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客人という言葉が神谷に対しては適当なものなのか、自分でもよくわからないところだったが、部署の
デスクに戻るや否や、藤咲が待ち構えていたように近寄ってきた。
「お客さん、帰りましたか?」
「ええ、さっき。何かあった?」
デスクのノートパソコンのメール件数をチェックしつつ、あずさは答えた。席を外して、それほどの時
間は経っていないはずなのに、すでに10件来ていた。いくつかは、ダイレクトメールのようであったの
で、それほど気にかけることはしなかった。
「お客さん帰ったばかりで何なんですが、次のお客様です」
と、藤咲は告げる。いつもより、何か髪のが乱れているのが目に止まったが、今朝は風が強かったのでそ
のせいだろうと思いつつ、あずさは聞き流した。
「ふーん。次のお客・・・って、今日、そんな予定あった?」
「ないです。飛び込みです。しかも、もう待ってます」
「えっ?」
あずさは藤咲が指差す方向を見た。そちらには、来客用の小さなスペースで、インテリア雑誌に取り上
げられるようなおしゃれなガラステーブルとグリーンのソファチェアが置かれいるのだが、そこには一人
の男がすでに座っていた。歳の頃は50歳くらいであろうか、あずさの印象としては、定年が近いと言わ
れている榎田よりもわりと下のように見えた。ただ、よろよれの薄いブルーの夏シャツは明らかに相当な
安物である。元々やせているのか、急激にやつれたのか、目のあたりのくぼみと頬の痩せ方が、やけに印
象的な風貌である。決して健康的には見えない。後ろに髪をぺたっと押さえつける流し方をしているた
め、輪郭が強調されてよけいに細く見える。
「だれ?」
ささやく必要はないのだが、あずさがついついささやいてたずねると、藤咲は名刺を取り出してあずさ
に手渡した。
「この方です」
あずさはそのまま名刺を見た。そこには、『フリージャーナリスト 松島雄三』と書かれている。肩書
きとしてはそれ以外にはなく、連絡先としては大阪のキタエリアの住所が『事務所』として記載されてい
た。大阪のフリージャーナリストとは珍しいのではという好奇心もあがってきたのだが、なにぶん、何の
約束もないので、あずさはためらった。
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