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 そうしているうちに、事務的な話は神谷と藤咲の間で交わされ、相互によりいっそう緊密に連絡をと

るということで、大人の話はまとまった。これまでもフラフープ社としても、白瀬としても、警察の捜査

へは何度となく協力してはいるので、その部分に関しては、何か問題になるようなことはなかった。事件

の概要説明と協力依頼は終わったが、事件そのものは解決の見通しがまったく立っていないことは、捜査

の素人である白瀬にもよくわかった。

 すべてが終わり、刑事2人が帰ったときには、日付は変わる寸前だった。終電は確実になくなってい

る。泊り込むか、タクシーで帰るかという決断を下すというもうひと仕事が白瀬には残ってはいたが、

2人の捜査員を見送った時点で、早く帰りたいという気がわいてきていた。

「どうなるんでしょうね、主任」

 藤咲が、心配そうな表情で白瀬を見た。藤咲はいつも快活で覇気のある青年だったので、少し困った

その表情は白瀬にとっては新鮮だったが、困ったのは白瀬も同様だった。

「わからないわね。私たちが、本当に殺人事件に関わってしまったことは確かだし、今までの、学校の裏

サイトでの陰湿ないじめとは、また次元が違う事は確かなようね、残念ながら」

「いずれにせよ、捜査当局の進展次第、ですか」

「そういうこと」

と、白瀬は簡単にまとめた。まとめてはみたものの、結局、明日から何らかの対応をしないといけない事

は確実で、他にも案件を抱えているために、どういう優先順位と段取りで確実にこなしていくかを考える

苦労が早くも、白瀬を少しばかり疲れさせていた。

「とりあえず、いまいえるのは、タマゴはしばらく食べたくないわ」

「ぼくもです」

 藤咲は苦笑いで答えた。あのタマゴが何を意味しているのか、白瀬としても気にはなるところだった

が、意識すれば余計にこだわりたくなってしまう。むしろ、良し悪しは別にしても、タマゴから離れてい

た方がいいような気がした。

「今日のところは、帰りましょう。私たちがここで、徹夜で捜査することはできないわけだし」

 白瀬はいつものように腕時計を見た。が、そこには日焼けのせいで時計のベルトの形通りに色白くなっ

ている自分の肌しかない。自分があわてて出てきたために、腕時計を置いてきたことに今初めて気がつい

た。どこかに落としたりしたのかと一瞬あせってみたが、自宅で外していたのである。

いつもなら、ヒナタを寝かしつけて、自分ももう寝ているはずの時間帯ではあるが、何時なのか正確な

ところがわからない。 すぐにポケットから携帯電話を取り出した。会社用の方である。それで時間を確

認しようとしたのだが、メールが入っていることに気がついた。メールの相手先氏名は『ケイゴ』となっ

ている。
 
 白瀬は、今日という日は今年に入って一番わずらわしい一日であることを、改めて眉間のしわで表現せ

ざるをえなかった。

 神谷はデジカメの液晶部分を白瀬たちの方にわかりやいように、向けて見せた。かなりクリアに映って

いる一枚の画像を、怪訝な気持ちでながめてから、白瀬は思わずつぶやいた。

「何ですか、これは・・・?」

「ご覧の通りのもので、それ以上でもそれ以下でもないのですが」

と、神谷はやや困った感じながらも物静かに答えた。たしかに、そうである。画像は、タマゴだった。何

の変哲もない、タマゴである。ただし、それは割られていて床に転がり、まるで子供のいたずらの跡のよ

うに、中身が床に流れ出している。そういう状態のものを、真上から特にアングルにこだわることもな

く、自然なままに写されたものだった。黄色の部分と白の部分が、力なく無造作に床に広がる様は、何か

のアートだといわれればアートに見えないこともない。

「それはそうなんですが、このナマタマゴが何か?」

「実は、これが今回の事件の被害者の頭の近くに転がっていました。まさに、こういう状態で。ですか

ら、画像をお見せはいたしませんが、少しアングルを広げると、亡くなった春日さんのお顔がこの真横に

あるわけです」

「要は、被害者の死体の枕元には、こういう形でナマタマゴが転がっていたといわけですわい」

 榎田が、口をはさんだ。ただし、その視線は白瀬の方ではなく、自分の手元のタバコに固定されたまま

である。

「それが何を意味するのか、っちゅう話になるんですな。まさか、被害者のダイイング・メッセージなん

ていう、古典的な展開になるわけはないし、そんなタイミングよく、被害者がナマタマゴを持っていたな

んて筋書きも考えにくい。いくら義理人情の街・大阪でも、それはありえん話ですからな」

 義理と人情は、別に関係ないように気がしますが、という突っ込みを榎田に入れたくなるのをこらえ

て、白瀬はたずねた。

「では、これは犯人が置いていった、ということですか?たまたま、そこにあったタマゴ、ではなく?」

「そう考えるのが自然でしょうな。画像をよく見てくださいな」

と、榎田は、神谷が構えているカメラの画像を指差した。

「普通、ナマタマゴ落とすとどうなります?割れることは割れますが、その時にはカラも粉々になるでし

ょう?このタマゴ、上部の方だけがきれいに割れていて、中身がこぼれ出してるでしょ?なんかのアクシ

デントでこういう割れ方はしませんから、誰かが何らかの意図で、わざわざタマゴを割って・・・いや、

正確には割るというよりも、開けて、中身をこぼしていったと考えるのが自然ですわな」

「しかも、このタマゴ、これから詳しい鑑定をしないといけませんが、この春日さんのご自宅にある冷蔵

庫の中から抜き出されたものと思われるのです」

 神谷が話を続ける。

「これは偶然か意図的かはわかりませんが、春日さんはタマゴがお好きで、一人で生活なさってからは、

必ずタマゴを欠かさず買い込んでいたそうで。たしかに、冷蔵庫の中のストックを確認したところ、ちょ

うど一個分のスペースが空いていましたので、犯人はここから持ち出して・・・」

「何のために?」

 白瀬がそう問いかけると、神谷は軽く首をひねってみせた。

「わかりません。偶発的なものではないですから、犯人がナマタマゴを何らかの意図で割って、被害者の

そばに置いたことになりますが、それがなぜなのかは、またつかみきれていません。もちろん、何らかの

メッセージ性があるのでしょうが、それがいったい何なのか・・・」

「今回の事件は、社会に不満を持った者が、無差別に引き起こした事件だとすると、さらにそれは、次の

殺人へとつながる危険性があります。この一件だけで終わる保証はまったくどこにもありません」

 神谷は、変わらず淡々と話を進めていく。まるで、ロボットみたいだと白瀬は感じたが、これからの刑

事はこうした機械的なドライな態度でないと、不条理な事件に対してやっていけないのかもと考えると、

気にならない。

「当然、我々は殺人事件として、この春日さんの件は追いかけますが、おそらく、犯人は20歳代の半ば

から後半、地元に詳しい者だと考えられます。外から入り込んできた者が、わざわざ大阪を犯行の地にす

るとは思われません。それなら東京で行う方が合理的だからです。ですから、次の犯行は、その地元の地

理知識をいかして、再びわりと近場で起こる可能性があるわけです」

 まるで何かの映画かドラマで見た、犯人分析の手法・プロファイリングみたいだと白瀬が、神谷の話を

聞きながら思ったとき、榎田がふと、白瀬に近づいて傍らでささやくように言う。

「プロファイリングなんですよ」

 白瀬はとっさに驚いて、榎田の方を見た。あたかも考えている事をリアルタイムで読み取られたような

気分だったが、さらにそれを榎田は読み取り、にやっといたずらっぽく笑う。

「神谷はね、若手ですが、大阪府警に出向に来ている、中央省庁のエリートコースの人材でしてね。いわ

ゆるキャリア組ってやつですわ」

白瀬は、さらにどきっとした。ただでさえ、殺人事件の発生という緊張を強いられる場面であるのに、

追い討ちをかけるように、自分には嫌な「キャリア」などというキーワードが出てきて、首筋に変な汗が

浮かんでくる気分だった。

「神谷はただのエリートではなく、プロファイリングを手掛けていくことになる、超専門的エリートなん

ですよ。もっとも、こいつはエリートって言われるのがイヤみたいなんですがね」

 そういう理由でこそこそと榎田は近づいて告げたのかと、白瀬は合点がいったが、自分の考えているこ

とを、たまに完全に読み取りにくる榎田のことも、だからこそ苦手であった。

「それともうひとつあります」

と、神谷はペースを乱すことなく話をつづけた。そして、シャツの胸ポケットかシルバーのデジタルカメ

ラを取り出した。写真が趣味ではないが、それは最新式の小型のデジカメであることは、白瀬にもわかる

ものだった。液晶画面がかなり大きく見やすいモデルである。

「この画像を見ていただきたいのです」

「個人的な見解ではありますが」

 神谷は、慎重な態度がにじみ出ている表情で言葉選びをしながら、白瀬と藤咲を見た。

「書き込みの意図から考えるならば、物取りでもなければ、個人的な怨恨とかでもない。ひとつの可能性

としては、無差別的な愉快犯だというのもありえます。だからこそ、書き込みはおこなっても具体的に狙

う相手の名前を書いていないとも考えられます。つまり、このエリアに住む人物であれば、実は春日さん

ではなくとも、誰でもよかったのかもしれません」

「突然、愉快に殺される方は、たまったもんではありませんね」

と、藤咲がつぶやくような言い、白瀬もそれに深くうなずいた。まともな理由もなく、場当たり的に誰か

を付けねらう犯人がいるのだとすれば、自分たちもそのターゲットになっても不思議ではない話だった。

「しかし、それが現実ってやつでしてね」

 榎田が、頭を掻きながら言う。タバコはまだ指先に握り締めたまままである。

「我々からすると、おっしゃるように、その事件を引き起こすことには、何のメリットも見いだせないん

ですが、ある種の輩たちには、それが社会においての自分自身の存在価値を高めると位置付けられるわけ

ですわ。ストレス解消のはけ口というか、なんというか・・・」

「自己顕示欲のため、または、自己のフラストレーション発散のため、ですね?」

と、白瀬が言う。それほど長い期間とは言えないが、ネットの絡む事件に少なからず関わってきた経験と

して、すぐに理解ができる話だった。

 何か社会に不満があって、それをネットの書き込みで爆発させたりする事例は、ここ数年、驚くほど絶

えることがない。それがキーボードに向けられたうちなら、まだ言葉の暴力だけですんでいいのだが、そ

こを越えてしまう事例もまれにある。白瀬は、自分が多少なりとも関わった過去のそうした幾つかの事件

を苦々しく思い出していた。

「単なる個人的怨恨であるならば、今度はわざわざネット掲示板に書き込んで、殺人予告をする必然性

に、意味が出てこないわけなんですわ」

 榎田は、そう言いながら頭をかいた。

「まだ完全に調べ切れてはいないんですがね、被害者の春日さん、たしかに若いころから、かなり無茶で

強引な仕事のやり方をしていたという話もありましてね。それが積もり積もっていたという筋もあって、

恨みを買うような人ではないとは、残念ながら今の時点では言い切れないんでね」

「しかし、榎田さん、結局のところ、わたしたちはどうすればいいので?」

 白瀬が言った。被害者とも加害者とも接点があるはずもなく、いくら話を聞いても、自分たちフラフー

プ社としても関連性は薄いように思われたのだ。部下の藤咲も、傍らで軽くうなずいて同意した。

「話としては簡単です」

と答えたのは、榎田ではなく、神谷だった。

「我々としては、この件に関しては、まだ捜査を始めたばかりなので、提示できる情報も物証も正直あり

ませんが、今回のこの掲示板の書き込みと、監視モニターの動画は有力な手がかりになります。少なくと

も、この画像に映っている若い男が、何らかの関わりを持っていると推測するのが妥当だと思います。た

だ、ですね」

「ただ?」

「これが、連続事件につながるかもしれないという懸念があるのです」

「また、同じような事件が起こると?」

 藤咲が高めのトーンの声で言った。神谷とそれほど歳が変わらないはずだったのだが、藤咲の方が良く

見るとかなり幼いように感じると、白瀬は内心思いながら話を聞いていた。神谷の話し方がやたら理屈

っぽく、落ち着き払った印象だというせいもある。

「今回、個人的な恨みで春日さんが犠牲になったというのであれば、理屈的にはこれで事件としては完結

です。しかし、書き込まれたメッセージの内容からすると、これがこの件だけで終わると言い切っていい

のかどうか、非常に懸念を持っています、我々としては」

 神谷は冷静に答えを続けた。まるで、どこかの国の官僚のように、一言も言い間違えることもなく、ス

ムーズな語りである。

 そこで、ああそうかと白瀬は納得した。神谷はイントネーションが完全に東京の言葉なのだ。関西

弁ではないし、関西のなまりが入った標準語でもない。本当にどこの影響も受けていない東京アクセント

だから、どことなく冷たく官僚的に聞こえてしまうのだった。

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