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書庫歴史徒然

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日本誕生
卑弥呼を攻めた神武天皇
加治木義博

《地名説話のいたずらが生んだ[東征]》

 地名も[一書]を見つけ出す手がかりになる。

 例えば
 [神武紀]にある
 [菟田(ウダ)の穿(ウガチ)]という土地は従来、
 奈良県宇賀志(ウカシ)村だというのが定説だ。

 だが
 [神武紀]をよくみると、
 兄滑・弟滑の[滑(うかし)]も
 この地名に一致するし、
 吉野で漁をしていた者が
 阿太の養鷓部
 (ウカヒ=鵜飼い=とと<シ>は方言差)の
 始祖だと名乗った名も同じもので、
 この村だけが候補地だということにはならない。

 この三つは、
 やはり[一書]と同じく、
 別の氏族の伝承であり、

 18氏の中に
 沖縄人と鹿児島人とが
 確実にいたことを立証しているし、
 編集者たちが、
 同じものだと見抜けずに、
 別の人、別の事件としてつないだ。

 それが大和(奈良県)の地名に合うために、
 すべて奈良での出来事という
 錯覚を植えつけたと分かる。

 では
 編集者たちは意識して
 大和に見えるように工作したのだろうか?

 この地名の[奈良化]は
 なぜ起こったか考えてみよう。

 それは
 持統天皇時代の各氏族の伝承には
 すでに意味不明の部分があり、
 それを
 [自分たちの狭い知識の中で解釈した話=説話]
 で修飾していたことを示す。

 だから当然、
 居住地の大和の地名と結びつけられた。

 『書紀』編集者はそれを無批判に
 [東征]物語の補充に使ったから、

 何もかもが奈良県での出来事にみえるだけで、
 決して意識して工作したものではない。

 M.K記(責)
 連絡先:090-2485-7908

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