まてよ?のひとり言

屋上淵から滴る雨滴が窓枠にあたってタコタコ音が気になります

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「父ちゃんは皆と相談するから、お前さっきの壕に行って母ちゃんが死んでいないか確かめて来い。あの辺しかないはずだ」

父の言いつけに私も同感なのだが、日も暮れだし一人では心細い事この上ない。まして死人の間を捜し回る自信はない。

 誰もいない畑の外へ思い切って出て見たが、もう遠くの見通しは利かない。夕風にあおられ高粱の葉は、かさかさと音を響かせていた。

その時五十メートル位先で女の悲鳴に近い声を聞き、じっとその方向を透かして見ると大きな男が五、六人うごめいて見えた。

 何者だろう。話し声が風に乗って聞こえるが満語でも蒙古語でもない。ロシア語、まさか、でもそうかも知れない。私は怖くなり畑に戻った。

「父ちゃん、何だか変だよ。壕の帰り道で男なんて見なかったのに、五、六人いるよ。女の人の声も聞こえたよ」

父も気になったのか畑から外を窺う。私は父の側に寄って一緒に聞き耳を立てた。まだ微かに話す声が聞こえていた。

「ロシア兵かも知れんな」

「もう暗くなったから、母ちゃん捜すの一緒に行こうよ」

「そうだな。よし待ってろ、皆に聞いてみるから」

 どうやら相談もまとまって目的地も決まったらしい。

「皆が待っててくれるそうだ。行こう」

二人は畑を出て壕へと向かった。私は心の片隅で、あれだけ倒れた人を昼間見たけど顔見知りは新田さんだけだった。母はどこかに生きているのではないかと思ったが、「何を馬鹿な事を」と言われそうで黙っていた。

夜の道は昼と全く異なっていたが、どうにか壕に辿り着く事ができた。辺りはもう暗く、水を求めていた人達にも会わず、もし一人だったら夜道に迷い壕までは来れなかったろうと思った。

 夜の壕を上から見ると手前は広く深く、奥は果てしがなかった。降り口の下の方では生き残りのおばさん達が何か燃やしていてその灯りで下へ降りた。

 地面に一杯の紙幣が散らばって見え、一枚を拾って見ると血で黒く染まっていた。おばさん達は、

「どうせ私達は死ぬのだし、後で奴等に金を取られるより皆燃やしてしまえばせいせいするものね」

「満人達は、もうその辺までうろついていましたからね」

「OOさん、そっちの方はもうないと思うの。少し中の方を捜して下さる」

「はいよ。でもね、金で焚き火をしてきたなんて話したら地獄の鬼も吃驚するわよ、きっと」

自決を覚悟のおばさん達は、悔いのないように後始末の最中で、死んだ人や生きている人に断っては、懐から抜き取って火にくべている。私はその様子を見てもったいないな、こっちはこれから逃げるのにお金は必要だと思うと、

「おばさん、そのお金拾ってもいい」

「坊やは逃げるの?」

「はい」

「そうなの。だったら持って行きな、私達はもう要らないから」

「はい。父ちゃん、拾ってもいいってよ」

 しばらくはお札の魅力に取り付かれ懸命に拾うが、ほとんど血糊でひどく汚れていて、

「父ちゃん、いいの無いね」

「なるたけ、血の少ないのだけ拾うさ」

父も少してこづっている。明かりに透かして拾う札はどれも執拗に張り付き、剥がせばべっとりとした血糊の糸を引く。半分でもきれいなのはいい方だった。私は良いのだけ父に渡し、十円札専門に拾い集めてズボンの後ろのポケットに突っ込み、

「父ちゃんもういいのは無いよ」

「そうだな。じゃ母ちゃんを捜すか」

父は先に進んだ。お札を燃やす火だけが頼りで中は暗く、死人の山が浮き彫りに見えるが暗い修羅場は昼間より気は動転せず、父が近くにいる事が支えになっていた。

 でも死体の手足につまずかぬよう注意しながら、しかも近くまで顔を近づけて母かどうかたしかめねばならず、皆まともな死に顔でないだけに一人一人の顔を見るのは恐怖だった。

在郷軍人の上に折り重なる女の人、その近くにおっぱいを出したまま死んでいる母親、出ぬお乳に縋って泣いていたのだろう。あるいは自分で母の胸をまさぐったのか、母親の死も知らず片方の乳房を掴んだまま泣き疲れて眠る赤ん坊。

 どんどん時間は過ぎるが母の姿は見当たらず、畑で待たせている皆の事が気にかかる。さらに進むとあの下敷きになったおばあさんが、目だけをきょろりと動かせて、

「坊やは誰を捜しているの」

と無言で尋ねてくる。



 これも後年になって分かった事だが、その時この壕の中の集団にどんな惨事が起こっていたのか。数少ない生存者の小俣さんの家族の一人、当時十八才の和利さんが見ていた。

 その時彼はたまたま壕の側を歩いていて、あの気味の悪い蒙古兵も近くに五十人位の集団でいるのを見ていた。機を見て一団は右側の山頂に一担姿を隠し、いきなり山頂から撃ってきたというのだ。

和利さんはとっさに一人で拳銃を片手に人のいない山に駆け上り、姿を隠して惨劇の一部始終を見ていたのである。その時、在郷軍人は危険を感じ、皆を下の壕に避難させた。

「危ないから下に降りろ!」(その声は母も聞いている)

 人々は恐怖の余り壕の中で固まってしまった。父の推定では避難民達の銃は二十丁もあったろうか。在郷軍人達は婦女子を制すのみで戦意は全くなかった。

山頂への防御体制に入らぬうちに今度は突如戦車が現れ砲撃を仕掛けてきた。中の一台が、停止すると戦車の天蓋をあけそこから六人の兵士が自動小銃を持って出て来た。

その中には女兵士も混じっていていきなり男めがけて乱射を始めたが、最初から戦意の無い日本側はただ彼らのなすがままだった。

 死をのがれた皆の話から。六人で撃った自動小銃弾は優に三千発を越えたと思われる。女、子供は恐怖のため男子に縋りつこうとしたために、かえって巻き込まれてしまったようだ。

そんな中にも小さい幼児達は母親が盾となり何人か助かっていた。誰も起き上がる者がなくなるまで射撃は続き、射撃が中止されてもロシア兵達は未だ飽き足らず生死を確かめに壕へ下りてきた。

 死体の山を足で蹴り上げ、声を上げたり逃げ出す者をその場で射殺したが、さすがに子供だけは殺さなかったという。

私は五十名の蒙古兵は計画的に行動していたのではないかと考える。山の上から狙撃して日本人を壕に足止めにしておき、待機していたロシア軍はその狙撃を合図に戦車の攻撃が開始されたのだ。一網打尽の壊滅作戦をとったもの見ている。

 最初から戦車だけならば蜘蛛の子を散らすように逃げられ、多数の生存者がいたであろうにと思った。

後方に死者が少なく三十人も無傷の生存者がいたのも一つの例である。

私は実物を見てないのだが、ロシア兵の自動小銃をマンドリンと呼んでいたらしい。弾倉のケースが丸くなっている所からそう呼んだらしいが、その筒の先にぎざぎざがあって振り回すと首も裂けると聞いた。

 よく首の切れていた死体を見たがそのせいなのか、新田さんもお母さんも首が裂けていたっけ…。

 絶体絶命と知り母親はわが子を刺しその後自殺したとか、青酸カリで服毒自殺したという話も聞く。神国日本の名の下、天皇陛下を戴く大和撫子として立派に殉死して行ったのだった。



狙撃されてかれこれ九時間ほど経つが、まだ苦しそうに喘いでいる人がいた。この積み重ねた将棋の駒みたいな中からどうやって捜せば良いのか、中に分け入ってまで入る勇気は無かった。ここは後で父と捜すことにして人の少ない所をまず捜そうと場所を変えた。

壕を降りた右側の縁に沿い奥へ向かった時、やはり右側の壕の上から降りてくる小柄な女の人を見た。見覚えのある体つきと歩き方に、あっ母あちゃんだととっさに思った。

「母ちゃん!」

 私の呼んだ声で顔がこっちを向いた。あっやっぱり母ちゃんだ。

「母ちゃん生きてたの!」

「あらっまぁ。お前こそ生きてたんかい」

「俺たち、母ちゃんはてっきり死んだと思って捜しに来たんだ」

「あたしもね。お前達が死んでると思って捜し回ってたんだよ」

「ヘエーそうなの。父ちゃん向こうにいるよ」

 半信半疑だった母の生存が分かり、私の不安はすっ飛び喜びに変わっていった。

 私と母の再会の驚きと喜びに、近くの生き残りの人たちは関係のない他人事と無関心な表情で、死の旅への整理を整えている。生きる希望を絶った冷たい雰囲気が周りを包み静かな静寂が流れていた。

 母の降りた場所は通路のようだ。周りの人達がなぜ無言なのか私には思い当たらず、母の無事がわかった以上すぐ引き返して畑で待つ人たちと、合流することしか頭になかった。

「満ちゃんは?」

「満も潔も向こうにいるよ」

そうか皆無事か、こんなに死んだ人の中で生きていたのが不思議だった。父も弟を見つけ一緒に話していた。

「あんたも無事だったんかい。あたしゃてっきり死んだもんだと思ってたよ」

「俺もだ、せめてお前達の死んだのを見取ってと思って捜してたんだ」

 母は声を落として、

「美津子はあたしが手にかけたよ」

「そうか。可哀想なことをしたな」

 父の可哀想と言われ、母はちょっとむきになった。

「父ちゃんは皆と相談するから、お前さっきの壕に行って母ちゃんが死んでいないか確かめて来い。あの辺しかないはずだ」

父の言いつけに私も同感なのだが、日も暮れだし一人では心細い事この上ない。まして死人の間を捜し回る自信はない。

 誰もいない畑の外へ思い切って出て見たが、もう遠くの見通しは利かない。夕風にあおられ高粱の葉は、かさかさと音を響かせていた。

その時五十メートル位先で女の悲鳴に近い声を聞き、じっとその方向を透かして見ると大きな男が五、六人うごめいて見えた。

 何者だろう。話し声が風に乗って聞こえるが満語でも蒙古語でもない。ロシア語、まさか、でもそうかも知れない。私は怖くなり畑に戻った。

「父ちゃん、何だか変だよ。壕の帰り道で男なんて見なかったのに、五、六人いるよ。女の人の声も聞こえたよ」

父も気になったのか畑から外を窺う。私は父の側に寄って一緒に聞き耳を立てた。まだ微かに話す声が聞こえていた。

「ロシア兵かも知れんな」

「もう暗くなったから、母ちゃん捜すの一緒に行こうよ」

「そうだな。よし待ってろ、皆に聞いてみるから」

 どうやら相談もまとまって目的地も決まったらしい。

「皆が待っててくれるそうだ。行こう」

二人は畑を出て壕へと向かった。私は心の片隅で、あれだけ倒れた人を昼間見たけど顔見知りは新田さんだけだった。母はどこかに生きているのではないかと思ったが、「何を馬鹿な事を」と言われそうで黙っていた。

夜の道は昼と全く異なっていたが、どうにか壕に辿り着く事ができた。辺りはもう暗く、水を求めていた人達にも会わず、もし一人だったら夜道に迷い壕までは来れなかったろうと思った。

 夜の壕を上から見ると手前は広く深く、奥は果てしがなかった。降り口の下の方では生き残りのおばさん達が何か燃やしていてその灯りで下へ降りた。

 地面に一杯の紙幣が散らばって見え、一枚を拾って見ると血で黒く染まっていた。おばさん達は、

「どうせ私達は死ぬのだし、後で奴等に金を取られるより皆燃やしてしまえばせいせいするものね」

「満人達は、もうその辺までうろついていましたからね」

「OOさん、そっちの方はもうないと思うの。少し中の方を捜して下さる」

「はいよ。でもね、金で焚き火をしてきたなんて話したら地獄の鬼も吃驚するわよ、きっと」

自決を覚悟のおばさん達は、悔いのないように後始末の最中で、死んだ人や生きている人に断っては、懐から抜き取って火にくべている。私はその様子を見てもったいないな、こっちはこれから逃げるのにお金は必要だと思うと、

「おばさん、そのお金拾ってもいい」

「坊やは逃げるの?」

「はい」

「そうなの。だったら持って行きな、私達はもう要らないから」

「はい。父ちゃん、拾ってもいいってよ」

 しばらくはお札の魅力に取り付かれ懸命に拾うが、ほとんど血糊でひどく汚れていて、

「父ちゃん、いいの無いね」

「なるたけ、血の少ないのだけ拾うさ」

父も少してこづっている。明かりに透かして拾う札はどれも執拗に張り付き、剥がせばべっとりとした血糊の糸を引く。半分でもきれいなのはいい方だった。私は良いのだけ父に渡し、十円札専門に拾い集めてズボンの後ろのポケットに突っ込み、

「父ちゃんもういいのは無いよ」

「そうだな。じゃ母ちゃんを捜すか」

父は先に進んだ。お札を燃やす火だけが頼りで中は暗く、死人の山が浮き彫りに見えるが暗い修羅場は昼間より気は動転せず、父が近くにいる事が支えになっていた。

 でも死体の手足につまずかぬよう注意しながら、しかも近くまで顔を近づけて母かどうかたしかめねばならず、皆まともな死に顔でないだけに一人一人の顔を見るのは恐怖だった。

在郷軍人の上に折り重なる女の人、その近くにおっぱいを出したまま死んでいる母親、出ぬお乳に縋って泣いていたのだろう。あるいは自分で母の胸をまさぐったのか、母親の死も知らず片方の乳房を掴んだまま泣き疲れて眠る赤ん坊。

 どんどん時間は過ぎるが母の姿は見当たらず、畑で待たせている皆の事が気にかかる。さらに進むとあの下敷きになったおばあさんが、目だけをきょろりと動かせて、

「坊やは誰を捜しているの」

と無言で尋ねてくる。



 これも後年になって分かった事だが、その時この壕の中の集団にどんな惨事が起こっていたのか。数少ない生存者の小俣さんの家族の一人、当時十八才の和利さんが見ていた。

 その時彼はたまたま壕の側を歩いていて、あの気味の悪い蒙古兵も近くに五十人位の集団でいるのを見ていた。機を見て一団は右側の山頂に一担姿を隠し、いきなり山頂から撃ってきたというのだ。

和利さんはとっさに一人で拳銃を片手に人のいない山に駆け上り、姿を隠して惨劇の一部始終を見ていたのである。その時、在郷軍人は危険を感じ、皆を下の壕に避難させた。

「危ないから下に降りろ!」(その声は母も聞いている)

 人々は恐怖の余り壕の中で固まってしまった。父の推定では避難民達の銃は二十丁もあったろうか。在郷軍人達は婦女子を制すのみで戦意は全くなかった。

山頂への防御体制に入らぬうちに今度は突如戦車が現れ砲撃を仕掛けてきた。中の一台が、停止すると戦車の天蓋をあけそこから六人の兵士が自動小銃を持って出て来た。

その中には女兵士も混じっていていきなり男めがけて乱射を始めたが、最初から戦意の無い日本側はただ彼らのなすがままだった。

 死をのがれた皆の話から。六人で撃った自動小銃弾は優に三千発を越えたと思われる。女、子供は恐怖のため男子に縋りつこうとしたために、かえって巻き込まれてしまったようだ。

そんな中にも小さい幼児達は母親が盾となり何人か助かっていた。誰も起き上がる者がなくなるまで射撃は続き、射撃が中止されてもロシア兵達は未だ飽き足らず生死を確かめに壕へ下りてきた。

 死体の山を足で蹴り上げ、声を上げたり逃げ出す者をその場で射殺したが、さすがに子供だけは殺さなかったという。

私は五十名の蒙古兵は計画的に行動していたのではないかと考える。山の上から狙撃して日本人を壕に足止めにしておき、待機していたロシア軍はその狙撃を合図に戦車の攻撃が開始されたのだ。一網打尽の壊滅作戦をとったもの見ている。

 最初から戦車だけならば蜘蛛の子を散らすように逃げられ、多数の生存者がいたであろうにと思った。

後方に死者が少なく三十人も無傷の生存者がいたのも一つの例である。

私は実物を見てないのだが、ロシア兵の自動小銃をマンドリンと呼んでいたらしい。弾倉のケースが丸くなっている所からそう呼んだらしいが、その筒の先にぎざぎざがあって振り回すと首も裂けると聞いた。

 よく首の切れていた死体を見たがそのせいなのか、新田さんもお母さんも首が裂けていたっけ…。

 絶体絶命と知り母親はわが子を刺しその後自殺したとか、青酸カリで服毒自殺したという話も聞く。神国日本の名の下、天皇陛下を戴く大和撫子として立派に殉死して行ったのだった。



狙撃されてかれこれ九時間ほど経つが、まだ苦しそうに喘いでいる人がいた。この積み重ねた将棋の駒みたいな中からどうやって捜せば良いのか、中に分け入ってまで入る勇気は無かった。ここは後で父と捜すことにして人の少ない所をまず捜そうと場所を変えた。

壕を降りた右側の縁に沿い奥へ向かった時、やはり右側の壕の上から降りてくる小柄な女の人を見た。見覚えのある体つきと歩き方に、あっ母あちゃんだととっさに思った。

「母ちゃん!」

 私の呼んだ声で顔がこっちを向いた。あっやっぱり母ちゃんだ。

「母ちゃん生きてたの!」

「あらっまぁ。お前こそ生きてたんかい」

「俺たち、母ちゃんはてっきり死んだと思って捜しに来たんだ」

「あたしもね。お前達が死んでると思って捜し回ってたんだよ」

「ヘエーそうなの。父ちゃん向こうにいるよ」

 半信半疑だった母の生存が分かり、私の不安はすっ飛び喜びに変わっていった。

 私と母の再会の驚きと喜びに、近くの生き残りの人たちは関係のない他人事と無関心な表情で、死の旅への整理を整えている。生きる希望を絶った冷たい雰囲気が周りを包み静かな静寂が流れていた。

 母の降りた場所は通路のようだ。周りの人達がなぜ無言なのか私には思い当たらず、母の無事がわかった以上すぐ引き返して畑で待つ人たちと、合流することしか頭になかった。

「満ちゃんは?」

「満も潔も向こうにいるよ」

そうか皆無事か、こんなに死んだ人の中で生きていたのが不思議だった。父も弟を見つけ一緒に話していた。

「あんたも無事だったんかい。あたしゃてっきり死んだもんだと思ってたよ」

「俺もだ、せめてお前達の死んだのを見取ってと思って捜してたんだ」

 母は声を落として、

「美津子はあたしが手にかけたよ」

「そうか。可哀想なことをしたな」

 父の可哀想と言われ、母はちょっとむきになった。

「父ちゃんは皆と相談するから、お前さっきの壕に行って母ちゃんが死んでいないか確かめて来い。あの辺しかないはずだ」

父の言いつけに私も同感なのだが、日も暮れだし一人では心細い事この上ない。まして死人の間を捜し回る自信はない。

 誰もいない畑の外へ思い切って出て見たが、もう遠くの見通しは利かない。夕風にあおられ高粱の葉は、かさかさと音を響かせていた。

その時五十メートル位先で女の悲鳴に近い声を聞き、じっとその方向を透かして見ると大きな男が五、六人うごめいて見えた。

 何者だろう。話し声が風に乗って聞こえるが満語でも蒙古語でもない。ロシア語、まさか、でもそうかも知れない。私は怖くなり畑に戻った。

「父ちゃん、何だか変だよ。壕の帰り道で男なんて見なかったのに、五、六人いるよ。女の人の声も聞こえたよ」

父も気になったのか畑から外を窺う。私は父の側に寄って一緒に聞き耳を立てた。まだ微かに話す声が聞こえていた。

「ロシア兵かも知れんな」

「もう暗くなったから、母ちゃん捜すの一緒に行こうよ」

「そうだな。よし待ってろ、皆に聞いてみるから」

 どうやら相談もまとまって目的地も決まったらしい。

「皆が待っててくれるそうだ。行こう」

二人は畑を出て壕へと向かった。私は心の片隅で、あれだけ倒れた人を昼間見たけど顔見知りは新田さんだけだった。母はどこかに生きているのではないかと思ったが、「何を馬鹿な事を」と言われそうで黙っていた。

夜の道は昼と全く異なっていたが、どうにか壕に辿り着く事ができた。辺りはもう暗く、水を求めていた人達にも会わず、もし一人だったら夜道に迷い壕までは来れなかったろうと思った。

 夜の壕を上から見ると手前は広く深く、奥は果てしがなかった。降り口の下の方では生き残りのおばさん達が何か燃やしていてその灯りで下へ降りた。

 地面に一杯の紙幣が散らばって見え、一枚を拾って見ると血で黒く染まっていた。おばさん達は、

「どうせ私達は死ぬのだし、後で奴等に金を取られるより皆燃やしてしまえばせいせいするものね」

「満人達は、もうその辺までうろついていましたからね」

「OOさん、そっちの方はもうないと思うの。少し中の方を捜して下さる」

「はいよ。でもね、金で焚き火をしてきたなんて話したら地獄の鬼も吃驚するわよ、きっと」

自決を覚悟のおばさん達は、悔いのないように後始末の最中で、死んだ人や生きている人に断っては、懐から抜き取って火にくべている。私はその様子を見てもったいないな、こっちはこれから逃げるのにお金は必要だと思うと、

「おばさん、そのお金拾ってもいい」

「坊やは逃げるの?」

「はい」

「そうなの。だったら持って行きな、私達はもう要らないから」

「はい。父ちゃん、拾ってもいいってよ」

 しばらくはお札の魅力に取り付かれ懸命に拾うが、ほとんど血糊でひどく汚れていて、

「父ちゃん、いいの無いね」

「なるたけ、血の少ないのだけ拾うさ」

父も少してこづっている。明かりに透かして拾う札はどれも執拗に張り付き、剥がせばべっとりとした血糊の糸を引く。半分でもきれいなのはいい方だった。私は良いのだけ父に渡し、十円札専門に拾い集めてズボンの後ろのポケットに突っ込み、

「父ちゃんもういいのは無いよ」

「そうだな。じゃ母ちゃんを捜すか」

父は先に進んだ。お札を燃やす火だけが頼りで中は暗く、死人の山が浮き彫りに見えるが暗い修羅場は昼間より気は動転せず、父が近くにいる事が支えになっていた。

 でも死体の手足につまずかぬよう注意しながら、しかも近くまで顔を近づけて母かどうかたしかめねばならず、皆まともな死に顔でないだけに一人一人の顔を見るのは恐怖だった。

在郷軍人の上に折り重なる女の人、その近くにおっぱいを出したまま死んでいる母親、出ぬお乳に縋って泣いていたのだろう。あるいは自分で母の胸をまさぐったのか、母親の死も知らず片方の乳房を掴んだまま泣き疲れて眠る赤ん坊。

 どんどん時間は過ぎるが母の姿は見当たらず、畑で待たせている皆の事が気にかかる。さらに進むとあの下敷きになったおばあさんが、目だけをきょろりと動かせて、

「坊やは誰を捜しているの」

と無言で尋ねてくる。



 これも後年になって分かった事だが、その時この壕の中の集団にどんな惨事が起こっていたのか。数少ない生存者の小俣さんの家族の一人、当時十八才の和利さんが見ていた。

 その時彼はたまたま壕の側を歩いていて、あの気味の悪い蒙古兵も近くに五十人位の集団でいるのを見ていた。機を見て一団は右側の山頂に一担姿を隠し、いきなり山頂から撃ってきたというのだ。

和利さんはとっさに一人で拳銃を片手に人のいない山に駆け上り、姿を隠して惨劇の一部始終を見ていたのである。その時、在郷軍人は危険を感じ、皆を下の壕に避難させた。

「危ないから下に降りろ!」(その声は母も聞いている)

 人々は恐怖の余り壕の中で固まってしまった。父の推定では避難民達の銃は二十丁もあったろうか。在郷軍人達は婦女子を制すのみで戦意は全くなかった。

山頂への防御体制に入らぬうちに今度は突如戦車が現れ砲撃を仕掛けてきた。中の一台が、停止すると戦車の天蓋をあけそこから六人の兵士が自動小銃を持って出て来た。

その中には女兵士も混じっていていきなり男めがけて乱射を始めたが、最初から戦意の無い日本側はただ彼らのなすがままだった。

 死をのがれた皆の話から。六人で撃った自動小銃弾は優に三千発を越えたと思われる。女、子供は恐怖のため男子に縋りつこうとしたために、かえって巻き込まれてしまったようだ。

そんな中にも小さい幼児達は母親が盾となり何人か助かっていた。誰も起き上がる者がなくなるまで射撃は続き、射撃が中止されてもロシア兵達は未だ飽き足らず生死を確かめに壕へ下りてきた。

 死体の山を足で蹴り上げ、声を上げたり逃げ出す者をその場で射殺したが、さすがに子供だけは殺さなかったという。

私は五十名の蒙古兵は計画的に行動していたのではないかと考える。山の上から狙撃して日本人を壕に足止めにしておき、待機していたロシア軍はその狙撃を合図に戦車の攻撃が開始されたのだ。一網打尽の壊滅作戦をとったもの見ている。

 最初から戦車だけならば蜘蛛の子を散らすように逃げられ、多数の生存者がいたであろうにと思った。

後方に死者が少なく三十人も無傷の生存者がいたのも一つの例である。

私は実物を見てないのだが、ロシア兵の自動小銃をマンドリンと呼んでいたらしい。弾倉のケースが丸くなっている所からそう呼んだらしいが、その筒の先にぎざぎざがあって振り回すと首も裂けると聞いた。

 よく首の切れていた死体を見たがそのせいなのか、新田さんもお母さんも首が裂けていたっけ…。

 絶体絶命と知り母親はわが子を刺しその後自殺したとか、青酸カリで服毒自殺したという話も聞く。神国日本の名の下、天皇陛下を戴く大和撫子として立派に殉死して行ったのだった。



狙撃されてかれこれ九時間ほど経つが、まだ苦しそうに喘いでいる人がいた。この積み重ねた将棋の駒みたいな中からどうやって捜せば良いのか、中に分け入ってまで入る勇気は無かった。ここは後で父と捜すことにして人の少ない所をまず捜そうと場所を変えた。

壕を降りた右側の縁に沿い奥へ向かった時、やはり右側の壕の上から降りてくる小柄な女の人を見た。見覚えのある体つきと歩き方に、あっ母あちゃんだととっさに思った。

「母ちゃん!」

 私の呼んだ声で顔がこっちを向いた。あっやっぱり母ちゃんだ。

「母ちゃん生きてたの!」

「あらっまぁ。お前こそ生きてたんかい」

「俺たち、母ちゃんはてっきり死んだと思って捜しに来たんだ」

「あたしもね。お前達が死んでると思って捜し回ってたんだよ」

「ヘエーそうなの。父ちゃん向こうにいるよ」

 半信半疑だった母の生存が分かり、私の不安はすっ飛び喜びに変わっていった。

 私と母の再会の驚きと喜びに、近くの生き残りの人たちは関係のない他人事と無関心な表情で、死の旅への整理を整えている。生きる希望を絶った冷たい雰囲気が周りを包み静かな静寂が流れていた。

 母の降りた場所は通路のようだ。周りの人達がなぜ無言なのか私には思い当たらず、母の無事がわかった以上すぐ引き返して畑で待つ人たちと、合流することしか頭になかった。

「満ちゃんは?」

「満も潔も向こうにいるよ」

そうか皆無事か、こんなに死んだ人の中で生きていたのが不思議だった。父も弟を見つけ一緒に話していた。

「あんたも無事だったんかい。あたしゃてっきり死んだもんだと思ってたよ」

「俺もだ、せめてお前達の死んだのを見取ってと思って捜してたんだ」

 母は声を落として、

「美津子はあたしが手にかけたよ」

「そうか。可哀想なことをしたな」

 父の可哀想と言われ、母はちょっとむきになった。

 畑に戻り干しパンを食べた場所に、外套と荷物を置いたとき、周りの地面に小銃弾がいっぱい散らばっているのを見つけた。あとで何かの役に立つかもしれないと思い、何十発か集めると一本の高粱の根元に寄せておいた。

 歩き回った近くには死体も負傷者も見なかったが父は食べ物を捜していた時、あちこちで死体や虫の息の人たちに会ったようだ。そばを通ると

「済みません。水を下さい、水を…」

 と必死に頼まれるが、

「今少し頑張っていて下さいね、今水を持ってきますから」

と嘘と解っていながらそう答えて立ち去るしかなかった。そして死人の中に初めて知人を見つけた。

 その人は守田電話局長で背中から頭に血を流していた。その五メートル位先に、奥さんがうつぷせになって死んでおり、背中には無数の穴があき、起こして見るとお乳の回りだけまるでざくろのようにぐちゃぐちゃだった。

 さらに先の方には赤ちゃんが投げ出されて一人泣いていたが、後に不憫だけが残るので抱き上げるのを止めて戻ったという。

どこから現れたのか、在郷軍人の隊長で小林さんという五十年配の人が供の者十人位連れてやってきた。畑の前で止まると、

「おいっ、誰かおるのか」

と呼ぶ声に皆が出て行った。人の名はぽんぽん呼び付けにするし、鼻髭をぴくりぴくり動かして威張っていた。皆にあまりよく思われてないようだ。

 我が物顔の小林隊長は生存者の男子の点呼を取ると、女、子供を残し水を捜す事になった。女、子供といっても子供は私一人留守番なんて真っ平ご免だ。それに一刻も早く水を飲みたかった。

 その代わり残る人に水を持ってきる約束で大人に交じり歩き出した。水を持ってくるには水筒が必要だ。倒れた人の水筒を捜し始めた。

「坊や水を捜しに行くの」

「うん」

「ほらあそこにあるわよ」

 弾に撃たれて歩けないおばさんに教えられ、亡くなった男の人の水筒をもらった。

「後でお水頂戴ね」

 と言う声を後に他の水筒を捜しながら皆の後に従い何とか十個近く集めた。どの水筒も空っぽで日に照らされ熱くなっていた。進めば進むほど死体が増え、動けない負傷者もかなりいた。

これも後に聞いた事だが、先頭の馬車は戦車砲弾に驚いて御者は逃げてしまい、取り残された老人や幼児は砲弾で吹き飛び同時に馬も殺られ、地面には脳みそや五臓六腑が馬の物やら人の物やら見分けも付かない程飛び散っていたという。

負傷者は動けず、炎天下を通り過ぎる私達をじっと見送っている。皆あきらめきった表情である。

戦車のキャタビラで踏み荒らされた遺体の場所の草は血で真っ赤に染められていた。自然と山の麓に近い所を小林隊長を先頭に十五、六人で歩いていた。

そこへ一人の満人の老人が死体の間を物色しながら歩いて来た。年の頃は七十位で顎髭が白く柔和な顔立ちだ。長い竹竿を担ぎ五、六個の水筒や飯盒をぶら下げていた。空いた手にも水筒を持っている。

 隊長はずかずかと老人の前に行くや、

「ナアベン、スイユーマ」(どこに水があるか)

と聞いた。老人はいきなり日本人に囲まれ一瞬驚いた表情だったが、言葉の意味も分かったのかその辺り一面を見渡し、

「この辺は丘地で畑はあっても水はないです」

「どこにもないのか」

「ない」

小林隊長は問答無用とばかり、腰の軍刀を抜きざま片手袈裟斬りに振り下ろした。狙いは外れ肩の骨の真上に当たり刀は大きく跳ね上がった。

私は予想もしてなかった隊長の行動に唖然として眺めるのみ。老人は、

「アイヤー」

と悲鳴を上げ、左手で右肩の傷口を押さえうずくまってしまった、こんな年寄りを斬る事もないのに、たかが水筒や飯盒でと私は心の中で憤慨し、隊長の軽はずみな行動に軽蔑さえ感じた。幸い服は破れたが出血は少なく大事にならずにすんだ。

隊長はぎょろりと老人を一瞥し、髭をぴくりと動かしただけでその場を離れ歩き出す。私はその後ろ姿を見ながらこの隊長は威張っているが、学校の剣道の時間に「面を打つ時は腰を据えろ」と先生から言われたのを思い出し、隊長の腰はふらついていたなと笑いそうになった。

あてがあるのかないのか大人の人たちは終始無言だった。もうどのくらい来ただろう。死んだ人も百人ぐらい見た。早く水を飲みたいな、まだかなと思いながらさらに行くと大きな掘割に出た。あの小さな掘割がずっとここまで続いているのだろうか?

ふと掘割の手前を見ると、小さな丸い溝に数人の人が重なって死んでいるのが不思議でつい近寄ってみた。ところが最初に見た顔は

「あれッ…新田さんだ!」

 しかも皆見覚えのある家族だった。五才位の男の子が一番下で、その上に二年生の女の子、おばさんは赤ちゃんを抱いたまま重なっていて首が半分切れていた。血糊で口が塞がれている。新田さんはうつぷせで顔だけ横を向き、顔の上半面は青白かったが、下半面は対象的に血で真っ赤に染まっていて恐らく首はお母さんと同じ状態だろうと思った。

 つい数時間前に笑顔で話し逢ったばかりなのに-----

「大嶋さんもなめない?美味しいわよ」

死ぬまで忘れられない一言となった…思いも掛けない死の再会になろうとは。彼女に貰った粉ミルクのお蔭で私は助かったのに、彼女の死に顔は即死だったのか、苦しみの表情もなく普段通りの美しい奇麗な死に顔だった。

壕の中に下り目の前に広がった光景に私はただ絶句した。何百人という人達が重なり入り乱れて倒れているのだ。

 一時は喉の乾きも忘れ茫然と立ちすくんでいた。自分の歩く場所を捜さねばならぬほど手前の広い場所は死人の山だった。

 死人の数は四百人、五百人、いや七百人、それも死体だけではない。苦しみもがく負傷者が動けずに死体の間に挟まっている。悶え苦しみそのまま死に至った人も形相だけで五十や百人は下らないだろう。

顔も身体も血糊でべっとりとしている。その上埃だらけで衣服も乱れている。

 くの字に固まっている人、目をかっと開き放なしの人、苦しさの余り髪を掻き毟る姿のまま息絶えた人---初めて見る修羅場の残酷さに十才の私には例えようのない場面だった。

あっ、そうだ今は水を捜すんだっけ。いつの間にか皆とも離れていた。早く水を飲みたい私は倒れた人を踏まぬようにして奥の方へと進むが、水があるという保証もなかった。

 ただ下に行く事で水があるかもしれないと思っただけだった。死人の山がまばらになった先に待望の水溜まりを発見した。

「あっ水だ、水があった」

嬉しさの余り急いで近寄ると溜り水の回りは十体ぐらいの死骸があった。一人は上半身を水中に沈めたままで、水面は一面の血油が浮いていて顔は水中に埋めたままだった。

どの人も死を直前にしてここまで這ってたどり着き自力で水を求め、それが最後の死に水となり皆うつぷせの状態で息絶えていた。

流石にその光景を見て一寸飲む勇気がくじけてしまったが、下にもう一ヵ所溜り水があり、そこはさっきよりずっとよかった。

 もう水の誘惑に負け、腹ばいになるや飲んだ飲んだ。日に照らされた水は温かかったが、渇ききった喉には関係なく生まれて初めて水のありがたさを知った。さて水筒に水を…あれ!水筒は身体に付けたままだった。矢も盾も溜まらず外すのも忘れて飲んでいたのだ。

 水筒をはずし水に沈めるとどうだろう。凄い数のぼうふらが上下して流れ込んでいた。おまけにここも血油が浮いていて、側に在郷軍人が水中に顔を埋め頭はざくろのように口を開いて死んでいて、あれ程旨いと思って飲んだ水が今度は毒水を飲んだ気分になった。

だが夢中で飲んだぼうふらや血油は、私の潤滑油となり胃に収まってしまったのだ。

私は腰と膝を曲げ片手で血油とぼうふらを追い払いながら、持ってきた水筒全部に詰めると立ち上がった。

 一緒にきた人達は一人も見えず、父もいるはずなのに姿はなかった。まあいいや。道は一本道だ皆が待ってるから一人で帰ろう。私はきた道を引き返した。

途中死姿を見ないようにまた死骸の山を通るが、周りの苦しそうな息使いを感じるとつい見てしまう。二メートルと離れない所に、下敷きとなった血だるまのおばあさんが声も立てずじっと見ていた。

 私が気付くと片目をきょろりと動かした。私は気付かぬ振りで通るしかなかった。脳裏にその目が焼き付いてしまったが、悲しみでも悔しさでも助けを求める目でもなく、ただひたすらに死の訪れを待つ諦めの目だった。

 さらに数メートル先では四十歳くらいのおばさんが、

「く…苦るしい、苦しいわよ。だ…誰か…こ…殺して…下さい」

 と喉の奥から苦しそうに訴えていた。それを聞いても私には成す術はなかった。見ると弾に当たったのか自殺に失敗したのか、首筋から胸の部分が血で染まっていた。

ロシア軍の無差別殺傷後の数時間は在郷軍人の生息不明で、適切に判断をしてくれる指導者がいなかったのだ。今の私は父だけが頼りだった。

新田さんの死体のある溝を横目見て戦車道に出た。相変わらず荒れた道は歩きづらかった。ここを横切って土手のような所を通ったっけ、あの老人の姿はきえていたが、切られた瞬間のうずくまる姿は、私の脳に焼きついたしまった。

十個に近い水筒は水が入ると結構重い。そんな私に一人のおばさんが、

「坊や水くれない。喉がからからなの」

「うん、いいよ」

 一個ぐらいならいいだろう。と私は軽い気持ちであげた。この辺の男性は皆殺されていて助かっている人は女の人ばかりだった。

先へ行くと今度は赤ちゃんを抱いた人に、

「坊や悪いけど、水くれない」

「いいよ」

恐らく足か腰を撃たれ、炎天下で赤ちゃんを抱いたまま本当に辛かったのだろう。水筒を引ったくるように手を震わせて、ごくごくと喉を鳴らせて飲んでいた。おばさんは飲み終わると始めて満足そうに笑みを浮かべ、

「ああ美味しかった、坊やありがとうね」

私はその言葉を聞くと人助けをした事に満足したが、少し行くと今度は五才位の男の子が私の水筒を見つけた。

「母ちゃん、ほら水だよ。水だよ母ちゃん」

 母親に必死に縋っている。おばさんは私に頼みづらそうに、

「坊や申し訳ないけどお願い。この子に昨日から水をあげてないの。この子にだけでもお水を貰えないかしら」

 おばさんは頭を下げていた。潔ぐらいの年頃だと思うと可哀相になってさっきの残った奴を渡してしまった。おばさんはよほど嬉しかったのか、

「どうもありがとう、ありがとうね坊や」

 と何度も頭を下げていた。次は二人の女の人だった。よっぽど黙って通り過ぎようと思ったが、何回も呼ばれて頼まれると嫌とはいえぬ性分だけに渋々寄るしかなく、

「ご免ね。そのお水少し飲ませて」

「少しだよ」

「ええ、少しでいいの」

 その目は嬉しさで輝いていた。水筒を受け取るや否や飲んだが勝ちと一気に飲み続ける様子は恥も外聞もない。

「そんなに飲んじゃだめだよ」

 と言っても無駄だった。もう一人の歯がゆそうに待つ姿に、私はまた一個水筒を諦めざるを得なかった。

 その後も我も我もと水を求められ拝み倒され、畑に付いた時はたった一個しか残らず、それでも水を持ち帰るという約束だけは果たす事が出来たのだった。私が畑に戻ると間もなく父やおじさん達も戻り、水が来た事で皆大喜び元気が出てきたようだ。畑の中は三十人位に増えている。

 間もなく夕方になり畑の奥で父達は頭を寄せあい、この先の方針を相談していた。

その頃。時々遠くで銃声の音が聞こえてくるのはどうしてなのだろう。何か起き

(私はしばらくロシアと呼ぶ。なぜなら後に新京に着いても、ロシア兵をロ助と皆が呼び名に使っていたからである)

父は少し背が足りないために召集を免れたらしい。でも十字に弾創帯を掛け、腰に銃剣を下げ銃は三八式の歩兵銃、足にゲートルを巻いて武装した姿は、勇ましく見え頼もしかった。

私は父の後ろを付いて歩きながら周りを眺めていた。畑は蜀黍の種類で稲科の高粱(コーリャン)の畑だ。満人達の主食の一つで実の付かない玉蜀黍に見える。その畑に近くなると道幅も以前よりぐっと広がったようだ。

その時二人は出っ張った山裾を迂回して円を描くように進んでいた。たいして高くない山が幾つも右側に連なって見えていた。私は何気なく左の畑から右の山へと目を移しさらに後方の山の頂きを見やった。その時だった。

時は八月十四日午前十一時頃、太陽の反射でぴかりと光る物を見た。何だあの光は。木のない坊主山なのに予想もしない黒い物体を不思議な面持ちで見つめていたが、何度見直しても戦車の形なのだ。しかも山のてっぺんにと自分の目を疑った。

と次の瞬間静かだった山野をくつがえすがごとく、いきなり天地も揺るがす大音響となった。ごうごうごうと響く連続音に回りの空気が揺らぎ耳の鼓膜は音で塞がれ、何が起きたのかも悟れずただ茫然と立ち竦んでいた。

その時、山の上ばかり気に取られていたその轟音の中、今歩んできた後方より土煙を上げながら突進してくる巨大な戦車の姿が目に映った。

戦車は今にも掴み掛らんばかりの勢いで眼前に迫り、辺り一面ごうごうと響く中で、戦車砲がどかっどかっと火を吹き、ばばばばばと連続音の戦車機関銃も鳴り響き、ぴゅうんぴゅうんと頭上を飛ぶ弾の音にはっと我に返った。

私はいやもう腰を抜かすほどびっくり仰天、肩から荷物を投げ捨てるや、一目散に前へ走り出した。後を振り向くとなんと戦車はさらに近付いている。あんな重い鉄の固まりが私より速いとは予想もしてなかった。

 私の恐怖は絶頂に達し、少しでも身軽になろうと夢中で走りながら外套のボタンを外し脱ぎ捨て、よしこれならと足に力を入れ走り出したその時、強い力で腕を掴まれ引っ張り込まれた。見ると父の引き締まった顔だった。

もう何が何だか解らず父の事をすっかり忘れていた。とっさに自分の身を守ることしか頭になく、ただ真っ直ぐに逃げる事しか考えていなかった。もし父が側にいなかったら戦車の射程距離内へ自分から飛び込んで行ったろう。

「そこに隠れろ!」

押し込められるように飛び込んだ場所は、自然に出来た掘り割れだった。体

を隠すにはもってこいの場所だ。しかし戦車の轟音と乱射される機関銃の音は、止む事なく激しさを増していた。

 頭上を弾が通り過ぎる度に首を縮めた。近くで屋根をたたく雨だれのように鈍く「ぷすっ。ぷすっ。ぷすっぷすっ」と音がしていた。 そうっと頭を上げ山頂を見ると三台の戦車が見え、真ん中に一台、少し後ろに二台。間隔を置いて撃っていた。

 今にも私を踏み潰す勢いで追って来たあの戦車の姿はどこにも見えない。気がつくとさらに上のほうに仲間が四人伏せていた。

敵は攻撃の手を緩めず地上を見る余裕はなかったが、父が側にいる事で少し余裕も出来敵の攻撃もおぼろげに感知できた。あの戦車は既に先に進み後続の戦車が何台かいるようだ。山の対斜面に仲間が三十人位張り付いているのが見えたが、それも一瞬で危なくて頭を長く上げられなかった。父もじっと成り行きを窺っていた。

「宏生、もうここは危ない。出ていくから父ちゃんの後に、同じように付いてこいいいな」

 轟音の中、父の声が小さく聞こえた。

「はいっ」

大きく答えたら少し怖さも薄らいだ。気が付くと近くの人や山の中腹に張り付いていた人達の姿はなかった。

父は掘から出ると銃を片手にほふく前進で道を横断し始め、私も直ぐそれに続く。ぴゅうん、ぷすぷす、ぴゅうん、ごうごうごうごう、ずずーんばばば…さらに大きく銃声音が聞こえ、周りなど見る余裕はなかった。ただただ前だけを睨んで進む。父の目標は高粱畑だった。

すでにキャタビラで崩された地面はでこぼこでその進みずらい事、周りに飛びくる銃弾に頭も上げられず、父とは五メートルぐらい遅れ、必死でなんとか畑に辿り着けた。

 畑に入ると父は待っていたように、

「ここはまだ危険だ、もっと奥へ行こう」

「はい」

と答えて二人は奥へ向かって三、四歩進んだ。とまさにその直前を巨大な戦車が轟音とともに高粱をキャタビラでなぎ倒し背面を通過したのだった。聴きなれないキャタビラの音と途方もないどでかい戦車に二人は棒立ちとなり去り行く後姿を見ていた。

ひゃあーあと二秒遅れていたら下敷きだった。戦車との距離は二メートルと離れていなかった。キャタビラに踏みにじられた高粱は無残にも蛇のように土の中にめりこんでいた。

まだ攻撃は続いていたが敵の姿が見えないので少し気持ちも落ち着き、あの時新田さんに会わなかったら、粉ミルクを貰わなかったら、そして今の間一髪。生と死は紙一重にあるのだとおもった。

父も私が荷物を忘れたために死を逃れたことになる。私たちの行動は敵に見られ的にされていた。

父は高粱の間から戦車のナンバーを手帳に控えていた。私は怖いのでそんな所まで見なかったが、戦車の騒音が下火になった頃父の側へ行って見た。

「戦車十四台、装甲自動車十二台、ロシア兵満載トラック十四台」

と手帳を見ながら一人で呟いていた。耳を澄まし音の方向を探ると、大分遠くに行ったようだ。

 安堵すると共にまた焼け付くような喉の渇きを思い出した。もう何十時間も水にあり付いてないのだ。ふと高粱を見て砂糖黍なら糖分も水分もある、この高粱は砂糖黍に似ているから水分はないのだろうか、と一本折って歯で皮を剥き芯をしゃぶってみた。

 だが期待に反し水分は少しもなかった。ああ水が欲しい水を飲みたい---真昼の太陽は畑の中まで光が射し込み地面も乾いていた。畑の奥には二十人位隠れていたが中の在郷軍人の一人がたまりかねて、

「くそっ何もかも掻き回しやがって、虫けらみたいに!我慢ならん。ぶっぱなしてやる」

 と言って拳銃を戦車の方に向けたが、他の仲間が直ぐ、

「あせるな、なんぼ攻撃をかけた所で相手は鉄板だ!撃ち抜くのは無理だ。様子を見ろ!」

 もう一人の在郷軍人も、

「そうだぞ。ここは我々だけじゃない女、子供もいる。下手に撃てば我々の居場所を知らせるようなものだ」

「本当に悔しいわね。前の方は皆撃たれていたわ」

 他の女の人たちも、

「あたしも見たわ。ばたばた倒れるのを」

「でも大丈夫かしら、ここは」

「大丈夫だ、まあ落ち着け」

助かる道は隠れる事しかなかった。



最初の戦車が攻撃を仕掛けてきた頃、最後尾で指揮を執りながら進んでいた浅野参事官の一行が最初の犠牲者だったといわれる。敵の奇襲攻撃に遭遇した時は五人位で歩いていたらしいのだが、その時の状況を知る人は誰もいない。

馬に跨っていたとも聞くし、銃の先に白シャツを巻きいち早く敵意のない事を示したが敵弾に倒れたとか。またもう一つの説は参事官はハンカチを取り出し、それを振りながら敵に向かって片言のロシア語と日本語で、

「撃たないでくれ」

 と叫んだが、敵はそれを無視して容赦なく攻撃を仕掛けてきたというものである。

 私はどちらかと言うと後者の説ではないかと思う。前者であれば、供の者に命じ敵意のない表明をさせたのはわかるが。もし参事官が馬に乗っていたのなら、急遽馬で危険を知らす事も出来たはずだ。また現地の近くに住む満人からその後聞いた話では最初に発砲したのは日本人との話もある。

日本に帰国後に聞いた情報では、山頂で待機するロシアの戦車部隊を、満服に身を包んだ三人の日本兵が近くで目撃していた。ロシア軍の指揮者は満人と思い込み向こうへ行けと言ったが、その三人は去る振りをして見ていたらしい。

 後年になって判明したその時の日本兵の証言内容はおよそ次の通りである。

「指揮者の拳銃が発射されるや一斉に戦車は動き出した。車種は大小様々で十四台。日本人の点々と曲がりくねって進む姿が延々と見えた。戦車は猛然と攻め込み、慌てふためく婦女子の姿と、無情にもキャタビラで巻き上げられる人体がマッチ棒のように小さく見え、戦車は波状攻撃を繰り返しつつ、数台ずつ去って行った」

さらに次のような説明が続く。

「後に葛根廟の浅野隊を襲った戦車隊は、マリノフスキー極東軍司令官が指揮を執るザバイカル方面隊のうち三十九軍狙撃二個師団に属し、ソロン方面を襲った第十二戦車隊の三十台からなる内十四台が、余勢をかってか葛根廟まで逃げまどう浅野隊を追撃した」

以上は興安学友会の会員で現日銀副総裁の藤原作弥氏の『満州、小国民の戦記』からの引用である。



 暑さと空腹と三十時間に近い睡眠不足と疲れに、逃げ込んだ藪の中で銃弾を受けて苦しむ肉親や友人に夢中で縋り付く子供や、友を助けようにも術はなくそのまま眠って終った人が何人もいたのだった。

畑の中の人達は戦車が遠のいても、危険を感じて動くことが出来なかった。暑い日照りはまだ続きただ一心に水が飲みたかった。

「宏生、父ちゃん、何か食べ物を捜してくるからな」

というと畑を出ていった。一人になると今度は母や弟たちが心配になってきた。もしや戦車に踏みにじられたのではないか。

 母ちゃんは美津子を背負い潔の手を引いている。恐らく満ちゃんも共にいたであろう。母は小柄なだけに凄く心配だ。

 あれだけの弾の中で助かるはずがない。母と離れてもそんなに遠くでないはずだ。と自分なりに想像していた。そういえば自分の荷物も気になりだした。

戦車の攻撃中にも拘らず、馬に乗った蒙古人風の男が馬上から熊手を使って荷物を物色し鞍に積んでは去りまた来ては拾い集めるのが見えた。

 ロシア軍の一方的攻撃に、彼等は昨日の彼等ではなく日本人に堂々と反旗をひるがえしてしまっているのだ。

 そうこう考えているうち父が何か持って戻って来た。固い干しパンで皆と一緒に食べ他のおじさんから砂糖と粉ミルクを貰った。

「父ちゃん、母ちゃん達どうしたかなあ」

「うん…恐らく母ちゃんは死んだな」

 父はもう半分諦めていたようだ。父が皆と話始めたので、

「俺荷物ちょっと捜して来るよ」

「うん行ってこい」

初めて畑の外へ出たのが午後の二時を回っていたであろう。ほとんど風のない炎天下だが、キャタビラが掘り起こした後の土がこちこちになりその歩きづらい事、キャタビラの幅は一メートルもありそうだ。

足を取られながら投げ捨てた荷物を捜した。主のない荷物がそこここに投げ捨てられ先ほどの惨状を物語っていた。

自分の外套と風呂敷包みは見つけたが、肝心の銀行関係の書類の方はなくなっていた。恐らくあの馬の男が取ったのだろう。

たまらぬ暑さに、どこかに水のある場所はと回りを眺め、遠くを見渡しても、期待を持てるような窪地も沢らしき物も見えずがっくりして戻った。


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