|
. さて、このご慶事に、うちも日の丸を掲げさせていただきました・・・ 皇后さま、74歳に=孫との類似点「とても幸せ」
10月20日6時39分配信 時事通信 皇后さまは20日、74歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮内記者会の質問に文書で答え、皇太子ご夫妻の長女愛子さまや秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さまら孫との交流の様子を紹介した。 今春、小学生となった愛子さまについて「愛子と私は物事や事柄のおかしさの感じ方が割合と似ているのかもしれない」と分析。そう感じる際には「とても幸せな気持ちになります」と述べた。 悠仁さまとは、9月に葉山での静養で一緒に和船に乗ったことに触れ、「御用邸にもどって後、高揚した様子で常にも増して活々と動いたり、声を出したりしており、その様子が可愛いかったことを思いだします」。 両家の皇居への参内については、各家庭にその時々の事情があり、日程の調整が難しいこともあるとした上で、「今後も双方の事情が許す時には出来るだけ会えるとうれしいと思います」とした。 長期療養中の皇太子妃雅子さまについては、「私ども家族にとり、大切な人」で、「快復を祈り、見守り、支えていきたい」とした昨年の回答に「変わりはありません」と述べた。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081020-00000011-jij-soci 皇后陛下の細かいお話はこちら <皇后さま>74歳誕生日 宮内記者会質問とご回答
10月20日5時1分配信 毎日新聞 平成20年皇后さまお誕生日の宮内記者会質問とご回答 問1 今年になって、天皇陛下が、骨粗しょう症の恐れがあると診断され、皇后さまも体調を崩されました。日ごろから健康面で心がけられていることやお二人のこれからの生活スタイルについてのお考えなどをお聞かせください。皇太子妃雅子さまの静養が5年目に入り、皇后さまは昨年の宮内記者会の質問に対して“妃の快復を祈り、見守り支えていきたい”とお答えになりました。特に、心配りされていることはございますか。最近の雅子さまの快復のご様子とあわせてお聞かせください。 答 陛下のご手術からもう6年近くがたちました。残念なことに、術後再びPSA(前立腺特異抗原)の数値が上昇し、ホルモン療法が始められ、今も続いています。最近の医師の発表にもありましたように、この療法はがんをおさえますが、骨や筋肉に負の影響を与えます。歩くことや運動をすることで、これを防ぐことが大切だと教わりましたが、こうしたことをご一緒にすることで、私の健康も維持されることと思います。これまで通り早朝の散策を続けていますが、陛下のご運動の量をもっとふやすよう指示を受けています。 後半の皇太子妃の健康についての質問ですが、東宮職より、こうした質問が出されることが妃の快復にとり望ましくない、という医師団の見解が発表されており、私の回答も控えるべきことと思います。ただ、妃は皇太子にとり、また、私ども家族にとり、大切な人であり、「妃の快復を祈り、見守り、支えていきたい」という、私の以前の言葉に変わりはありません。 問2 今年、皇太子家の愛子さまが小学生になられ、秋篠宮家の悠仁さまが2歳になられるなど4人のお孫さまはいずれも健やかに成長されています。間近でお会いになり印象に残っている出来事などを交えながら、それぞれご感想をお聞かせください。今年に入ってから以前に比べて、皇太子ご一家が御所に参内になられる機会が増えているように見受けられますが、どのように受け止められていますか。 答 私どもの子供たちが、順々に初等科に入学し卒業していってから、まだそれほど年月がたったとも思われませんのに、その子供である眞子や佳子が既に初等科を卒業し、今年は愛子の入学といううれしい年になりました。悠仁も健やかに成長し、9月には2歳の誕生日を迎えました。 このごろ愛子と一緒にいて、もしかしたら愛子と私は物事や事柄のおかしさの感じ方が割合と似ているのかもしれないと思うことがあります。周囲の人のちょっとした言葉の表現や、話している語の響きなど、「これは面白がっているな」と思ってそっと見ると、あちらも笑いを含んだ目をこちらに向けていて、そのような時、とても幸せな気持ちになります。 思い出してみると、眞子や佳子が小さかったころにも、同じようなことが、度々ありました。今記憶しているのは、一緒に読んでいた絵本の中の「同じ兎(うさぎ)でも並の兎ではありません」という言葉を眞子が面白がり、ひとしきり「ナミの何か」や「ナミでない何か」が家族の間ではやったことです。佳子も分からないなりに口まねをしてうれしそうに笑っており、楽しいことでした。 悠仁とは9月の葉山で数日を一緒に過ごしました。今回は陛下が久しぶりに海で二挺艪(にちょうろ)の和船をこがれ、悠仁も一緒に乗せていただきましたが、船を海に押し出す時の漁師さんたちのにぎやかなかけ声、初めて乗る船の揺れ等に、驚きながらも快い刺激を受けたのか、御用邸にもどって後、高揚した様子で常にも増して生き生きと動いたり、声を出したりしており、その様子が可愛かったことを思い出します。 東宮や秋篠宮家の参内についてですが、それぞれの家庭にその時その時の事情があり、私どもの日程もかなり込んでいて調整の難しいこともありますが、今後も双方の事情が許す時にはできるだけ会えるとうれしいと思います。 問3 この1年は、有害物質を含む食品が流通して食の安全が脅かされたり、子供が犠牲になる事件が相次いだりして、国民が不安になる出来事が多かった一方、北京オリンピックでの日本選手の活躍など明るい話題もありました。この1年を振り返って、特に、気にかけられたり、印象に残ったりした出来事について、お聞かせください。 答 この1年、有害物質を含む食品や事故米の流通をはじめとし、食品の安全性に不信を抱かせられる事件が多く、加えて燃料費の高騰や年金に対する不安もあり、心配なことの多い年でした。米国の金融不安は今も進行中であり、その日本経済に及ぼす影響は多くの人の案ずるところであると思います。 自然災害では、岩手・宮城内陸地震の被害と共に、夏、神戸市都賀川の川べりで、突然の増水により、川遊びをしていた子供らが亡くなった事故が忘れられません。 岩手・宮城内陸地震の災害情報を得る中で、死者・行方不明者が集中した宮城県栗原市の耕英地区が、戦後、旧満州から引き揚げ、この地に入植した人たちにより、原生林を切り開いて造られた開拓地であったことを知りました。長い苦労の末やっと安住した土地を離れ、今避難所に暮らす人々の寂しさを思わずにはいられません。この人々を含め、今回両県や近県で被災した人々の上に、少しも早く平穏な日々の戻ることを願っています。 わが国ばかりでなく、ミャンマーや中国も、サイクロンや地震により大きな被害を受けました。いち早く中国の被災地に入った日本の国際緊急援助隊の活動をありがたく思います。 イラク、アフガニスタン、スーダンなどで紛争が続く中、今年8月、ロシア、グルジア間に武力紛争が勃発(ぼっぱつ)し、多数の死者が出たことは大きな事件でした。また、この同じ月に、日本のペシャワール会会員の伊藤和也さんがアフガニスタンで拉致され、生命をおとされました。残念で悲しい出来事として記憶に残っています。 4月に石井桃子さんが101歳で亡くなりました。創作、翻訳、評論、編集、児童図書館や文庫の活動等、文学、とりわけ児童文学の幅広い分野で貢献を果たした先達を追悼いたします。 喜ばしい出来事も決して少なくはありませんでした。 4月には日本で、6月にはブラジルで、移民100周年が盛大に行われ、日伯関係が改めて強いきずなを確認しつつ、新しい一歩を踏みだしました。 地震の被害でほぼ全村民が、一時離村した新潟県の旧山古志村でも、約7割がこれまでに帰村し、この9月には、一昨年の三宅島、昨年の玄界島の時と同じように、陛下とご一緒に村を訪ね、その復興の様子を見ることができました。 10月に入り、南部陽一郎さん、小林誠さん、益川敏英さん三方の、そしてその翌日には下村脩さんのノーベル賞受賞が発表されました。同じ科学の分野で、京都大学の山中伸弥教授が新型の万能細胞を、がん化の恐れがあるウイルスを使わずにつくることに成功されたことも、素晴らしいニュースでした。 北京五輪では、何よりも前回のアテネで入賞し、4年後の今回再び栄誉に輝いた人たちの、この間の計り知れない努力に敬意を表します。期間中、実況やニュースで時間の許す限り競技を見ました。今回は特に陸上の男子四百メートルリレーや、水泳の男子四百メートルメドレーリレーで、走者や泳者が交代する時の引き継ぎの巧みさと、チームの持つ強い一体感に感銘を受けました。 また、五輪の関係ではありませんが、同じスポーツ分野で記憶に残っていることに、野茂投手と王監督の引退がありました。それぞれが日本の球史に残された足跡を思い、今後も元気に過ごされるよう願っています。 なお、昨年、陛下とご一緒に訪れた滋賀の紫香楽宮の宮址から、万葉集などでよく知られた2首の歌を記した木簡が出土したことは、非常に興味深いことでした。発掘作業の素晴らしい成果であったと思います。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081020-00000020-mai-soci この国母としてのお心配りに対し、頭を垂れずにはいられません・・・・・・・
![]()
|
皇室
[ リスト | 詳細 ]
|
. さて、わたしにはとてもこれを喜ぶことはできません・・・ 愛子さま、徒競走でお見事1位 雅子さまも満面の笑み
10月12日15時52分配信 産経新聞 学習院初等科(東京都新宿区)の運動会が12日開かれ、皇太子ご夫妻の長女で同科1年生の敬宮愛子さまが初めて参加された。皇太子妃雅子さまが見守られるなか、徒競走に臨んだ愛子さまは俊足を生かし、4人中、1位でゴールされた。 同日午後に70メートル走が行われ、クラスのリレー選手にも選ばれた俊足の愛子さまは、スタートダッシュに成功すると、最後は後ろを振り返る余裕を見せながらゴールテープを切られた。 午前中はダンスと大玉転がしに参加された愛子さま。ダンスでは両手に緑色と黄色のポンポンを持ち、腰には紙で作ったお手製のひれを巻き、「崖の上のポニョ」の音楽に合わせてかわいらしい踊りを披露された。 同日は皇太子さまが大分県をご訪問中のため、観客席では雅子さまがお一人でカメラを手に声援を送り、徒競走のスタート前には、愛子さまに向けて笑顔で手を振られる場面も見られた。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081012-00000524-san-soci
【 にほんブログ村 ブログランキング 】 ということで
とありますが、それだけお元気であられるのであれば、何故数日前のこちらには欠席されてしまったのでしょうか・・・ 両陛下、五輪入賞者招きお茶会 柔道石井、陸上朝原も
2008.10.9 17:57 北京五輪競泳金メダリストの北島康介選手と言葉を交わされる天皇陛下=9日午後、宮殿・春秋の間(代表撮影) 天皇、皇后両陛下は9日、北京五輪の入賞選手や競技団体関係者を皇居・宮殿の「春秋の間」に招いて茶会を開かれた。 ソフトボールの上野由岐子投手や男子競泳の北島康介選手、男子柔道の石井慧選手ら金メダリストをはじめ、選手と団体関係者計152人が出席。冒頭、天皇陛下は「皆さんの活躍は多くの日本の人々に喜びと励ましを与えたことと思います」と、選手たちの活躍を讃えられた。 茶会には皇太子さまと常陸宮さま、秋篠宮ご夫妻もご参加。選手たちに囲まれ、和やかに懇談された。 茶会終了後、石井選手は「『天皇陛下のために戦いました』と(陛下に)お伝えしました。陛下は笑っておられました。天皇陛下とお会いするのは嬉しいし、幸せでした」と話した。 また、すでに引退を表明している男子陸上400メートルリレー銅メダリストの朝原宣治選手は、「緊張しましたが、皇后さまからは『長い間努力されて、最後によい結果が出てお疲れさまでした』とねぎらいの言葉をかけていただきました」と笑顔で話していた。 http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/081009/imp0810091800001-n1.htm もしかして、何かのご思想でもあるのかなと、疑ってしまうわたしがいます・・・・・・・・・
![]()
( こちらを“プチッ”とお願いします )
|
|
. さて、これは無理じゃないでしょうか・・・ 【仁徳天皇陵 国の「史跡」以外で初の世界遺産候補に】
9月27日8時30分配信 産経新聞 百舌鳥・古市古墳群には、世界最大級の墳墓「仁徳天皇陵」(堺市堺区)を含め宮内庁管理の墳墓が多く、文化財保護法の適用になっていない。 堺市によると、仁徳天皇陵など市内に43基ある「百舌鳥古墳群」のうち同法による国の史跡は7基。これまで史跡でない文化財が選ばれた例はないという。 堺市歴史文化都市推進室の藤木博則室長は「文化財保護法の適用がなくても、暫定リスト入りが可能になったと理解しており、これは画期的なことだ。陵墓が宮内庁法と皇室典範に基づき、しっかり守られているのが大きい」と受け止める。 ただし、正式決定までに、文化庁から「適切な保存管理をどのような形で『担保』するかの考えを整理する」「都市化が進んでいることから、緩衝地帯の範囲、規制について明確な方向性を示す」などの条件が示された。 堺市では、これら条件について共同提案する大阪府、羽曳野、藤井寺市と協議したうえ、文化、宮内庁とも調整を図りながら、早期にクリアしたい考えだ。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080927-00000505-san-soci ということで、まずは 「初の世界遺産候補に」 っていう意味がよくわからないのですが・・・ 世界遺産って、認定して欲しい方からお願いするのではなくって、認定する側から、 「○○を候補とします」 って形もあるんですか ??? で、どっちにせよ、資料的にはここを仁徳天皇の墳墓と指定するための証拠ってないんですよね。 ですので、これって、ぜんぜん無理な話なんじゃないでしょうか・・・・・・・・・
![]()
|





