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バンパイン宮殿を後にし、次に向かったのは 水の都であり世界遺産の町であるアユタヤにある日本人町跡。 日本人町はアユタヤ朝時代の14世紀中ごろから18世紀頃まで存在していました。 当時のアユタヤ中心地をチャオプラヤー川沿いに南に下った西岸にあり、 相対の位置にはポルトガル人町がありました。 日本人町のジオラマ。 南北約570メートル、230メートルの敷地に 最盛期で1000〜1500人の日本人(タイ族などの使用人を除く) が住んでいたといわれています。 住民は、傭兵、貿易商、キリシタン、あるいは彼らの配偶者や タイ族の使用人などで構成されていました。 15世紀後半から16世紀初頭までアユタヤ王朝下、 軍事力と貿易による利潤を背景に政治的に力を持つようになりましたが、 あまりにも発展しすぎたため、 やがて「謀反の動きあり」と恐れられ、 1630年に焼き払われ住民は虐殺されました。 1632年には焼き討ちにより海外に逃れていた日本人 400人程度が再び集まり、日本人町が再興されました。 軍事的・政治的な地位を失ったものの日本人は 以前の貿易により培われた集積力を生かし、 仲買商として働いたり、タイ南部で盛んに産出されたスズの取引 などを行うようになりました。 その後、18世紀初頭まで日本人町は存続したと考えられていますが、 徐々にタイ族に同化し、ついには自然消滅したと言われています。 1619年に日本人町の頭領になった山田仁左衛門長政。 彼は、アユタヤ国王ソンタムの信頼を得て 国王の親衛隊長に抜擢されたましたが 1628年の国王死後、王位継承争いに巻き込まれ、 毒殺されてしまいました。 さすがは日本人町、日本風の庭園がありました☆ 野生のリスもいましたよ♪ ココナッツの実を食べていました。 建物の隙間には、暑さを避けて大きなトカゲさんたちが ひしめいていました☆ ちょっとコワイ画像でしょうか・・・。(笑) ホントはもっといっぱいいる所を撮りたかったんですけど。 なんといっても、このチャオプラヤー川の眺めがイイです☆ 大きな黒い貨物船が流れてきました。 どこに何を運んで行くのかな。。。 小舟で釣りをしているオジサンの図も、のどかでホっとします。 日本人町跡・・・今では観光客むけにお店が経営されていて、 日本人の店員さんが何人かいました。 ここで、タイと言えば有名な?!マンゴスチン石けんを買いました。
この魅惑の石けんについてはまた後ほど。。。 |
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日本人ってなんか「したたか」と言う感じもしますね〜
こういうところは普通の観光ではあまり行かないのかな?
マンゴスチン石鹸ってなんだか美味しそうね(笑)
2009/4/23(木) 午前 8:56
ポチ☆ね
2009/4/23(木) 午前 8:56
南国の木が植わってる日本庭園、なかなか素敵(*^_^*)
ご陽気なイメージの国にも、やっぱり悲しい歴史もあったんやね。
しかし、その跡地でお土産屋さん・・・ん〜、力強い(笑)
マンゴスチン石鹸の魅力、楽しみにしてます〜(≧∇≦)/
2009/4/23(木) 午後 8:13 [ - ]
レイさん、日本人て、かなりの昔から遠く海を渡って移住する人が
結構いたんだなぁって驚きますね。
日本人町跡は、そうですね・・・わたしたちが行ったときはあまり観光客いませんでした。
でも観光スポットではあるようです。ガッツリ商売しておりました。(笑)
マンゴスチン石けん、美味しそうですよね。南国フルーツが石けんになっちゃってるんです☆
2009/4/25(土) 午前 4:24
レイさん、ポチ☆ありがとうございます。
2009/4/25(土) 午前 4:25
ゆきよさん、ここの庭園、日本風だけどやっぱり南国感が隠せません。(笑)
でもこういう風景も晴れ晴れしてイイですね♪
タイと日本のかかわり合いって、戦国時代あたりからあったんだな〜って初めて知りました。
今の日本人町跡では、マンゴスチン石けんや焼酎をはじめとして、バンバン商売してました。
日本国内から通販でも購入できるんです。(笑)
2009/4/25(土) 午前 4:32
世界遺産ですか。
ぜひ一度行ってみたいですね。
2009/4/25(土) 午前 7:24
あまりすせんせ、アユタヤは世界遺産の町として知られてますが、
この日本人町跡は世界遺産じゃないかもです★
「アユタヤ遺跡」ってよく聞きますけど、アユタヤ遺跡というものがあるんじゃなくて、
アユタヤには世界遺産登録された場所がたくさんあるということらしいです。
ステキな町でした♪これから世界遺産の記事をたくさん書くからお楽しみにしててください☆
2009/4/25(土) 午後 6:27