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「お前、潔を見なかったかい」
「俺、爆ぜ米広げていたから見なかったよ」
「満は?」
「僕も見なかった。だけど一人で玄関のとこで遊んでたよ」
母や弟の話す間もまだ耳鳴りが続き話し声が遠くに聞こえる。
「本当にどこえ行ったんだろね。あの子は」
母は今になって心配そう。突然やってきた災難に頼みの父はいなかったし、母は美津子を抱きかかえて逃げ出すのが精一杯だった。それでも防空壕に逃げ込むや弟達の名を夢中で叫んでいたのである。
「母ちゃん、顔が真っ黒だよ」
こんなに汚れた母の顔は見た事がないので、思わず口元が綻びてしまう。
「お前の顔はもっと黒いよ」
母が反撃してくる。鏡も見ないで俺の方が黒いだなんてなぜわかるのかね。
「おい、満ちゃんの顔俺より黒いぞ。黒ん坊」
「僕、黒ん坊じゃ無いぞ!」
「俺がダン吉になるから、お前アフリカ土人のお供になれよ」
「そんなの狡いよ。僕がダン吉やりたいよ」
兄弟はやっと余裕が持てるまでになった。側にわが家の一員である雌犬のチビも「私も仲間に入れてよ」とばかりじゃれてくる。
「ほらほら、お前たちもポンプから水を汲んで顔を洗いなよ」
母はもう美津子の顔を拭いて服を着替えさせている。顔を洗い部屋を覗くと、
「ありゃ、泥だらけだね。母ちゃん」
「仕方が無いよ。泥の家なんだから」
当時の満洲人の家は壁も屋根も土で固め、寒い冬を暖かく過ごせるように工夫されていた。町の九十パーセントは泥の家で天井の厚みはかなり厚そうだ。瓦葺でない土の屋根は肉眼でも分かるほど丸みを帯びている。凄い振動と爆風にもよく耐えたが、オンドルの床の上は足の踏み場も無い程土埃で汚されていた。
「宏生、そのシャツ脱いでちょっと美津子を抱いとくれ。さあっと部屋を掃くから」
「はい、美津子、兄ちゃんとこにおいで」
母は手拭いをマスクにして部屋を掃き始め、私はしはらく庭に出ている事にした。
母の掃除の間合を見て美津子を部屋に坐らせた時、
「空襲警報、解除!」
と叫ぶ在郷軍人の声が聞こえてきた。
「満ちゃん、爆撃機が来た時俺より先に防空壕に入ってたろう」
「うん、入ってたよ」
「空襲警報の声聞えたんか?」
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