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文化とは何かと考えたことがあります。 文化勲章。文化人。知識人。知識人と文化人の違いは何かとも考えます。 文人と文化人は異なるのか。文明と文化の違いは何か。 食文化、地方文化とは何か。 一体、文化とはなにでしょう。 『ドナウ文化圏』と言う言葉もあります。 価値と大いに関わりのある言葉。お金と大いに関わりのある事場のようです。 岩内は歴史上、運上屋の請負契約書が現存・確認できた年を開基に定めました。 始まりって、そう言うもののようです。 運上屋とは何か。それは、グーグルで検索して下さい。 鰊場所として栄えた港町です。当時は、冷蔵庫もプラスチックもない時代。 経済活動は輸送手段と容器ですから、鰊場所は、北前船で、樽船とも言われました。 当時の、産業用具は、鉄器と木工器と竹器と粘土器です。 そのため、漁師町岩内には、様々な産業が生まれました。 木工容器製造者、竹細工用具製造者、縄卸売り業者、炭屋、酒屋、 そうした産業は時代の中で盛衰します。 輸送手段が、自然エネルギーから、内燃機関に置き換わります。 焼玉エンジンと言う内燃機関は、実は蒸気機関のようです。機関車と同じ仕組みのようです。 岩内は、機械船によるスケソウ延縄漁の発祥の地となりました。 当時、岸壁に何層にも係留されたスケソウ延縄漁の写真があります。 漁業は輸送が大きな活力でもあり、それに付随して様々な産業が生まれます。 かって、岩内は人口密度日本一を誇った時代がありました。 夏目漱石は、その岩内に戸籍を置いた、文化人であり、文人であり、漢学者でもあったようです。
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岩内のお店
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郷土館の改築が終わり、展示が再開。しばらく、無料開放されています。 郷土館って何でしょう。郷土の館(やかた)です。郷土を語る館と考えています。 ですから、もちろん、岩内に関する品々が展示されています。 かって、運上屋がおかれ、鰊産地として多くの人が往来訪され、栄枯盛衰がありました。 鰊長者も生まれ、日本各地から、生活文化の移入が盛んでした。 北海道で最初に水力発電所か民営された地でもあります。 そうして移入された文化。それもまた、盛衰があります。 郷土、岩内は一体何だったのか、改めて考える館のような気がしました。 今回の展示では、岩内場所以前の縄文期の遺物の展示等、まだ整理されていないものも沢山あります。 しばらくは、無料開放との事、是非この機会にも足を運び、 岩内再発見をしてみてください。 足を運ぶたびに、再発見させられる様々なものが展示されている。 それも、郷土館であるような気がします。 展示物の中でには、この岩内で製造された品々や文化と、外部から移入された(購入)文化物もあります。 是非、・・・・。
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岩内のお店と言う事で、岩内地方や、あるいはお店(サービス業)について紹介してきました。 職業分類に1次2次3次と言う分類があり、3次産業はサービス産業です。金融業、プロダクション業、外食産業など等、人が沢山あるまる所では、本来、その人個人で行っている、出来る事を、提供する事業のことです。 学校の先生、役場の方、国会の先生、官僚さんたち、みんな、みんなサービス業です。 昔は、川原乞食と言われる旅人がいました、旅芸人です。 昔の、職業分類は士農工商で、その土地で職を営む人の分類でしたから、タレントさんも、限定されていた訳です。 自分の大好きなピアニスト、西村由紀江さんのコンサートが二日連続で開催されます。 コンサートホールはとまりん館のオリエンテーションホールです。180席ですので、限定申し込み早い者順になるのでしょうか?抽選にでもなるのでしょうか? 昨夕、久しぶりでとまりん館に行きました。泳ごうと思いつきました。体を動かす機会が少なく、ちょっと、体調のすぐれない時間や部分があるので、全身運動をしようと思ったからです。写真を撮りました。 添付した写真を紹介します。 1枚目は西村さんのコンサートの案内。「とまりん館」の機関紙332号を写しました。 2枚目は「とまりん館」の到着時、目に付いた風車です。適度な風が吹いて回っていました。 3枚目はNHK出版で出した、ピアノレッスンのテキストで、講師は西村さんです。 4枚目は、泳ぎ終わり、帰路につく前に撮った写真。緑色は街灯の光が反射しているからです。 5枚目は、西村さんの、エッセー集の表紙です。 6枚目は月と「とまりん館」です。 下弦の弓のような月でした。ヤガテ新月・・・かな?
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岩内のお店を紹介させて下さい。今年のオープンは何時になるでしょう。 バブル期に日本中にオープンしたのが、ゴルフ場です。 それが、又、地価を上げ、経済を潤していたのですが。 地価って、一体何なのでしょうか? お金が活力・エネルギーと同質と考えるならば、その土地が産むお金(活力・エネルギー)そう言うものがある訳で、それに比例して地価は定まるものではないでしょうか。 岩内のお店、パークゴルフ場を紹介します。 岩内町が補助を受け、町民の健康施設として設置しました。高齢の方も、自然の中で、体を動かし、友と語らう事で、健康で活力に満ちた生活を送って欲しいと設置したものです。 近代化、機械化の中で一次産業中心の地方都市は、労働の場を失ってきました。そうした時代を背景に、インフラ整備と言う事で地方の仕事を生み続けてきました。 それが、日本の地方自治だったような気がします。 岩内のお店。パークゴルフ場。今日の写真を4枚。去年の写真を2枚添付しました。 1枚目の写真は、みぞれ雪の下の芝生を撮りました。雨交じりでしたので、車の中からの撮影です。丸い光の輪はフロントガラスの水滴が写ったものです。 最後の2枚は、去年の6月5日の写真。 今年は、春の気温、昨年以上に暖かかったり寒かったり、まあ、北海道と言えば北海道らしく大陸的と言えるのだと思います。 例年ですと、ゴールデンウイーク前後がオープン日だったような気がします。 今年の緑の状態ですと、案外オープン早まるのかもしれませんね。 オープン日についてのお問い合わせは、0135-62-1011岩内役場にお願いします。
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銀座通り・・・岩内町万代と栄になります。国道229号線の通りです。 週刊朝日でレトロを訪ねると言う記事があり、看板建築と事を書いていました。 関東大震災の後、立替を迫られたお店が、通りに面する壁面をすべて看板にみたてて、レイアウトして立て替えたようです。 岩内町は昭和29年の大火により、国道229号線を商店家屋は全て消失してしまいました。 この婦人服のお店の前は、眼科、その前は・・・で、下が店舗で上が住まいとなっていました。 お店はつい2年ほど前に、同じ岩内から移転してきました。 2階が使われているのか、どうか? 岩内町は昔は(古い町制区画)で、日本で一番人口密度を誇った自治体でした。 したがって、医療過疎の時代はなかったようです。現在も個人の医院は結構あるのです。 そうして、そうした医院が設備した入院用の病室は・・・現在空き部屋となっています。 医療の専門化により、1次診療、2次診療、3次診療の考えがこうした入院病室の空洞化を推し進めたようです。 総合病院である、協会病院以外で、入院ベットがあるのは、大浜医院(人工透析処置20床かな)だけではないでしょうか? 婦人服の向かいにも、同じように婦人服中心のお店があります。 薄暮の通りのショーウインドウーは素敵に心を和ませます。 それは、決して自分だけではないと思います。 街灯の明かり、 暮れなずみ次第に濃さをまして行く夕の空。 そんな、中で家路を急ぐ小さい頃の想いが甦るのかもしれません。 大きな建物の中からこぼれる明かり。 人がいて、人が生きている温もりを自分は感じているのかもしれません。 薄暮のショウウインドーは素敵です。 『ショウほど、素敵な商売はない』と言う映画もありました。 人は、誰かに見られていると言う意識の中で、生きているのでしょう。
人は、社会と世間に見られて生きてゆかなければならないのでしょう。 |







