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炊き出しに行っていた母があと一釜炊くつもりだったが、偵察機がきて危ないのでやめるよう在郷軍人に言われ帰ってきた。
美津子は口も聞けぬほど弱っていて、炊き出しの時はよそのおばさんに預けられていたらしく私は見ていなかった。
偵察が去ると間もなく夕暮れになり、山頂は強い風が吹いていた。回りは灯りもなく闇に包まれ山下の柳が髪でも垂らしたように、ゆらりゆらりと揺れて見え不気味だったが対照的に穴の側だけ賑やかだった。
「あっ、火が見える!」
すっとんきょうな少年の声につられ私も行ってみると、いつも偵察機のさる方向だった。少年の声に周りの人達も集まり出した。昼間は見えない炎も夜の闇にくっきりと映し出され火は私達の町興安の方だった。火はどんどん広まっているのか大小の火が風に煽られ火の粉までぱっと舞い上がって、町は火の海と化してみえた。
ああもう帰る所はなくなった。住めなくなったんだと感慨無量でながめていた。
「よく燃えてますな」
「相当奴等は荒れてますなこりゃ」
大人がぽつぽつ話す隣で私もじっとわが町の火を見ていた。時々上がる火の粉はどこかの建物が崩れ落ちたのか、さらに火の粉が高く舞い上がった。
「あれじゃ我々の望みはなくなりましたな」
「まあ一からやり直すなら、戻っても仕方がないですな」
父はトランクを持ってきた時母とちょっと話しただけで、またどこかへ行ってしまったままだ。
燃え狂う火を見ながら自分なりに友達とももう会えなくなるんだとおもった。自分が育ったわが家の間取りや広い裏庭、学校の校庭スチームの煙突全てが思い出される。あっ、そう言えばひよこ達どうしてるかな、ちゃんと食べて巣に戻ってるかな。夜の静けさに紛れ遠くで何度か小さな炸裂音が聞えていた。
冷え込みも始まり私も母の所に帰ると、
「母ちゃん、俺たちの町が燃えているの見た?」
「美津子の世話で見ちゃいねえよ」
「いま町中が燃えてるのがよく見えるよ。おじさん達はもう戻れないって、言っているよ」
「そんなに燃えてるんかい、あとで見てみるよ」
雨が降らなかったので湿度もなく人の体温で寒さは感じなかった。入口は柳の枝で塞がれあれこれ考えているうちにいつしか寝ついていた。
何時頃だったか腰の当たりが冷えて小便がしたくなり目が覚めた。暗い中で周りを見るが人の寝息だけで起きてる人は誰もいない。外は真っ暗で入口を塞いだ柳の葉がさらっさらっとなびく音に気味が悪くて立てなかった。誰かが起きるのを待とう、と待つが五分、十分たっても誰も起きない。やっと一人のおじさんが起きたのを見て私は急いで後に続いた。
外に出た途端冷たいそよ風が頬をなぜる。急いで町の方角へ向かい尿を放出する。我慢は限界に達していたため最高に気持ちがいい。用を足しながら町を眺めると、炎の勢いはやや下火になっている。それを見届けると直ぐ寝ぐらに戻る。うつらうつらしているうちにおばさん達の声で目が覚めた。弟達はまだよく寝ていた。人の足を踏まぬ様に慎重に外へでる。朝の深い霧で外は全然見えなかった。
私は両手を大きく広げ深呼吸をしてみた。穴の中は寒くなかったので熟睡して気分良好人々も次々に穴から出てくる。
「お早う。お早う」
笑顔で挨拶が交差する。帰るところを失った同じ境遇の仲間同士の挨拶だった。柳の木の下ではおばさん達の朝の炊き出しに大わらわであった。
朝の霧も次第に晴れてくるとつい町の方を見てしまう。遠くの家から出る淡い煙や川の罫線がずっと続いて見える。たしかその川下の当たりに飛行場が有るはずだ。でも霧が邪魔をして遠くを見るのは不可能だった。
今年の春の遠足に、母の作ってくれた日の丸弁当を持ち飛行場見学に行った。運よく兵隊さんに機内の座席に座らせてもらいボタンの説明や簡単な操縦法を教わり、私は頬を赤く染めて聞き入り飛行機の素晴らしさを知った。
次の日、遠足に行けなかった学友に少し法螺が吹きたくなった。
「おい、お前は飛行機に乗った事があるか?」
「ない」
「そうだろうな、俺は乗せて貰ったぞ。ゼロ戦より大きかった」
「へえー、凄いな。そしてどうした」
「うん座席は二つあって右座席に俺が座ってな。左座席に兵隊さんが乗り舵を握って操縦してくれたんだ」
「ふーん、気持ちよかったろうな」
「そりゃ気持ちよかったぞ。だがな空はでっかく見えるが窓が高くて下を見たくても見えないには参った」
「そりゃそうだろう、だが着陸体制に入れば陸地は見えただろう?」
「それがなぁ、操縦席から出るまで陸地が見えんかった」
「そんな馬鹿な、お前本当に乗ったのか」
「疑るな乗ったのは本当だ。誰が飛んだといった」
友はちょっと、きょとんとしていたが、
「この野郎引っ掛けたな」
「アッハハハ、誰が真面目に聞けといった」
いつの間にか他の学友も聞き入り大笑いだった。
町の方は火の消えた後のような煙だけが立ちのぼって見えた。
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