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. さて、朝日系と毎日系は
ということで、今朝のテレ朝のワイドショーでは
それと、それにプラスで
で、やっぱり朝日新聞の投書欄には、少し前にこんなものを採用していたようですね・・・ とりわけ元首相の安倍晋三氏にはあきれる。自ら政権を投げ出した人がどういうつもりで再登場しようというのか。ここ数年の日本政治の混乱をつくりだした責任の一端をどう考えているのか。しかもそのウリが大阪維新の会との連携というのでは開いた口がふさがらない。ならば自民党総裁選ではなく、大阪維新の会に入ればいいだろう。 (朝日新聞 2012年9月12日付「声」欄=東京本社発行=より) 羽鳥は、安倍総裁誕生の話題の最後に
<安倍新総裁>意地の再挑戦結実…「政権投げ出し」印象今も
毎日新聞 9月27日(木)1時30分配信 自民党総裁に初の返り咲きを果たした安倍晋三元首相(58)を支えたのは、「無念を晴らしたい」(側近)との一念だった。突然の首相辞任から5年−−安倍氏自身、首相在任中の07年参院選の大敗、その後の「政権投げ出し」が、09年の野党転落につながったことを自覚しており、迷いながらの意地の再挑戦だった。次期衆院選で政権を奪還し、自民党結党以来初めてとなる首相再登板を目指す。 【安倍元首相】歩みを写真で振り返る 「突然首相を辞任し、皆様方に迷惑をかけた。総裁選の勝利で5年前の私の責任が消えるわけではない。この責任をしっかりと胸に刻んで政権奪還に全力を尽くす」 26日午後、自民党本部8階ホール。総裁選を制した安倍氏は口を真一文字に結んだまま壇上に上がり、拳を振りながら意気込みを語った。安倍内閣が総辞職したのは07年9月25日。首相退陣からちょうど5年がたち、再び自民党総裁に就いた。 安倍氏は06年9月、52歳で首相に就任。「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、憲法改正などを目指した。在任中、憲法改正手続きを定めた国民投票法や改正教育基本法などが成立。しかし参院選の大敗を経て、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し辞任を余儀なくされた。 安倍氏は失意の中で、月刊誌「文芸春秋」(08年2月)に「何より憂えるのは、首相の座を辞したことで保守の理念が色あせることだ」との手記を載せ、無念さをにじませた。その後、新薬によって体調は回復し、10年2月には、保守勢力の結集を目指す超党派議連の「創生『日本』」をつくり、復活の機会をうかがった。 しかし、今回の再挑戦には周囲も慎重だった。所属する町村派からは町村信孝元官房長官(67)が総裁選に立候補し、同派に影響力を持つ森喜朗元首相からは自重を求められた。当初は出馬しても劣勢とみられ、決選投票に残る上位2位以内に入る可能性は低かった。 追い風となったのは尖閣諸島や竹島を巡る中国、韓国とのあつれきだ。中国の反日デモや中国船の領海侵入などを受けて、安倍氏の「日本の領土、領海を断固として守る」との主張が浸透。麻生派や高村派の支持も得て、決選投票で石破茂前政調会長(55)を逆転した。 安倍氏には首相在任中、自らに近い議員を閣僚などで優遇したことから、「お友達内閣」と皮肉られた経験がある。町村氏は26日、記者団に対し「前回、挫折した経験を踏まえて、幅広く党の人材を活用してもらいたい」と注文をつけた。【犬飼直幸、大場伸也】 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120927-00000006-mai-pol
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安倍晋三
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. さて、ある雑誌で見たのですが、朝日新聞は
ということで、いよいよこれでまた
上に書きました中では、こんなやり取りがあったようでして・・・ 「安倍の葬式はうちで出す」 本書では、この安倍内閣当時の朝日幹部のグロテスクな言葉が 繰り返し引用される。政治評論家の三宅久之は著者に、 朝日の若宮啓文論説主幹(現主筆)とのこんなやりとりを明かしたという。 三宅「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、 いいところはきちんと認めるような報道はできないものなのか」 若宮「できません」 三宅「何故だ」 若宮「社是だからです」 そんな事で、すでに朝日はこんな社説を今月の初めに書いているわけです・・・ 2012年9月7日(金) 朝日社説 安倍元首相―思慮に欠ける歴史発言 自民党総裁選に向け、安倍晋三元首相がみずからの歴史観について活発に発言している。 たとえば月刊誌のインタビューで、こう語っている。 「自民党は、歴代政府の答弁や法解釈を引きずってきたが、新生・自民党では、しがらみを捨てて再スタートを切れる」 「新生・自民党として、河野談話と村山談話に代わる新たな談話を閣議決定すべきだ」 そして、自分が首相に返り咲けば、靖国神社に「いずれかのタイミングで参拝したいと考えている」と述べている。 自民党の一部で根強い主張である。それにしても、首相経験者、さらには首相再登板をねらう政治家として、思慮に欠ける発言といわざるをえない。 河野談話は慰安婦問題で旧日本軍の関与について、村山談話は過去の植民地支配と侵略について、それぞれ日本政府としての謝罪を表明したものだ。 6年前、首相になる前の安倍氏は「自虐史観」に反発する議員の会の中核として、村山談話や河野談話を批判してきた。 だが、首相になるや姿勢を一変させ、両談話の「継承」を表明した。政権を担う身として、対外宣言ともいえる外交の基本路線を覆せなかったからだ。 安倍氏自身が靖国参拝を差し控えたこともあり、小泉政権で冷え切った中韓との関係を改善したのは安倍氏の功績だった。 私たちは当時の社説で、そんな安倍氏の豹変(ひょうへん)を歓迎した。 それがにわかに先祖返りしたかのような主張には、驚くばかりだ。再び首相になればそれを実行するというなら、方針転換の理由を説明してもらいたい。 ふたつの談話は、安倍政権をふくめ、その後のすべての政権も踏襲した。韓国をはじめ近隣国との信頼を築くうえで重要な役割を果たしてきた。 かりに首相に再登板した安倍氏がこれを引き継がないということになれば、日本外交が苦労して積み上げてきた国際社会の信頼を失いかねない。 自民党の一部に再び安倍氏への期待が出ている背景には、尖閣諸島や竹島をめぐる中韓の刺激的な行動があるのだろう。 しかし、それに安倍氏流で対抗すれば、偏狭なナショナリズムの応酬がエスカレートする恐れさえある。 政治家が信念を語ること自体を否定するつもりはない。 ただし、それには自分なら近隣国との外交をこう前進させるという展望を、しっかり示す責任が伴う。その覚悟なしに持論にこだわるなら、一国の政治指導者として不適格だ。 朝日は
朝日新聞綱領
一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。 一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。 一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。 一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。 1952年制定 まぁ、なんというか、中国やロシアや北朝鮮も尻尾を巻いて退散するほどの
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. さて、なにせよ、この頃
ということで、先週でしたか、TVタックルに安倍元総理が出演されて、テレ朝にしては珍しくその番組では
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