【試される憲法 誕生60年】 日本国憲法の誕生から60年。日本の“かたち”を決する、還暦を迎えた最高法規を改めようという動きが顕著になっています。これからの時代、憲法はどうあるべきなのでしょうか。不戦の誓いを掲げた9条を中心に、各分野の人たちが憲法を考え、語ります。http://yougakukaraoke.up.seesaa.net/image/consti.jpg ↑ という特集が“東京新聞”紙上(http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/consti/)で不定期に掲載されております。 “憲法改正” をこの日本のまともな未来構築のために不可欠を考えております私は、ここで今まで取り上げられた提言をひとつひとつ紹介し検証していこうと思っております。 ****************************************** 河合塾講師の牧野剛さん 解釈改憲 非軍事化に向けて
2006年11月26日 http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/consti/news/200611/images/PK2007051002115058_size0.jpg 「解釈改憲で軍縮するのが一番現実的」と語る牧野さん=都内で 憲法を作ったのはフランクリン・ルーズベルト米大統領派のニューディーラーという社会主義者たちだ。だけど、その平和をうたう憲法を持ちながら、日本は赤狩りや朝鮮戦争、その後の冷戦構造下で自衛隊をつくらざるを得なかった。矛盾した現実だった。おかげで日本は軍事に払う金を経済につぎ込み発展した。 憲法を変えようと言う人たちは北朝鮮の核とミサイルが危険だと主張するが、日本にとってまずい問題はほかにもいっぱいある。ロシアとは北方領土だけでなく漁船の銃撃があった。韓国とは竹島や歴史認識、中国とは天安門事件や尖閣諸島、台湾とも中国大陸を認めることで問題が起きる。 地図を見れば分かるが、これらによって日本は米国方面(太平洋側)以外は閉じられている。この戦略の犯人は米国だ。極東アジアが緊張すると日本や台湾、韓国が米国の迎撃ミサイルを買う。中東や中米、南米の緊張によって米国の武器が売れるのと同じだ。 世界の平和と均衡のために、アジアは仲良くした方がいい。 北朝鮮脅威論は憲法を変えるような問題じゃない。変えなくたって日本はもう世界上位の軍事大国だ。今の九条の解釈論で済んでいる。イージス艦だって造れる。平和憲法を持っているのに世界二位の軍隊をも持つ。 だが、実はこのあいまいさに、日本の可能性も秘められている。日本は自分の歴史を通じて平和国家、軍事国家の双方を説得できる条件を備えている。矛盾の中で軍事化してきた解釈改憲の方向を逆に、非軍事化に向ければ、地震や津波の災害救助に出動する「世界を守る隊」に自衛隊を変えることも可能だ。 司法試験の本を読むと、右派のものにも左派のものにも、まず同じことが書いてある。憲法は権力者にブレーキをかけるために作られた、と。天皇や自衛隊や警察や公務員たちがやっちゃいけないことを決めた、と。その裏返しとして国民の権利が守られる。憲法に愛国心だの軍事強化だのと書き込むことは全くの本末転倒で、おかしい。 まきの・つよし 1945年岐阜生まれ。名古屋大文学部卒。国語科の名物講師。著書に「マキノ流国語トレーニング」「30年後の『大学解体』」「国境を越えて」(共編著)など。61歳。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/consti/news/200611/CK2007051002115057.html この人は社民党の辻元清美の恩師としても有名ですね・・・ 世界の平和と均衡のために、アジアは仲良くした方がいい。 の手前までの話は「うん、そういう一面も確かにある」と思うんだけど、そこまでの話の結論がこれっていうのが何故なのかわからない。 もしかしたら、東京新聞の編集がヘタなのか・・・ で、この後からはもう論理が崩壊してしまっている。 辻元が乗っかっているところもまさにこの論理なんだけど、 「矛盾の中で軍事化してきた解釈改憲の方向を逆に、非軍事化に向ければ、地震や津波の災害救助に出動する「世界を守る隊」に自衛隊を変えることも可能だ。」 なんていうの考え方はあまりにも楽観的過ぎる。 「憲法に愛国心だの軍事強化だのと書き込むことは全くの本末転倒で、おかしい。」 私も憲法に愛国心を書く必要はないと思うけれど、軍事についてはそれを前提として歯止めをかけるものを記載しておかないと、もし始まってしまった場合に際限もなく突き進んでしまう可能性も出てくるわけで・・・ 今の憲法には軍事力を持たないと明記されているわけで、軍事力を持たないのだからもちろんそれをどこまで使っていいなんていう規定も無く、しかし自衛隊はあるわけですから、そういったことで何かが始まってしまったときにそれを終結させる手立てがなくなってしまうわけで、上の考えは「絶対に何も起きない」ということを前提とした話で、これは国民の生命・財産をを護る使命がある国家としてはありえない話なわけですね。 まぁ、だから辻元はかねがね 「国家という概念をやめよう」 と言っているわけですが、それを日本だけがするなんてことはまさに自殺行為でしょう。
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