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親を亡くした子らの思い、グラウンド・ゼロで交流
2007年09月11日11時44分
米同時多発テロから6年がたった今年、このテロや災害などで親を亡くした子たちが、ニューヨークに集った。イラクの少年も参加する予定だったが、米国の許可が下りずに断念した。「家族を失った悲しみに、国の壁はないはず」。まだ実現していない平和な世界に向け、希望を持ち続けることを誓った。
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ニューヨークで5日、世界貿易センタービル跡地を訪れ、悲しみを分かち合うテロ犠牲者の遺児と、日本の災害遺児ら=あしなが育英会提供
9月11日の同時多発テロの追悼式を目前にして、テロで倒壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡地を、ここで父親を亡くしたヤリッザ・メレンデズさん(14)や阪神大震災で父親を亡くした神戸市の伊藤侑子さん(20)らが訪れた。
交流は、親を亡くした子どもを支援する日本の「あしなが育英会」の企画で実現。この夏、テロ、イラク戦争、津波などで親と死別した遺児100人を日本に招待し、キャンプをした。遺児らが描いた平和を願う絵、作文、千羽鶴を携え、9・11の追悼式にむけて代表者らが米国を訪問する計画だった。
だが、国の壁が立ちはだかった。米大使館はイラクの少年、モハメッド・ラジャブさん(17)のビザを発給しようとしなかった。
「モハメッドとは本当にいい友人になれたのに」。同時多発テロで父親を亡くしたヒラリー・ストラッチさん(17)は話した。「すべての米国人が彼らを傷つけようとしているわけではない、と彼はわかってくれた。そして私も、イラクには普通の家族が住んでいると知ったんです」
南棟の上層階で、父親を亡くした。電話で「全員を避難させようとしている」と伝え、消息を絶った。いまだに世界貿易センター跡地、「グラウンド・ゼロ」へは足を運ぶことができない。
その心の傷を乗り越え、ヒラリーさんはイラクの少年と友情を結んだ。「これ以上、孤児を生むのはもういや。平和の実現には、戦争は決して選択肢ではない」
遺児らが書いた作文の題は「もし自分が大統領だったら」。
イラクのモハメッドさんはこう書いた。「世界中の戦争をやめさせ、イラクに平和と安定を実現したい。僕の声が世界の人の耳に届くよう願う」
ニューヨークに行けば、イラクに帰国した際に親米派とみられ、テロの標的になる恐れもある。それでも、自分の声を伝えるため、渡米を決心していた。
9月11日午前8時40分(日本時間同日午後9時40分)に始まる同時多発テロの追悼式には、孤児たちも参加する。
日本から参加した神戸市の安達瞳さん(21)は言う。「差別も偏見もない平和な世界が実現するには、私の一生では足りないかもしれない。でも、国が違っても分かり合えることを知った今、希望を持ち続けられる」
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