歴史徒然:History Tsurezure

至福は浦和レッズレディースの応援&歴史ブログUP・ラフレでの温泉入浴&さいたま新都心花木散策・コックン寄道・昭和歌謡を聞くこと

通信講座(言語復原史学)

すべて表示

明確に確認できた倭の五王の皇統

『浦和レッズレディース』http://www.urawa-reds.co.jp/ladies/
『猶本光サポーターズサイト』http://hikaru-naomoto.net/

≪明確に確認できた倭の五王の皇統≫

 ※出典:加治木義博
     大学院講義録09:30

 これはさらに確認できるものがある。

 それは<イザマワカ>である。

 石日売が産んだ皇太子は<伊耶本和気>。

 これは<伊邪木=イザナキ>だとよくご存知だ。

 高木入日売−伊奢真若(イザマワカ)。

 葛城野伊呂売−伊奢麻和迦(イザマワカ)。

 石日売−伊耶本和気だから、

 女王が産んだ皇太子が<イサナキ>の

 名乗りをもつ原則がわかる。

 また<石>=<イシ>と<イサ>が
 共通音をもっている。

 <砂=イサゴ=石子>、
 <石=イシ>、
 苗字の<石動=イスルギ>、
 <石の上神宮=イソのかみ>、
 
 と見てくるとサシスソが揃うから、
 <イセ=伊勢>もまた
 <石>と同じものだとわかる。

 すると名替えの
 <伊奢沙(イザサ)和気の大神>も、
 垂仁天皇の五(イ)十狭(サ)茅(チ)も
 全てがこの<石>と同じものとわかる。

 ではこの<石>は何を意味するのか?。

 パーリ語でisiイシは
 卑弥呼の観世音菩薩と同じ仏であり
 聖(ひじり)者=日知りだ。

 日知りは日を見る日見子にも天照大神にも
 通じるから
 石日売が女王であり最高位の存在で、
 品陀真若も応神も夫の仁徳天皇も皆、
 「石の王(イサナキ)」なのだ。

 これで<イサナキ>は決して
 神話時代だけの存在ではなく、
 3世紀の
 伊声耆(イサンギ)と五十狭茅(イサチ)も
 彦五十狭芹彦も同一の名乗りだったのであり、
 履中天皇もそれを世襲した一人だった。

 倭の五王たちは
 垂仁天皇の邪馬壹政権の後継者だったことが
 明確に確認できた。

 ここまできて始めて何故?
 名乗りが倭国の真の支配者を教え、
 真の史実を明瞭に復元することができるのか、
 はっきり明快に理解できたのである。

 M.K記(責) 

その他の最新記事

すべて表示

『My ブログ』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1696745.html 『生涯学習(History)』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkaneh ...すべて表示すべて表示

『My ブログ』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1696745.html 『生涯学習(History)』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkaneh ...すべて表示すべて表示

『My ブログ』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1696745.html 『生涯学習(History)』 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkaneh ...すべて表示すべて表示


.


みんなの更新記事