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さて、大川小学校の悲劇から
が見えてくるような気がします・・・
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東日本大震災>おかえり小晴…重機で捜し続けた母 大川小
毎日新聞 9月23日(金)13時10分配信
東日本大震災の津波で多くの児童が流された宮城県石巻市立大川小学校から数キロ離れた海で、遺体の一部が見つかりDNA鑑定の結果、中学校教諭の平塚真一郎さん(45)と妻なおみさん(37)の長女で6年生だった小晴さん(当時12歳)と22日確認された。「せめて一部だけでもと思っていたら、本当にそうでした。それでも帰ってきてくれてうれしい」。捜索のため6月に重機の資格を取った、なおみさん。愛娘が帰ってきた今も重機を操り、なお不明の児童4人の捜索に加わる。最後の一人が見つかるまで−−。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110923-00000016-mai-soci
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ということで、先日NHKで
という検証番組をやっていましたが、それを見て
をまざまざと見せ付けられた観がありました・・・
自分が番組を見ていて感じた避難が遅れてしまった理由は
| 「学校裏の高台に逃げるか、やや低い場所にある三角地帯に逃げるか」 |
について
を始めてしまったからで、その話し合いの中で
| 「お年よりもいたので、高台に逃げるのは無理なので三角地帯に逃げる決断をしてしまった」 |
ということで、例えばほとんどの児童生徒が助かっている学校は、以前から
を重ねていたところで、当日も、教員や年長の子ども達の命令で
と即時決断をして行動に移せる準備を整えていたからで、つまり、ある時期非難をされどんどん潰されていった
| 「学校での軍隊的といわれてしまっていた指導や訓練」 |
が、本当の危機の際には
事が立証されたわけで、もしも大川小学校に元自衛隊員とか元消防隊員の教員とかがいれば、迷わずに
という命令が出せていたかもしれないと思うのですが・・・・・・・・
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