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啓吾とおよそ半年ぶりに会ってから数日後、あずさの手元に正式な書類が回ってきた。文部科学省が、
宗教団体・カルアのネット上での活動を調査したいので、極秘裏にフラフープ社に協力してほしいという
内容のものだった。啓吾が言っていたことが、正規に動き出したということなので、これはこれで仕事と
して遂行しないといけなくなったことは間違いない。あずさの個人的感情としては、啓吾に協力するのは
楽しいものではなかったのだが、省庁の頼みとなれば断るわけにもいかない。ただ、ここで協力しておい
て、啓吾に恩を売るのも悪くはないとも思えた。
だが、実際に正式依頼が来て、どうやって調査に乗り出すかというのは、あずさにはプランがなかっ
た。ないというよりも、これから考えなくてはいけないことになり、余計に仕事が増えたことは間違いな
い。
「どーしたものかしらねえ」
ノートPCでPDFファイルを開けてながめながら、あずさは朝から思案にくれていた。調査と言って
もどこまで調べればいいものかが、かなりあいまいだと思えたのだ。文部科学省からの資料でも、カルア
という組織自体のことをきちんと把握できていないようで、ほとんど丸投げに近い状態だったのである。
だからこそ、めんどくさいことを民間に振ってきたなと、あずさは資料を読みながら思ったものの、すべ
ては手遅れだった。
そもそも、調査を誰に任せたものか。そこも悩みの種ではあったが、やはり、しっかりしている藤咲ワ
タルが適任だろうという結論しかなかった。
「藤咲君・・・」
と、あずさが早速、当の本人を呼ぶ前に、藤咲の方が先にあずさのデスクの方に近づいてきた。今日も、
黒のTシャツにデニムのジーンズという、そこらの学生のような格好である。フラフープ社内はスーツ姿
はほとんどおらず、ラフな私服姿の社員が多いのだが、その中でもとりわけカジュアルな姿だった。
「主任、また、ややこしいことになりそうですよ」
藤咲は開口一番、そう言った。まるで先手を打たれたような気分だったが、あずさはともかくクールを
装ってみた。
「ややこしいって、何かあったの?」
「首相が失言です」
「またあ?」
ガクッとデスクに崩れ落ちそうになるのを、あずみはどうにかこらえた。
3つの政党の連立政権の成立によって、春に就任したばかりの55歳の若き内閣総理大臣・笠原一郎
は評判が良くなかった。久しぶりに50代の若い総理ということで、世論の支持率は決して悪くはなかっ
たのだが、若さゆえか勢いあまって、時々失言することが多い政治家としても認識されていた。それはそ
れでいいのだが、当然、発言に逐一反発をする人々もいて、そのたびに掲示板関係の書き込みが大荒れに
なっていまい、中には物騒な書き込みも増加するので、フラフープの人間としては単に永田町の下手な漫
才と笑ってはいられないのだった。おかしな発言が飛び交うたびに、それに掲示板がどのように反応する
かをチェックしないといけないわけで、あずさとしては余計な事は言ってくれるな、と願うばかりだった
のだが、男の浮気症と同様に政治家の失言癖は治らない
もののようだった。
「こないだは、『子供を産まない女はただの女だ』とか、わけのわからないことを言って、国会答弁でキ
レたんじゃなかったのかしら?今回は何よ?」
「『年寄りとバーゲン期間は、長すぎない方がいい』とか言ったそうですよ」
と、藤咲は答えた。
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