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 おはようございます。少し前に高田渡の「人生の柄」をアップした時に、昭和の名人、古今亭志ん生のことに触れましたので、今朝は久しぶりに志ん生の古典落語を紹介してみることにしましょう。演目はお気に入りの「六尺棒」です。

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 「六尺棒」は彰義隊あがりの元御家人という珍しい経歴を持つ初代三遊亭遊三が得意にした演目で、古いところでは、文化4年ー1807年という口演の記録が残っています。初代遊三は「飲む、打つ、買う」とまあ見事に3拍子が揃った大の遊び人で、お城勤めよりも寄席に立ち寄るのが本業だったという強者。彰義隊に駆り出され上野の山に籠りますが、負け戦とわかるや否や命からがら一目散に逃走、その後は裁判官の職務に就きます。しかし裁判で被告の女に色目を使われて、有罪判決のところを無罪としたために解雇され、ついに望み通りの落語家になったという大変な御仁!

 この遊三と五代目古今亭志ん生の父親美濃部戌行、そして初代三遊亭円遊は御家人時代の遊び仲間で、遊三は志ん生を可愛がり、志ん生は遊三にこの「六尺棒」や「火炎太鼓」を直接習ったということです。

 いつものように夜遅く吉原通いから帰ってきた大店の若旦那幸太郎、さて、今日も番頭が起きていりゃいいがと思いつつ番頭の名を呼ぶが誰も出てこない。仕方なく戸口をドンドンと叩いて番頭を起こそうとするが、そこに聞こえてきたのは、「ええ、夜半おそくどなたですな?お買い物なら明朝願いましょう。はい、毎度あり」という口うるさい親父の声。そこで親父に取り入って何とか家に入れてもらおうとするが・・・。
                                                               
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  「六尺棒」は落語には珍しく、父親と道楽息子のたった二人のダイアローグで進められる演目です。しかしそれだけに二人の性格描写や心理描写、そして間合いの取り方などをいかに表現してゆくかが問われることになり、落語家の真の力量のほどが図られる難しい演目でもあります。

 ところでこの親子、ダイアローグから察しても父親の方は表面上は幸太郎を冷たくあしらっているようですが、内心は幸太郎が心配でなんとかしたいという思いで一杯で、幸太郎もそのことを十分に承知の上で、話が展開していきます。その上での二人の丁々発止のやり取りを聞いていると、なんともいえない面白味を醸し出してきます。

 「人生の柄」の記事でも書きましたが、志ん生の豪放磊落な芸風の味わいのあること!ここで聞かれるのは志ん生の人格が溢れ出たこころの話術。現在落語愛好家の中で、志ん生の評価が急速に高まってきているのは、志ん生の芸風が「芸=人」であり、志ん生のこれまでの人生が芸となって語られているから。志ん生の落語では辛酸を舐めつくした人生とそこから形成された人格がそのまま話術となって語られています。しかし現在ではこのような落語を聞かせてくれる噺家がすっかり少なくなってしまいました。

 「六尺棒(ろくしゃくぼう)」というのは防犯・警備・護身用などに用いた樫の木などで作った長六尺の棒のことで、志ん生の父親は維新後は「棒」と呼ばれた草創期の巡査で、巡邏のときは、いつも長い木の棒を持ち歩いていたということです。

 それでは五代目古今亭志ん生の「六尺棒」をお送りします。お楽しみください。








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> 六月の風さん、実はわたしは古今亭志ん朝の落語を持って、江戸落語の一つの完成を見たとかんがえています。その語り口、作品の把握、各人物の描き方等々、いずれも傑出していましたね。このブログでも志ん朝の「おかめ団子」、「柳田格之進」を取り上げています。いずれも父親の志ん生がよく演じたものですが、志ん朝はその父親を乗り越えて、自在で厳しい独自の性格描写で、観客を唸らせています。
「火焔太鼓」も好きな演目ですよ!!

2016/5/8(日) 午後 3:47 [ maskball2002 ]


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