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さて、一昨年の終戦記念日に以前やっていたブログに書いたもので、昨年の終戦記念日にもこちらのブログにアップさせてもらったものを
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2007-08-15
みなさん、おはようございますm(__)m
62回目の終戦の日を迎えまして、少しですが思うところを書いてみようかと・・・
先日実写版の“ちびまるこちゃん”を家族で見ていると、その回は8月ということもあって花輪くんの執事である“ひで爺”の半生を振り返るという設定になっておりまして、その中に愛する家族を置いて戦争に行くというところがありました。
そこから女房(注:わたしの妻はフィリピン人です)が
「何故日本は戦争を始めたのか」
と聞いてきました・・・
わたしは
「戦争をミクロの視点で見るとその現実は非常に残酷で絶対に起こってはいけないとは思うが、マクロで考えると、歴史の大きな流れの中のひとつの出来事で、残念ながらその流れからは誰も抜け出すことは出来ない・・・日本だって好きで戦争をしていたのではなく、アジア諸国が欧米列強に支配されている現状や、ロシアが南下してきていたわけで、それに太刀打ちしなければ日本国自体がなくなる可能性も高かった・・・いつも言うけど、日本はフィリピンでフィリピン人と戦争したわけではない・・・なんでフィリピンにはアメリカがいたのか・・・それ自体があの戦争が始まる答えなんだよ」
と答えました。
すると女房は
「わたし達はアメリカは日本からフィリピンを守るために戦ってくれたと思っている」
と言うので・・・
| 「1945年の2月に始まったマニラ攻防戦で、アメリカの艦隊からの艦砲射撃で多くのフィリピン人が死んだ・・・アメリカはフィリピン人を守るためではなく戦争に勝つために戦っただけ」 |
と答えました。
さて、あの戦争は日本にとって何の理もなかったのか・・・
もしも開戦前にハルノートを飲んでいたら、日本国は侵略されていたでしょう。
結果的に開戦になだれ込み、その後アジア諸国はそれぞれの宗旨国から独立のチャンスを掴み取り、敗戦時には開戦時とはアジアの全体像は大きく変わっていました。
すでに欧州の列強はそこにはなく、あるのはアメリカのみでした。
アジアのバランスが大きく変わり、その結果日本は敗戦後しばらくはアメリカに統治されますが、しかしそれも長くは続かずに独立国家として歩き始めることが出来ました。
アジア諸国も日本の敗戦後、インドネシアでは一度は敗走したオランダ軍が懲りずにもう一度支配しようと企みますが、日本軍の残兵とインドネシア軍との協力でそれをもう一度押し返し、真の独立を成し遂げます。
インドネシアの独立宣言の日付は日本の皇紀を採用しているという事実はよく知られている話です。
お国のために戦われ、無念にも亡くなられていったたくさんの英霊や犠牲になられた方達の精神は、このように、4年間の間に大きくアジアの体制を変えさせることに成功し、その後の日本の発展に大きく寄与しているわけです。
歴史は必然と偶然が折り重なって出来ています。
人知を超えたものが歴史であり、ただ、それを一つ一つ構成しているのはまぎれもない人間達でもあります。
歴史と現実は常に交差し、わたし達に大きな問題を提起していきます。
そういったものを考察する際に、ある事柄や出来事や人間に「悪」というレッテルを貼ってしまうと、そこからは何も見えなくなっていってしまうのではないでしょうか。
| 「“どんな喧嘩をしたのか”では無く、次の喧嘩を引き起こさないために大切なのは“何で喧嘩が始まったのか”」 |
を考えることではないでしょうか。
そんなことを、今年の終戦記念日に、チラと考えてみたわけです・・・・・・・
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昨日NHKでこんな番組がありました
忘れないで、わたしたちの戦争 〜中居正広が聞く戦場の声〜
8月14日(金) NHK総合 19:30〜20:45
▽中居正広が聞く過酷な戦場からの証言▽少年兵たちの地上戦▽初めて妻に語る真実▽見捨てられた兵士▽密林の飢餓地獄▽作家五木寛之の戦争
出演 / 中居正広 五木寛之 金子兜太 奈良岡朋子
▽今から60年余り前、当時の若者たちは戦争の時代に何を感じていたのか、人々の体験と証言を通して戦争の実像に迫る。食料や弾薬が尽きたまま、戦場では多くの兵士が病や飢餓に倒れていった。銃後では空襲などで市民が犠牲になった。過酷な戦場の体験と銃後の記憶はそれぞれの家族の中に交錯する。一般人の証言に加え、作家・五木寛之、俳人・金子兜太、女優・奈良岡朋子の3人のゲストが、自身の戦争体験を語る。ナビゲーターは中居正広。
これなども、兵隊さんのそれぞれの個々に起きた出来事をひとつひとつ語り始めると、それは非常につらいお話となります。
自分はこういう話を否定はしませんが、しかし、それもすべて
というマクロの視点が最初に無ければ、ただ単に悲惨な話というレベルでしか、存在する価値は無くなってしまうと思えてしまいます。
いつも書きますが、戦争は始まる以前がすべてです・・・
今の日本に先制攻撃する気はまったく無くても
| 「それをされる事によって戦争が始まってしまう可能性」 |
は残っています。
それをなるべく小さい数字にするのが、民主党が避けまくる
になるのではないでしょうか・・・
今年も暑い終戦記念日になりそうです・・・・・・・・・・・
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