀行〜
 
 10月30日(金)晴れた瀬戸内海ながら、薄曇りで見晴らしがよくなかった。

  粟島は詫間沖に浮ぶ塩飽島の一つである。粟島海員学校があった。

  志々島は粟島の東に位置する小島である。千年の風雪に耐える大楠がある。

  これらの島々は過疎化を逃れられないが、島民は足を地につけてしっかりと生き継いでいる。

開く コメント(0)

   10月30日 誕生日の全国35万人の皆さん、おめでとうございます 
       
                (拙句) 匂い立つ魅力だなんて私のこと 雅舟
   
   10月30日    

  【花】 ナギナタコウジュ(シソ科)  【花言葉】 匂い立つ魅力

  【短歌】 ナギナタの術を学びし少女期はナギナタコウジュ知らずに過ぎき   鳥海昭子 
             
               花の様子がナギナタの刃先のように見えることから名
               づけられました。初めてこの花に出会ったとき、その
               美しさに立ち止まって見入ってしまいました。
              
  【季語】 蘆の花

  【俳句】 蘆の花おのが光に暮れゆけり    沢木 欣一
    
       物思ふときは猫背や蘆の花     木村日出子   

       触れ合へる音の中なる葦の花    藤本美和子  

  
  【三行詩】 匂い立つ魅力とは真反対の

        蘆(葦)の人を招くような

        目立たないものの命を思う


  【万葉歌】和歌の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴きわたる  赤人(巻6ー919〉


  【10月30日誕生の有名人】
        ヴァレリー(1871) 上田敏(1874) 平野謙(1907)
        旭輝子(1924) 大川栄策(1948) 仲間由紀恵(1979)   

       〜今日も佳き日でありますように〜

開く コメント(2)

開く トラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事