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「父ちゃんは皆と相談するから、お前さっきの壕に行って母ちゃんが死んでいないか確かめて来い。あの辺しかないはずだ」
父の言いつけに私も同感なのだが、日も暮れだし一人では心細い事この上ない。まして死人の間を捜し回る自信はない。
誰もいない畑の外へ思い切って出て見たが、もう遠くの見通しは利かない。夕風にあおられ高粱の葉は、かさかさと音を響かせていた。
その時五十メートル位先で女の悲鳴に近い声を聞き、じっとその方向を透かして見ると大きな男が五、六人うごめいて見えた。
何者だろう。話し声が風に乗って聞こえるが満語でも蒙古語でもない。ロシア語、まさか、でもそうかも知れない。私は怖くなり畑に戻った。
「父ちゃん、何だか変だよ。壕の帰り道で男なんて見なかったのに、五、六人いるよ。女の人の声も聞こえたよ」
父も気になったのか畑から外を窺う。私は父の側に寄って一緒に聞き耳を立てた。まだ微かに話す声が聞こえていた。
「ロシア兵かも知れんな」
「もう暗くなったから、母ちゃん捜すの一緒に行こうよ」
「そうだな。よし待ってろ、皆に聞いてみるから」
どうやら相談もまとまって目的地も決まったらしい。
「皆が待っててくれるそうだ。行こう」
二人は畑を出て壕へと向かった。私は心の片隅で、あれだけ倒れた人を昼間見たけど顔見知りは新田さんだけだった。母はどこかに生きているのではないかと思ったが、「何を馬鹿な事を」と言われそうで黙っていた。
夜の道は昼と全く異なっていたが、どうにか壕に辿り着く事ができた。辺りはもう暗く、水を求めていた人達にも会わず、もし一人だったら夜道に迷い壕までは来れなかったろうと思った。
夜の壕を上から見ると手前は広く深く、奥は果てしがなかった。降り口の下の方では生き残りのおばさん達が何か燃やしていてその灯りで下へ降りた。
地面に一杯の紙幣が散らばって見え、一枚を拾って見ると血で黒く染まっていた。おばさん達は、
「どうせ私達は死ぬのだし、後で奴等に金を取られるより皆燃やしてしまえばせいせいするものね」
「満人達は、もうその辺までうろついていましたからね」
「OOさん、そっちの方はもうないと思うの。少し中の方を捜して下さる」
「はいよ。でもね、金で焚き火をしてきたなんて話したら地獄の鬼も吃驚するわよ、きっと」
自決を覚悟のおばさん達は、悔いのないように後始末の最中で、死んだ人や生きている人に断っては、懐から抜き取って火にくべている。私はその様子を見てもったいないな、こっちはこれから逃げるのにお金は必要だと思うと、
「おばさん、そのお金拾ってもいい」
「坊やは逃げるの?」
「はい」
「そうなの。だったら持って行きな、私達はもう要らないから」
「はい。父ちゃん、拾ってもいいってよ」
しばらくはお札の魅力に取り付かれ懸命に拾うが、ほとんど血糊でひどく汚れていて、
「父ちゃん、いいの無いね」
「なるたけ、血の少ないのだけ拾うさ」
父も少してこづっている。明かりに透かして拾う札はどれも執拗に張り付き、剥がせばべっとりとした血糊の糸を引く。半分でもきれいなのはいい方だった。私は良いのだけ父に渡し、十円札専門に拾い集めてズボンの後ろのポケットに突っ込み、
「父ちゃんもういいのは無いよ」
「そうだな。じゃ母ちゃんを捜すか」
父は先に進んだ。お札を燃やす火だけが頼りで中は暗く、死人の山が浮き彫りに見えるが暗い修羅場は昼間より気は動転せず、父が近くにいる事が支えになっていた。
でも死体の手足につまずかぬよう注意しながら、しかも近くまで顔を近づけて母かどうかたしかめねばならず、皆まともな死に顔でないだけに一人一人の顔を見るのは恐怖だった。
在郷軍人の上に折り重なる女の人、その近くにおっぱいを出したまま死んでいる母親、出ぬお乳に縋って泣いていたのだろう。あるいは自分で母の胸をまさぐったのか、母親の死も知らず片方の乳房を掴んだまま泣き疲れて眠る赤ん坊。
どんどん時間は過ぎるが母の姿は見当たらず、畑で待たせている皆の事が気にかかる。さらに進むとあの下敷きになったおばあさんが、目だけをきょろりと動かせて、
「坊やは誰を捜しているの」
と無言で尋ねてくる。
これも後年になって分かった事だが、その時この壕の中の集団にどんな惨事が起こっていたのか。数少ない生存者の小俣さんの家族の一人、当時十八才の和利さんが見ていた。
その時彼はたまたま壕の側を歩いていて、あの気味の悪い蒙古兵も近くに五十人位の集団でいるのを見ていた。機を見て一団は右側の山頂に一担姿を隠し、いきなり山頂から撃ってきたというのだ。
和利さんはとっさに一人で拳銃を片手に人のいない山に駆け上り、姿を隠して惨劇の一部始終を見ていたのである。その時、在郷軍人は危険を感じ、皆を下の壕に避難させた。
「危ないから下に降りろ!」(その声は母も聞いている)
人々は恐怖の余り壕の中で固まってしまった。父の推定では避難民達の銃は二十丁もあったろうか。在郷軍人達は婦女子を制すのみで戦意は全くなかった。
山頂への防御体制に入らぬうちに今度は突如戦車が現れ砲撃を仕掛けてきた。中の一台が、停止すると戦車の天蓋をあけそこから六人の兵士が自動小銃を持って出て来た。
その中には女兵士も混じっていていきなり男めがけて乱射を始めたが、最初から戦意の無い日本側はただ彼らのなすがままだった。
死をのがれた皆の話から。六人で撃った自動小銃弾は優に三千発を越えたと思われる。女、子供は恐怖のため男子に縋りつこうとしたために、かえって巻き込まれてしまったようだ。
そんな中にも小さい幼児達は母親が盾となり何人か助かっていた。誰も起き上がる者がなくなるまで射撃は続き、射撃が中止されてもロシア兵達は未だ飽き足らず生死を確かめに壕へ下りてきた。
死体の山を足で蹴り上げ、声を上げたり逃げ出す者をその場で射殺したが、さすがに子供だけは殺さなかったという。
私は五十名の蒙古兵は計画的に行動していたのではないかと考える。山の上から狙撃して日本人を壕に足止めにしておき、待機していたロシア軍はその狙撃を合図に戦車の攻撃が開始されたのだ。一網打尽の壊滅作戦をとったもの見ている。
最初から戦車だけならば蜘蛛の子を散らすように逃げられ、多数の生存者がいたであろうにと思った。
後方に死者が少なく三十人も無傷の生存者がいたのも一つの例である。
私は実物を見てないのだが、ロシア兵の自動小銃をマンドリンと呼んでいたらしい。弾倉のケースが丸くなっている所からそう呼んだらしいが、その筒の先にぎざぎざがあって振り回すと首も裂けると聞いた。
よく首の切れていた死体を見たがそのせいなのか、新田さんもお母さんも首が裂けていたっけ…。
絶体絶命と知り母親はわが子を刺しその後自殺したとか、青酸カリで服毒自殺したという話も聞く。神国日本の名の下、天皇陛下を戴く大和撫子として立派に殉死して行ったのだった。
狙撃されてかれこれ九時間ほど経つが、まだ苦しそうに喘いでいる人がいた。この積み重ねた将棋の駒みたいな中からどうやって捜せば良いのか、中に分け入ってまで入る勇気は無かった。ここは後で父と捜すことにして人の少ない所をまず捜そうと場所を変えた。
壕を降りた右側の縁に沿い奥へ向かった時、やはり右側の壕の上から降りてくる小柄な女の人を見た。見覚えのある体つきと歩き方に、あっ母あちゃんだととっさに思った。
「母ちゃん!」
私の呼んだ声で顔がこっちを向いた。あっやっぱり母ちゃんだ。
「母ちゃん生きてたの!」
「あらっまぁ。お前こそ生きてたんかい」
「俺たち、母ちゃんはてっきり死んだと思って捜しに来たんだ」
「あたしもね。お前達が死んでると思って捜し回ってたんだよ」
「ヘエーそうなの。父ちゃん向こうにいるよ」
半信半疑だった母の生存が分かり、私の不安はすっ飛び喜びに変わっていった。
私と母の再会の驚きと喜びに、近くの生き残りの人たちは関係のない他人事と無関心な表情で、死の旅への整理を整えている。生きる希望を絶った冷たい雰囲気が周りを包み静かな静寂が流れていた。
母の降りた場所は通路のようだ。周りの人達がなぜ無言なのか私には思い当たらず、母の無事がわかった以上すぐ引き返して畑で待つ人たちと、合流することしか頭になかった。
「満ちゃんは?」
「満も潔も向こうにいるよ」
そうか皆無事か、こんなに死んだ人の中で生きていたのが不思議だった。父も弟を見つけ一緒に話していた。
「あんたも無事だったんかい。あたしゃてっきり死んだもんだと思ってたよ」
「俺もだ、せめてお前達の死んだのを見取ってと思って捜してたんだ」
母は声を落として、
「美津子はあたしが手にかけたよ」
「そうか。可哀想なことをしたな」
父の可哀想と言われ、母はちょっとむきになった。
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