まてよ?のひとり言

屋上淵から滴る雨滴が窓枠にあたってタコタコ音が気になります

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「お前、潔を見なかったかい」

「俺、爆ぜ米広げていたから見なかったよ」

「満は?」

「僕も見なかった。だけど一人で玄関のとこで遊んでたよ」

母や弟の話す間もまだ耳鳴りが続き話し声が遠くに聞こえる。

「本当にどこえ行ったんだろね。あの子は」

母は今になって心配そう。突然やってきた災難に頼みの父はいなかったし、母は美津子を抱きかかえて逃げ出すのが精一杯だった。それでも防空壕に逃げ込むや弟達の名を夢中で叫んでいたのである。

「母ちゃん、顔が真っ黒だよ」

こんなに汚れた母の顔は見た事がないので、思わず口元が綻びてしまう。

「お前の顔はもっと黒いよ」

 母が反撃してくる。鏡も見ないで俺の方が黒いだなんてなぜわかるのかね。

「おい、満ちゃんの顔俺より黒いぞ。黒ん坊」

「僕、黒ん坊じゃ無いぞ!」

「俺がダン吉になるから、お前アフリカ土人のお供になれよ」

「そんなの狡いよ。僕がダン吉やりたいよ」

兄弟はやっと余裕が持てるまでになった。側にわが家の一員である雌犬のチビも「私も仲間に入れてよ」とばかりじゃれてくる。

「ほらほら、お前たちもポンプから水を汲んで顔を洗いなよ」

 母はもう美津子の顔を拭いて服を着替えさせている。顔を洗い部屋を覗くと、

「ありゃ、泥だらけだね。母ちゃん」

「仕方が無いよ。泥の家なんだから」

当時の満洲人の家は壁も屋根も土で固め、寒い冬を暖かく過ごせるように工夫されていた。町の九十パーセントは泥の家で天井の厚みはかなり厚そうだ。瓦葺でない土の屋根は肉眼でも分かるほど丸みを帯びている。凄い振動と爆風にもよく耐えたが、オンドルの床の上は足の踏み場も無い程土埃で汚されていた。

「宏生、そのシャツ脱いでちょっと美津子を抱いとくれ。さあっと部屋を掃くから」

「はい、美津子、兄ちゃんとこにおいで」

 母は手拭いをマスクにして部屋を掃き始め、私はしはらく庭に出ている事にした。

母の掃除の間合を見て美津子を部屋に坐らせた時、

「空襲警報、解除!」

 と叫ぶ在郷軍人の声が聞こえてきた。

「満ちゃん、爆撃機が来た時俺より先に防空壕に入ってたろう」

「うん、入ってたよ」

「空襲警報の声聞えたんか?」

早朝ウォーキング

 朝早い時間には、近所の公園で年配の方々がウォーキングをしている。
時にはラジオ体操に、時には並んで歩いたり、体を動かすのはとっても気持ちが良さそうだ。

 朝いつも決まった時間に起きて、仕事に出る前に体を動かす。 軽く汗をかいて、
ザッとシャワーを浴びる。 シャンプーの香りを漂わせながら仕事場をさっそうと歩くのも
気分が良い。

 あいにくこれから梅雨の時期ではあるが、自分も早朝ウォーキングを始めることにしよう。
何かを新しく始めるときは、終わるときのことを考えておく。
「いつやめるのか」「どうなったら終わるのか」
それを予め決めておけば、三日坊主にならないんじゃないかな。

 とにかく始めたからには、1年は続けてみよう。 土砂降りの雨は無理としても、
軽い小雨程度なら合羽を着ればウォーキングはできるだろう。

 毎日の楽しみがこれでひとつ増えたわけだ。

八月十日の朝、玄関の戸を開けて学校の方を見ると、朝の点呼が終わったばかりで、各自部署に散る所だった。数人の兵士は朝食の支度で水を使いにやってきて、わが家も賑やかになってきた。

いつもは父が居るのだが、昨日から今日にかけ姿を見ない。右隣のクリー(労働者)の家にもいつも二十人ぐらいいるのに、今朝は飯炊き爺さんの他に二、三人しか見えない。

 前の庭には私の背丈ほどある土壺が、一年中でんと立っている。夏の間は毎日長い棒で、飯炊き爺さんが中をかき回していて、何だろうと思って中を覗いて見ると、どろりとした支那味噌だった。なめて見るとそのしょっぱい事、塩をなめてるようだった。

彼らは、棒ねぎや白菜に味噌を塗って食べる。それは毎日の欠かせぬ蛋白源だった。そのクリー達もロシア軍の攻撃を早くも察知し引き揚げてしまったのかも知れない。

先生方の宿舎は誰もいないみたいにしーんとしている。田村先生の窓はもう開く事はないだろう。今頃先生はどこへいらっしゃるやら、召集の前日に母が食事に呼んだ時、

「大嶋、先生が師範学校時代から使っていた物だ。これを貴様にやろう頑張れよ」

「はい先生、頑張ります」

赤い表紙の国語辞典で綴じ口の面に田村信夫と筆文字で記され、私の宝物となった。

今日は雲一つ見えない真っ青な満洲晴れだった。だが町は刻々と不安な空気が流れ込み人々の心を暗くしていた。ロシア軍の攻撃が続いているというのに、日本軍の反撃の報はひとつも聞かない。朝の八時頃だろうかその澄み切った青空を眺めていた時だった。

青空の一点に何やらぴかりと光る物体を見たのだ。太陽光線の反射で光らなかったら見過ごす程の小さな飛行機の機体だった。音は聞こえず点のような飛行機はゆっくりと大空を旋回している。なぜあんなに高くと思ったが頭から日本の飛行機だと思い込み気にも止めていなかった。兵士達は気づいてないのか、わが家と持ち場を往復している。

 兵隊さんが増えても遊びが増えた訳でなく、今年の夏休みほどつまらない休みはないと思っていた。

「満ちゃん、つまらないから、また学校へ行って見ようや」

「うん、いいよ」

「今日は校庭を一回りして見るか」

外側の泥の木を起点に左側から回り久し振りに神社にでも思った。駅の方を見ると節子ちゃんの家が木の間から見える。池田建設の娘で二級下最近は会わないが父と同じ建設関係という気安さもあり、小さい時は節ちゃんとよく遊んでいた。そういえばしばらく同級生や友達に会ってないな。皆どんな心境で過ごしているのやら。

「学校がないと、つまらないな」

「皆何して遊んでいるのかね」

「蓉子ちゃんや橋本君とも逢わんな。お前会ったか?」

「僕も会ってないよ。また橋本君誘って魚釣りにでも行こうよ」

「そうだな」

話しているうちに神社の前に来ていた。周りは藪状の雑木で薄暗く普段一人で来るのはちょっと気味が悪いぐらいの静けさだ。祭壇の両脇に天照大神の古ぼけた幟がしょんぼりと立っている。二メートル大の祭壇の扉は堅く閉ざされ、夏だと言うのに冷ややかな霊風を感じるのだった。

年中行事の天長節、新嘗祭、神嘗祭、他に満洲国独立記念日など、その度に校長先生の勅語の朗読があり、全校生黙祷の姿勢を取り咳一つ無い緊張の一時が流れる。独立記念日には満洲国歌を合唱し式の終わった後の賑やかさは格別だった。私はこれが最後の訪れとも知らず軽く手を合わせ黙祷してその場を離れた。

「満ちゃんは、戦争をどう思う」

「どう思うって?」

「ロシアはどんどん攻撃をしかけているというし、南方作戦は負けている。なぜか知らないけどグアム島やレイテ島、アッツ島に硫黄島と、皆玉砕したらしい。誰も教えてくれないが日本も大変らしい」

「それは日本の方だろう、それに島だろう。ここは島じゃない、兵隊さんも一杯いるし」

 兵隊さんがいるだけで弟は凄く強気だ。

「そうかな?」

「そうだよ。強そうな兵隊さんが一杯いたぞ」

「そうだよな。俺達はまだ小さいけど兵隊さんは大和魂があるもんな」

弟と話す内にいくらか気も楽になり、校庭を見ると高射砲一門の睨む姿が、なぜか小さく見えてくる。なぜなら校舎脇のにょっきりそびえるスチームの煙突が、すごく巨大だという戦艦大和の大砲の幻想を抱かせたのだった。

 煙突の側は人気がなく石炭倉庫は閉ざされたままだ。表鍵は掛けてないから引っ張れば開くはずだ。ここから校舎の廊下を抜けられる。

「学校の中に入って見るか?」

「嫌だよ。もういいから帰ろうよ」

「何だ、怖いのか」

「そうじゃないよ。先生に見つかれば怒られるからだよ」

かもしれないと思ったその時、上空に微かに飛行機の爆音を聞き空をあおいだ。今度は以前より低くはっきりと飛行機の形を捕らえた。

「満ちゃん見えたか。ほらあそこだ」

「うん見えたけど、凄く高いや」

「最初に見つけた時はもっと小さかった。あの飛行機ゼロ戦か隼かどっちだと思う」

「ちいちゃくてわかんないよ。戦闘機!?」

(馬っ鹿だなゼロ戦も隼も、戦闘機なのに…)

高い上空を大きく旋回する姿を地上の高射砲はじっと見ているようだ。家に戻ると、

「宏生ちょっと美津子を見てとくれ」

「はい」

母の命令は絶対服従である。

「おーい美津子、兄ちゃんと遊ぼう。なんだ美津子はえんとしていたの…」

「えんと…」

とつぶらな瞳で答える。昼間は濡れ縁のある小部屋が美津子の居間である。まだ完全に病気から抜け切らず元気にはなったが、まだどこか弱々しそうであった。

「よし、兄ちゃんと遊ぼうね。じゃおつむてんてん」

「てえて」

「おー上手上手、美津子は上手だね。じゃ今度はあんよだぞ」

「あんよ」

「そう、あんよおいで」

美津子の両手を支え歩かせるのも一つの運動だと思った。男兄弟の末の妹だけに私は美津子がとても可愛かった。でもまだ一緒に連れて遊べないから、母に言われたとき面倒を見るしかない。

「今度はお目々隠していない。いないだよ」

数回両手で目を負う仕種で美津子とかくれんぼを始め、戸の影からそっと顔をだすと妹は大喜び、その精一杯の喜びの愛らしさったらなかった。何やかや遊ばせているとぷーんとカレーの匂いがする。(あっ今夜はカレーか)この独特の匂いは何ともいえない。途端に腹の虫が動き出す。

母が美津子を受取りやっと開放されたが、夕食にはまだ時間があった。何をして過ごすかな。母は兵士の来ない合間に食事の支度を終わらせ後は夕食の時暖めるらしい。そろそろ夕食の支度で兵士達が集まってくる頃だ。

奥の小林さん夫婦には子供が無くエスという大きなシェパードを飼っていた。おじさんは軍官学校に務めていたが、いつの間にかどこかえ引っ越してしまった。左隣の武岡のおばさんには一人娘がいて名は文子。小林さんの奥さんとは姉妹だった。母とは何かと気が合い仲良く話し合っていた仲なのに、皆消えるようにいなくなっていた。

普通、軍人の上官ともなれば威張って笑い顔など見せないのだが、小林さんは違って私達にはいつも優しかった。

 軍官学校とは軍人になる学校かと思ってたが、学生は蒙古人ばかりで私達の教室と同じく黒板も机も椅子もあった。違うのは廊下に鉄兜や銃がきちんと整頓され皆大人ばかり。大砲の装弾訓練や射撃距離計算、そして何ヵ所もの軍事訓練で鍛えられていた。教官は皆日本軍人で後にも先にも覚えた蒙古語は「ドロマットー(敬礼)!」の一言を覚えただけだった。

文ちゃんは私より二才上で三年生で中退して家にばかりいる小柄な女の子だった。母とおばさんの会話から知ったのだが、文ちゃんは生まれながらの小児結核で、医師には十四歳まで生きられるかどうかといわれていた。

 私は暴れん坊だが弱い者や可哀相な者にはつい情が移り、窓越しに見る彼女のか弱い姿にいつしか同情が愛情に変わり、二人には窓越しの小さな恋が芽生えていた。

小林さんがいなくなったその後、ちょっとの間だけ四人の将校級の軍人が住んだ。一度だけ遊びに行ってみたが武器は日本刀だけで、素振りで鍛えながら刃の手入れに余念が無く、戦況の話は一切せずいつの間にかいなくなった。

それと続くように今度は文ちゃんの家に六人の若い兵隊さんが住むようになった。ノモンハンの敵戦車に火炎瓶で応酬した話を聞いて、久しぶりに血を沸かせたのだが、また数日で何処かへ行ってしまった。今は二軒とも空き家で人気は無い。

 さて鶏に餌でもやろうと、あの土壷の側の小さいが労働者用の食糧庫に行った。満人の主食は主に稲科の高粱「コウリャン」だが春から夏に粟、夏から秋に玉蜀黍「トウモロコシ」であった。

私は粟をバケツに半分掬い庭に立って「トトトト」と呼ぶと、広い庭から飛ぶ様に鶏が集まってくる。鶏の他に中びなやひよこも集まり百羽ぐらいになる。私の声を聞き馴れているので足元まで集まり、夢中で餌をつつく姿にいつも愛らしさを感じていた。

そんな時また飛行機の爆音がした。私は小走りに玄関から出て空を見あげた。前よりさらに低く飛んでいる。なぜ一機だけ飛ぶのか気になりだした。

 最初見た時は朝の八時頃で、二度目は一時頃今は五時頃だ。一日に三度も来るなんてしかもあんなに高いところを。

あれは日本のじゃない決まって北に帰って行く、もしやあれはロシアの偵察機じゃないのか?私は初めて疑い出した。きっとそうだよし聞いてみよう。

 私は真っ直ぐ高射砲の方へ向かう。もう夕方は間近であった。

「兵隊さん今の飛行機、ロシアの偵察機?」

「そうだよ。坊やも気が付いたのかい」

「だって今日だけで三度も来て空を回るなんて変だよ。どうして撃たないの?」

もう偵察機は去ったのに高射砲の調節ハンドルを回して様子を見ている。

「撃ちたいけど高過ぎるのだよ」

「そんなに高いの?」

「高い。五千メートル以上はあるのだよ」

「へえーそんなにあるの。じゃどの位の高さなら撃てるの」

「三千メートル位いだな」

「じゃ一回ごとに低くなってるから、あしたは大丈夫だね」

そうか…高すぎるのか…私は一人納得して、ついでに寄宿舎を見て見ようと行くとすでに明かりがついていた。

窓枠の下から首を長くして覗くと兵隊さん達は長膳に向き合い一斉に食べ始めた所だった。いやはやその食べ方の早いこと口を開けるのとほうり込むのが一緒で見る見る飯合は空になり、食べ終わった者からどんどん席を立っていった。

私は呆気にとられて見ていると、最後に残った兵士は隊長の前に立たされ、

「歯を食いしばれ!」

 の大声と共に大きなしゃもじでぴんたの洗礼を受けていた。

 私はやり切れぬ気持ちで一杯だった。とうとう身近に戦争が始まったんだ。戦争が!

誰かにもっと話しかけたい。話せば気持ちも落ち着くだろう。だがあいにく父も弟も家にいない。そんな落ち着きのない態度に母は、

「お前、何をおどおどしてるんだい。兵隊さんが守ってくれるだろうがね」

「そうだね、兵隊さんがいるもんね?」

母に相槌を打ったものの最近の戦況は誠に持って嫌な事ばかり、ジャワ、スマトラ、フイリッピンは皆破れたし、アッツ島の玉砕説に次ぎ、硫黄島や沖縄も何かあったようだ。

 それに今の興安の町も変わってきた。あれほど駐屯していた兵隊さんの姿はどんどん減って、最近は隊列を組んで歩く姿は殆ど見られなくなっていた。

 それを補うかのように召集令状が舞い健康な男子はどんどん町を去って行った。その中に私達の担任の田村先生や後任の大石先生も含まれていた。

軍事教育に徹し出した時だけに、私達は十才の年齢を越える十五才にも匹敵する精神教育を仕込まれていた。しかし内心の不安は隠し切れず不安は募る一方だった。

 八月九日午後何時頃だろう。外のざわめきに玄関を出て見ると学校の庭は大勢の兵隊さんがたむろしていたではないか。

「母ちゃん大変だ。学校の庭に一杯兵隊さんが来てるよ」

母はついこの間まで、興安病院から退院して間もない美津子の世話に余念がなかった。

「だから、兵隊さんがいるって言ったろう。ほら美津子おっきおっきしようね」

「おっき」

美津子は合いずちを打っている。母はわかっていたような顔で美津子と遊んでいた。

「満ちゃん、潔ちゃんも、兵隊さん見に行くか?」

「うん行くよ。だけどあの兵隊さん達どこから来たんかな?」

 と、満ちゃんも不思議がっていた。

校庭の運動場の外は雑草が茂り、道路沿いと校門付近から寄宿舎まで泥の木が日陰を作っていた。その木陰に銃は立て掛けられ機関銃も据えられていた。

兵隊さんの数は約百二十名それぞれの部署でてきぱきと行動するのが見え、運動場の方もいくつかの箱が開けられ、重たそうに四人の兵士が何かを組み立てていた。

学校の中は静かだが寄宿舎の方は夕食の支度が始まり、大勢の兵士が動き回り、我が家のほうも兵士の出入りが見えてきた。

「宏ちゃん、あっちこっちに随分兵隊さんがいるね。こんなに一杯見たことないよ」

「うんそうだけど…その割に機関銃が少ないと思わないか?」

「そうだね」

 草むらの影にすえられた機関銃は、三、四台しか見えなかった。

「さあ帰ろうか。潔ちゃんは兵隊さん好きかい」

「僕好きだよ。僕も兵隊さんになるの」

「へえ、兵隊さんになるんかい」

「うん」

「小さい兵隊さんだな」

「違うよ大きくなってだよ」

「あはは…何だ大きくなってか。満ちゃん、運動場にいる兵隊さん何を組んでいると思う」

「わかんない。下は丸い台だけど何かなあ」

「外に転がってる筒は大砲だと思う。あの丸い台みたいの軍官学校で見たのと同じだ」

「へえ、軍官学校によく行けたね」

「ふふ…父ちゃんにくっついて一度入ったんだ」

 当時は日本軍の管轄で有る為、誰でも自由に入れなかったのである。

学校の井戸だけで足りない兵士達は、何人もわが家の水を使いにやってきた。

「お邪魔するであります」

「奥さん水を使わして下さい」

「自分もお願いするであります」

「どうぞどうぞ」

と母も愛想がよい。

人の噂かラジオからかロシア軍は内蒙古の協力で国境を越えたと言う。ノモンハンは既に通過し進撃に次ぐ進撃の真最中らしい。私は一人一人の兵士の顔色や態度に注意深く注目していた。

「奥さんはここに、何年ぐらい住んでおられるですか?」

「そうですね。ここに住み出してもう五年になりますかね」

「そうでありますか。自分の従兄弟も満洲に渡っているのですが、いまどこに住んでいるか案じているであります」

「便りも連絡もないのですの?」

「はっ、自分の召集の後で知ったであります」

「そうですの。それで召集されて何年になるんです?」

「はっ、四年になります」

「まあ、四年もおうちの事が心配でしょう」

「はっ、でも自分には妹がおりますから」

「そうですか。貴方も頑張って下さいね」

「はっ、ありがとう御座いました。帰ります」

「済みません。水を使かわして下さい」

入れ代わるようにまた別の兵士がやって来た。今度は二人連れで一人は洗濯物をもう一人は軍靴をぶら下げている。上官の物のようで洗ってから磨くらしい。集まった若い兵士達は屈託のない笑い声でうち解けている。規律の中の一時の解放感を思わせる。

「おばさん」

若い兵士達はそう呼んでいた。

「ここは広くて静かで駅は近いし、学校は目の前でいい場所ですね」

「ええ、ここはどこへ行くにも便利ですよ。郵便局も近いし行商人がよく通るしね」

 他の兵士も、

「ここなら自分も除隊した時、住んでみたいです」

「貴様おばさんの前だからと言って、調子のいい野郎だな!昨日は日本に帰って田舎に住むのだと言ったばかりだぞ」

「いやなに。君子、所を選ばずといってな」

「この調子者!」

「あっははは…」

母も思わずつられて笑いながら、

「ここは外国だから言葉も分からないとね。今朝も子供に『ロシアが攻めて来るってよ』って言われると気も沈んでね」

「いや大丈夫ですよ。ここは第一線にはなるでしょうが、自分たちがおりますから安心していて下さい」

「はいはい、よろしくお願いしますよ」

でも母の表情は硬かった。夕方も近くなると次第に兵士達も去り私は玄関から出てみた。校庭の鉄の塊は大砲ではなく筒の長い高射砲で、組み立てはほとんど終わり三人の兵士達がさかんに試験操作をしていた。

ロ シ ア の 宣 戦 布 告

私達の住む興安の町はただ広いだけで町という感じはしない。コンクリート道路はどこにも無かったし道路標識も見た事が無い。でも駅前の中心道路をつなぐ支線の幅は約八メートルもあり、きちんと区画されていて後の興安省の都市計画の主要地に計画されていた。

当時の日本人住居者は軍人を含め約三千人と推定され、学校は尋常高等科二年を含めた小学校だけで、中学校は無く卒業生は他の都市の中学校へと進学して行った。

 入学当時の暖房はストーブだったが、その後スチームに変わり校舎の外れに大きな高い煙突が町全体を見渡すように、にょっきりと立っていた。

私の知る限りでも学校関係の建物や、旗公省、軍官学校、警察、興安神社など、父の土木建築業の技が光っていたように思う。

通称「泥の木」と呼ぶ樹木が校庭の外側を囲み、さほど高くはないが春には新芽をいぶき心をなごませてくれる。夏は格好な日陰を作ってくれたし、冬には厳しい寒さを教えるが如く葉は一枚も無くなり、冬のさら雪が枝に積もり黒ずんだ木の枝に白い雪がとても印象的であった。

そんなある日の雪化粧に、母が、

「初雪や、二の字二の字の、下駄のあと…って昔の人は歌ったんだよ」

「ふーん、だけどその二の字二の字って、なあに?」

「下駄の歯は歩くと、二の字に見えるだろうがね」

 しかし私達満洲育ちの子供には、この寒さのきつい冬に下駄で歩くなど思いもよらぬ事だった。後日、授業の俳句の時間に意気揚々と、

「泥の木や、二の字二の字の、下駄の跡」

と詠んだが何の反響もなくてがっかりしたことを覚えている。

校舎の裏から見える少し離れた山の丘に、蒙古のジンギスカン廟があった。頂上には未完成のジンギスカン像がそのままになっていて、毎年の春のハイキングコースであった。丘の遥か下には長い曲線を描いて延びる鉄道の線路が遠くまで見えた。

春のハイキングが最後となり完成のジンギスカン像を見ることはなかった。裏山の麓にはトール川が悠然と流れ、対岸は蒙古地帯でこの廟のラマ寺に連なる山々には、蒙古人だけの軍官学校や興安神社があった。

 トール川はその山や町を囲む様に流れ、学校の唯一のピクニックコースになっていた。春は山へ行き夏から秋はトール川で水泳や魚釣りをした。

梅干しを入れた日の丸弁当に卵焼き、青空の下で仲間と囲んで食べる弁当は格別であった。

冬になると大きなトール川は大リンクに変貌する。スケート靴を前後に吊り下げクラス全員で行ったり、気の合った者同士で上流へ滑って行く。

 山と山の間を縫うように流れる川の広さと、全く人影のない静けさにかえって戸惑い途中で引き返してしまう。子ども心に蒙古人の姿はどう猛な人種に見え、山のどこかで様子を探られているような気持ちになり、気味の悪い恐怖感を感じてしまうのだった。

 当時冷蔵庫は珍しく日本人でさえ持っていなかった。満人達は台車を馬に引かせ数人で厳しい寒気の中、トール川の水深部から二メートル立方の氷を採集し、自分達の庭に埋め夏の冷蔵用に売るのである。

 冬の川は清みきって氷の川底を見通せ魚の泳ぎを見ることができた。氷点下十五度から二十度を越えるとさすがに寒く、ひげを生やしたおじさん達の鼻の下は小さな氷がいっぱいぶら下がっていた。

ある朝のことだった。何の気なしに玄関から外を一眺めさて家に戻ろうと取っ手を見た時、雪が積もったように霜で真っ白に包まれ美味しそうだった。

私は早速舌を出しペロリと嘗め取る積もりで付けた途端、吸い込まれるように貼りついてしまい外れなくなってしまった。慌てて誰かに助けを求めたくても口は大きく開かれたままで、周りを見ることすら出来ず泣きそうになり涙が浮かぶ頃、やっと外れて本当にびっくりの一幕が有った。

駅前通りの一本道は中心街でホテル、憲兵隊、パン屋や郵便局、新聞、本屋、電話局と他に色々な商店があり町外れの橋まで続いている。橋の名は「興安橋」あのトール川がそそいでいてここにも私のエピソードが一つある。

隣に兵隊さんが住んでいた時だった。すぐ仲良しになり何でも話せるようになった。夏のある日兵隊さんに橋へ遊びに行きたいとねだって、連れて行ってもらい二人は橋の欄干から川の流れを眺めていた。

川は二手に分かれていて浅瀬の方は誰もいない。深い方には多勢の満人の子供達がきゃっきゃと泳ぎ戯れていた。しばらく見とれている内にふと下手を眺めると日本人の少年が盛んに網で魚を掬っている。見覚えのある少年とわかるとどんな魚か見たくなった。

 断るつもりで兵隊さんを見ると別の兵隊さんと話中だった。無断で土手を下り浅瀬でも私の腰までありそうなので、ズボンを脱ぎ小脇に抱え少年の所へ行った。

「君なにが取れるの?」

「色々だ」

缶を覗くとふなが主で大小泳いでいた。

「面白そうだね。君、僕にちょっと貸してくれないか?」

「いいよ」

 彼はあっさりと川から上がると網を貸してくれた。

「どんな所にいるんだい」

「水茅の回りがいいよ」

言われた通りにやって見る。初めてなのと川の流れにじゃまされて網の目が水茅に引っかかり、慌てて網を外そうとしてぬるぬるした川底に足を滑らせ、網は手から外れて浮きながら流れだした。私はさらに慌てて急いで網を追いかけたが、足は泥沼と共に深みに吸い込まれ体は渦に巻き込まれていた。

 川を知らない私はもう夢中で上に上がろうと両手でもがいていた。最初に水面から顔を出した瞬間一回がぶりと水を飲み、満人の子供達は皆ぽかんと私を見ているのが見えた。二回目に浮いた時は二度程水を飲んだ。その時はもがく自分の手と青空が見えただけでまた引き込まれて行った。三度目は水にむせながら顔を出しただけ、

「助けて…」

と叫んだが声になっていなかった。後は「あうっ、あうっ」と、泥水を飲み続け回りの水が黄色に見えるだけでだんだん意識が薄らいで行った時、強い力で私の体が持ち上げられるのを感じた。

岸に立たされて見ると仲良しの兵隊さんだった。意識は戻ったが皆に集中視されその恥ずかしいこと。兵隊さんの声が、

「大丈夫かい?」

と遠くに聞こえ頭を縦に振った。側に心配そうにたたずむ少年の姿が見え、ただ一言、

「ごめんな…」としか言えなかった。

私の毎日の日課は朝部屋の回りの雑巾掛けと父の事務所の掃除で、後は鶏に餌を与える事ぐらいだ。見る漫画の本もなくなったし蓄音機も聞き飽きたし、ついこの間橋本君と弟の三人で魚釣に行ってきたばかりだし、遊ぶことがなくなり退屈になっていた。

 その日は八月九日の朝だった。何の気なしに事務所の窓から校庭を見ると、いつも森閑としていた庭に数十人の学生が集まっていたのだ。なんでだろう?こんな事はめったにないことだ。私は直ぐ玄関を出て集まってくる学生に聞いてみた。

「君、学校に何かあるのか?」

「俺もよくわからん。校長先生より緊急集合の命令が出たと友達から伝達があった」

「そうか、俺には伝達はなかったよ。ありがとう」

家に直ぐ戻ると、

「母ちゃん、校長先生から集合命令が出てたんだってよ」

「そうかい、何でだろうね?」

母もがてんが行かないようである。

「母ちゃん、何も聞いてなかった?」

「別にそんな話はねえもの、学生が集まってるなんざ。知らねえかったよ」

 私は母と話しながら学生服に着替えていた。

「行って来ます」

挨拶を後に校庭へ向かった。誰もが緊張しているのかいつもなら屈託のない笑いが飛び通うのに、ぼそぼそと小声が聞こえる程度だった。やがて眼鏡越しにぎらりと目を光らせた校長先生が朝礼台に立つ。

 生徒数は伝達不足か四分の一に満たない、先生の話が始まったが私は後ろの方にいたのでよく聞き取れなかったがおおよその意味は解った。

「ロシアは今未明国境を破り進撃してきた。日本との不可侵条約を破り宣戦布告を告げ現在も進撃中である。お前たちは父母の指示に従い戦況に応じ従事するよう。なおその後の戦況のいかんにより開校の沙汰を出す。以上」

 と言う訓示に、私は急いで戻り早く母に知らせようと思った。

「母ちゃん、ロシア兵が国境を破って攻めて来てるってよ。校長先生がおっしゃってた」

母は別に驚く表情はなく食事の支度をしている。

「あのね、ロシア兵が今もどんどんこっちへ、攻めて来てるんだってよ」

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