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早朝、窓を開け放ったら、小鳥のさえずりと、冬の朝の冷気とともに、階下からトーストを焼いている匂いが漂ってきた。

冬の朝は、好きだ。

NHKが先週の日曜日から放送し始めた『坂の上の雲』が、大きな注目を集めている。

ぼくも、毎週これを楽しみにしている。

いわゆる「司馬史観」と称されるものが、客観的な史実にどの程度符号しているのか、という議論は、これまでにも少なからず表明されてきた。

しかしぼくは、「坂の上の雲」を遥かに見上げ、先例、前例の無い仕事を、三十そこそこの少壮の若者たちが、盲蛇におじず、とでもいうべきか。ただ情熱のほとばしりにまかせ、「世界で一番ちっぽけな国」の足腰、屋台骨を打ち立てるべく、しゃにむに進んでいくことのできた−あるいは、それしか方法の無かった−「明治」という草創の時代を、司馬が司馬流に、骨太に描ききったということだけで、彼の、作家としての冥利がつきたと思っている。

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それにしても、ぼくには、学生のころから、どうしても納得のいかないことがあった。

東アジアの大国、中国までが、西欧列強の侵食におかされ、四分五裂の状態にあった頃、また、より視界を世界に転じるのであれば、スペイン、ポルトガルの「新世界」侵略以降、大英帝国が「日の沈まない帝国」を豪語するまで、非西欧世界は「文明」の名を借りた西欧の侵略者に、思うが侭に蹂躙されてきた。

日本もまた、幕末維新の時分、きわめて危険な状況にあった。

しかし、日本は、西欧文明の学習、吸収、移転を、国中を上から下までひっくりかえし、恥も外聞も無く徹底的におこなうことだけが、この国の独立と自主自尊、尊厳をまもれる唯一の方法であると捉え、「物真似猿」と、白色人種からどんなに揶揄されても、変えることなく、これを貫徹した。

『坂の上の雲』の主人公である秋山兄弟(好古、真之)は、まさにそうした当時の日本の、「必死さ」、青雲の志を抱き、顔を上げて、坂道を駆け上った「時代」を象徴するものとして描かれている。

日露戦争は、遼東半島をおさえ、海への出口(不凍港)を確保したロシア帝国が、ついに朝鮮半島をうかがい、さらに、その先の日本に食指を伸ばさんとする時代背景のなかで起きた。まさに、日本にとり、国家の存亡をかけた、一か八かの大戦争だった。

それは、人力、生産力、財力、外交力、指導力、軍事力のすべてを傾けて、ようやくギリギリで「勝ち」の体裁をとり得た、薄氷を踏む戦いであった。

秋山好古は日本陸軍に騎兵隊を組織、錬兵し、よくコサック騎馬隊と渡り合い、真之は、日本海海戦でバルチック艦隊を海底に沈めた立役者の一人、となる。

日露戦争における日本は、冷徹な現実主義に立って揺るがない指導層を持っていた。このため、戦争の幕引きが、前にも書いたけれども、とにかく、揺るがぬ、リアリスティックな思考、原則にもとづき、見事におこなわれた。

翻って、昭和の大戦争、無謀な15年戦争に突き進み、最後には、「勝つ筈の無い」戦いを米国に対してまで仕掛けることになったこの国の指導層は、結局のところ、どうして、そこまで無謀な戦争を起こすほど愚鈍になってしまったのか。

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司馬は、自身戦車兵として、「工芸品としてはなかなか見事だけれども」、戦争の機材としてははなはだ頼りのない国産棺桶戦車を駆り、その後の「司馬史観」形成に深い影響をあたえる戦地経験をしている。

なぜ、ナイナイづくしの若者たちが、裸一貫で「世界」を吸収せんと国を飛び出したあの時代、明治という時代に、鋭利なリアリズムに立って揺るがぬ国家指導、戦争指導、戦闘指導ができ、一方、体制がいちおう成熟し、エリートがエリートとして、それなりの伝統と矜持をもつ学び舎から巣立ったはずの人材が中枢を占めた昭和という時代には、狂気とでも呼びたい夢想主義、あるいは、夜郎自大的な、自己破壊的膨張主義が大手を振るってしまったのか。

司馬の問題意識はまさに此処にあり、『坂の上の雲』の全編を通じ、彼は幾度もこうした問いを発している。

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そしてぼくは、昭和がおわり、すでに20年が経過したいま、一見、外見からは爛熟した物質的繁栄を謳歌しているようにみえるこの国で、もう一度、「坂の上の雲」を目指して歩く、一群の若者たちの出現が俟たれている、と思っている。

この国は、ぼくが、過去100年を思うとき、すくなくとも、二度、壊滅的状況から這い上がり、新たな繁栄の基礎を築いてきた。

最初は、日露戦争、であろう。

尊い、あまたの人命を犠牲にし、国家の金庫がほとんど空っぽになるまで戦った。

そして、太平洋戦争の焦土からは、やがて、世界に冠たるニッポン・ブランドを象徴する企業群が出現した。

しかし実際のところ、いま、この国は、「目に見えない焦土」に埋もれかけている。

この国は、こと大都会においては、いまでもきらびやかなショウ・ウインドウやイルミネイションに飾られ、道行く人々も、それなりに着飾り、ブランド品を身につけ、グルメや旅行を楽しんでいる。

だが、問題は、若者たちが、自分なりの「坂の上の雲」を見上げ、これに打ち込むことを奨励するような時代の空気、あるいは具体的な条件があるかどうか、ということなのだ。

昨年の暮れ頃、ぼくは、「派遣切り」で行き場を失った若者たちが、公園での炊き出しに行列をつくる様子を、テレビで幾度も見た。

なかには、実家にかえる電車賃が無い、といって嘆く人たちもいた。

すると、テレビでは、さかんに評論家諸氏が登場し、なんとか、一刻も早く「セーフティ・ネット」をつくらねば、と口角泡を飛ばすのであった。

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ぼくは、いま、この国で、失業問題がこれほど深刻になっているときに、そうした悲劇を他人事として偉そうに評す立場には、ない。

けれども、しばしばぼく自身への自戒もこめて、「そこそこ中流」的な意識をもついまの日本人は、明治の、ナイナイづくしのなかで、「坂の上の雲」を見上げて気張って生きた明治人のような「裸一貫の気概」を失ってしまっているように思うのだ。

「目に見えない焦土」は、「目に見える焦土」より、しばしば恐るべきものだ。

真綿で首を絞められるように、とりわけ、若者が、世界に雄飛し、世界で勝負し、世界で生きんとする大きな「気概」を失ってしまっては、この国の将来まで輝きを失ってしまうような気がする。

いかなるすぐれた革新の思想も、思想が「伝統」となり、「体制」に取り込まれてしまうと、形骸化の傾向を免れ得ない。このため、「伝統」はつねに「革新」され、新たに命を吹き込まれ、リ・ヴァイタライズされねば、逆に、これが不健康極まる教条主義、圧制の手段に堕することすらある。

哲学者の市井三郎(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E4%BA%95%E4%B8%89%E9%83%8E)は、これを『伝統的革新思想論』のなかで論じ、ぼくは、大きな啓発を受けた。

思えば、「青春期の日本」が、本質的なレヴェルでアタマを叩かれず、傲岸不遜な30代に入り、みずからをわきまえぬ夢想主義的戦争に突入したようでも、ある。

そして、それは、ぼく自身の人生、来し方を振り返ることにも、痛烈に繋がってくる。

気づき、そして、いったん、落ちるところまでドスンと落ちてから、変わらねば、変われないのであろう。ほんとうに成熟した国家、社会、人間となっていくには。

なにはともあれ、もう一度、司馬の名著、『坂の上の雲』を読んでみたい。

単なる明治の青春物語、としてではなく。「自分」という存在を否定するところからではなく、変革の主体として、あるいは、変革をなせる主体として存在を赦されているものとして在る、ということを確認するためにも。

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渾身を込めて書かれた今回のエントリを、渾身を込めて拝読。目に見えない焦土はまさに同感。地方にあって私も同じ気概で時代の役回りを果たしたいと再認識しました。本当に深謝。

2009/12/9(水) 午後 11:12 [ maf*04*0 ]

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早いもので、もう年の瀬ですね。来年あたり、ほんとうにどこかでお会いしたいです。大兄、お身体、くれぐれもご自愛ください!M

2009/12/10(木) 午前 0:14 [ 老薄(mastarton) ]

ひたひたと亡国の近づくこの国です。

いまや、逆明石元次郎というべき人間が国内に跋扈しております。
Tbさせていただきました。

2010/1/9(土) 午後 4:22 うまやど

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