歴史徒然:History Tsuredure

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『浦和レッズレディース』http://www.urawa-reds.co.jp/ladies/

 歴史学講座『創世』さいたま再成塾
 日時:2018/01/25(木)13:30〜16:30
 場所:With You さいたま 
    ホテルブリランテ武蔵野:4階セミナー室3
      午後1時30分から4時30分まで

 主催者:歴史研究家「小嶋 秋彦」
  ※『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代

  講師:歴史研究家 小嶋 秋彦

 課題:1970年代以降来日中国留学生は急増した
    ―古くから中国にも日本の友人たちがいる―

 1.留学生数の推移
   〔昭和58年(1983)〜平成25年(2013)〕

 2.留学生の所属別推移
   [大学院、大学(学部)、短期大学、
    高等専門学校他]
   
 3.出身国(地域別)留学生数
   出身国(地域別)短期留学生数

 4.日本留学生送り出し国別状況
  (1)中国
  (2)韓国
  (3)ベトナム
  (4)台湾
  (5)インドネシア
  (6)タイ
  (7)米国

 5.帰国留学生の母国における活躍
  (1)日中青年交流センター計画
    〔北京大学、精華大学、復旦大学、
     上海交通大学、浙江大学〕

  (2)〔香港〕
    アジアの将来指導者育成
    奨学基金:百賢アジア研究院
    元香港留学生 曹其瓢

  (3)〔マレーシア〕
    ジョホールの盆踊り大会
    [2013年延べ3万人に上る
     参加者を集めた]

  (4)〔ラオス〕
    ラオスで理想の教育、
    夢の一歩前進、
    チャンタンソン・インタヴォンさん
    元留学生、
    1982年「ラオスの子供」設立
    ホアイホン職業訓練センター代表

  (5)〔ベトナム〕
    ドンズー(東遊)日本語学校
    <ホーチミン、ハノイ他>
    元留学生グエン・ドク・ホエ氏:校長
    急増する(来日)ベトナム人留学生
    [2010年〜2014年]

  (6)〔タイ〕
    泰日経済技術振興協会、泰日工業大学
    元留学生が設立・発展
    スポン・チャユットサハキット氏
    他たくさん

 6.外国人留学生の日本での就職活動

 ㈶アジア学生文化協会は
 1957年(昭和32年)に設立されました。

 同協会の事業目的に
 「日本とアジア諸国の青年学生が
  共同生活を通じて、人間的和合と
  学術、文化および経済の交流を
  図ることにより
  アジアの親善と世界平和に
  貢献することを目的とする」
 とあります。

 この「アジア」はすでに昭和30年代から
 アフリカ・ラテンアメリカに拡大され、
 今では
 西欧の一部諸国も対象となっています。

 財団法人としての設立は
 上記の通りですがその前身は
 第二次世界大戦前の「至軒案」、
 戦後に改称され
 現在も東京大学赤門(文京区)近くに
 「新星学寮」とある学生寮がそれです。

 今回は同協会の現理事長の小木曽さんに
 その永年の経験によるアジア諸国の
 人々との共存共栄との相互理解の実歴を
 お話いただくととします。

 M.K記(責)

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 歴史学講座『創世』さいたま塾
 日時:2018/01/11(木)
 場所:With You さいたま 
    ホテルブリランテ武蔵野:4階セミナー室4
      午後1時30分から4時30分まで
 主催者:歴史研究家「小嶋 秋彦」
  ※『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代

  講師:歴史研究家 小嶋秋彦 
 課題:古代の大勢力「天津彦根命」の族類
    ―弟「活津日子根命」は
     鹿島神宮〔茨城県〕の祖神―

 1.『古事記』の天津日子根命・活津日子根命の
   「成れる」伝承
  
 2.『日本書紀』の天津彦根尊の
   「生まるる」伝承

 3.『古事記』の天津日子根命の後裔

   凡川内國造、額田部湯坐國造、茨木國造、
   倭田中國造、山代國造、馬来田國造、
   道尻岐閇國造、周芳國造、倭淹知造、蒲生稲付、
   三枝造等
 
 4.『日本書紀』天津彦根尊の後裔

   凡川内直、山代直

 5.『先代舊事本紀』國造本紀


 6.『新撰姓氏録』の天津彦根命の族類

 7.太安麻呂の父の名は<ホムチ>

 8.子部神社=「延喜式」神名帳 大和國郡
        子部神社二座

   「和州五郡神名帳大略註解」
    祭神 天之穂日命、天津彦根命
 
   (現)奈良県橿原市飯高町
    ※祭神二座:天津彦根命、活津彦根命が
     本来とみられる
       
 9.「當社例傳記」の末社〔鹿島神宮文書〕
     安津宮ハ活津彦根命〔(現)奥宮とみられる〕

 10.大生神社〔茨城県潮来市大生((旧))飯富郷〕
   及び鹿島神宮の伝承<元鹿島>

 11.多坐弥志理都神社〔奈良県十市郡田原本町多〕
   弥志理〔ミシリ〕の語義

 鹿島神宮〔茨城県〕のご祭神は
 武甕槌神と称されています。

 しかし「元鹿島」という
 大生神社〔潮来市〕のご祭神は
 武御雷之男神と言います。

 両名神は共一の神なのでしようか。

 やはり大生神社の大元「南都」の宮に
 その理由を尋ねる必要があります。

 そこに出会う神が天津彦根命と活津彦根命です。

 今回の講座では同神宮に関係ある
 「茨城(木)國造」ばかりでなく
 関東など広きに亘って勢力を伸ばした
 天津彦根命と活津彦根命の勢力について
 その登場伝承やその後裔である
 太安麻呂(古事記の編者)まで言及して
 ご説明申し上げます。


 M.K記(責)

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 歴史学講座『創世』古代史注釈
 日時:2018/01/08(月)13:30〜16:30
 場所:草加市文化会館2階第一研修室
     草加市松江1-1-5 ☎(048)931-9325
 主催者:歴史研究家「小嶋秋彦」『日本創世紀』の著者
  ※『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代

  講師:歴史研究家 小嶋秋彦 
 課題:古代の倭国及び韓半島の養蚕の地
    ―シナより東邦へ養蚕技術を
     もたらしたのは「倭人」―

 1.『後漢書』『魏書韓伝』にみる韓半島の養蚕
 
 2.『後漢書』『魏書倭人伝』にみる倭国の養蚕

 3.韓半島・倭国に遺留されている
   「倭人」の言葉と地名

  (1)特に「星」名〔伽耶・高野〕及び
    「名護屋」「名古屋」

  (2)一、二、三、四〜十:
    「イチ、ニー、サン、シー〜ジュウ」

 4.白木神社:繭は「石」と呼ばれた

 5.「コシマ(小島)」と「小林」

 6.王丸〔(現)糸島市(前原市)〕の
   「オオマル」と「コシマ」

 7.「おかいこ」と「カイ(ケイ)」

 8.「カラ(唐)」「蛾」「羅」の
   〔「爾雅」揚子江流域の言葉〕

 9.韓半島南部の「青州」また「慶(州)」「金」

 10.伽耶山と「洛東江」名の語源


 養蚕の起源について日本国内の認識は
 未だ不透明です。

 日本にも古来「野蚕」との糸を出し
 「まゆ」を作る虫はいて現在も各地に生息しています。

 しかしいわゆる「養蚕」は大陸から日本列島へ
 倭人が渡来した際、伝承した生業です。

 本来四川省など「嫘祖」に係わる地方では
 「おかいこ」さんは
 「蠶」字であらわされていました。

 「蚕」字は元来「みみず」で
 後世に借用しているのです。

 魏志倭人伝の時代は
 紀元1世紀から3世紀までで、
 この時期倭国においてもかなり多量の
 「絹糸〔緜〕」が産出されていました。

 そのように同伝は記述しております。

 その実体を関連の考古学的資料も
 ご覧に入れて「日本創世紀」に即し紹介します。

 それら傍証となる史料はかなりに上ります。

 「倭人の絹」は同書の重要な中心的課題です。

 当時の倭をとりまく国際的社会情勢を知り、
 倭〔日本〕の特性を把握するのに大事な事項です。

 また21世紀以降の日本にとって
 世界に向かって日本の国柄を紹介し、
 その文化程度の高さを案内するのにも
 大事な事項です。

 わたしたち日本人は
 真の古代文化の価値を認識すべきでしよう。

 M.K記(責)

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 歴史学講座『創世』古代史注釈
 日時:2018/02/05(月)13:30〜16:30
 場所:草加市文化会館2階第一研修室
     草加市松江1-1-5 ☎(048)931-9325
 主催者:歴史研究家「小嶋秋彦」『日本創世紀』の著者
  ※『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代

  講師:歴史研究家 小嶋秋彦 
 課題:魏書倭人伝の倭の諸国地理
    ―邪馬台国への道程と
     その時代の国際性―

 1.狗邪韓国から不弥国まで
  (1)狗邪韓国
  (2)対馬国
  (3)一大国
  (4)末廬国
  (5)伊都国
  (6)奴国
  (7)不弥国 

 2.投馬国〔不弥国から水行二十日〕

 3.投馬国から邪馬台国への道程
  (8)傍国の「奴国」
  (9)弥奴国
  (10)斯馬国

 4.邪馬台国への経路
   〔南水行十日陸行一月〕

 5.邪馬台国は「御木国」にあった
  (1)「邪馬台」の祖語と語義
  (2)巨木伝承〔風土記逸文など〕
  (3)御木国は邪馬台国の所在地
  (4)諏訪〔大牟田市〕と
    「ミリンダ王の問い」の
    「スヴァルナ・プミ」
  (5)「アリアケ〔有明〕」の
    祖語と語義

 「日本創世紀」第二章からは
 「邪馬台国時代の国際性」を
 主題としております。

 その解釈のためには魏書倭人伝が
 かなり詳細に説明している倭の国々、
 特に「邪馬台国」の位置を明確にし、
 「卑弥呼」の職掌の性格及び
 巫女として奉祭する信仰をも
 明確にする必要があります。

 21世紀になった今日においても
 邪馬台国の所在地について
 不毛な遣り取りが
 繰り返されている有様です。

 肝心なのは
 同時代がどんな社会であったかを
 分析することです。

 例えば「倭錦」との一語が注目されます。

 その真相把握のためには広範囲の検討を
 加えなければなりません。

 「錦」は日本語では伝統的に
 「にしき」といいますが、
 その理由、語源はなにかといった
 事柄を検討するのです。

 況(いわんやましてや)
 「邪馬台」呼称の本実は重要です。

 「ヤマタイ」なのか「ヤマト」なのか、
 はたまた「ジャマタイ」なのか、
 その由来にどういう背景があるのか、
 当時の「倭」を取り巻く
 社会の特性を考察すべきです。
 「日本創世紀」は
 諸固有名詞や事項について
 その言語的系譜を
 実証的説明しております。

 この「古代史注釈」においても
 明確に注釈を加え、
 疑問にお答申し上げます。

 何しろ著書の中に
 全(すべ)ての研究内容を
 記載するのは不可能でしたから。

 M.K記(責)

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 日時:2018/01/25(木)13:30〜16:30
 場所:With You さいたま 
    ホテルブリランテ武蔵野:4階セミナー室3
      午後1時30分から4時30分まで

 主催者:歴史研究家「小嶋 秋彦」
  ※『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代

  講師:歴史研究家 小嶋 秋彦

 課題:1970年代以降来日中国留学生は急増した
    ―古くから中国にも日本の友人たちがいる―

 1.留学生数の推移
   〔昭和58年(1983)〜平成25年(2013)〕

 2.留学生の所属別推移
   [大学院、大学(学部)、短期大学、
    高等専門学校他]
   
 3.出身国(地域別)留学生数
   出身国(地域別)短期留学生数

 4.日本留学生送り出し国別状況
  (1)中国
  (2)韓国
  (3)ベトナム
  (4)台湾
  (5)インドネシア
  (6)タイ
  (7)米国

 5.帰国留学生の母国における活躍
  (1)日中青年交流センター計画
    〔北京大学、精華大学、復旦大学、
     上海交通大学、浙江大学〕

  (2)〔香港〕
    アジアの将来指導者育成
    奨学基金:百賢アジア研究院
    元香港留学生 曹其瓢

  (3)〔マレーシア〕
    ジョホールの盆踊り大会
    [2013年延べ3万人に上る
     参加者を集めた]

  (4)〔ラオス〕
    ラオスで理想の教育、
    夢の一歩前進、
    チャンタンソン・インタヴォンさん
    元留学生、
    1982年「ラオスの子供」設立
    ホアイホン職業訓練センター代表

  (5)〔ベトナム〕
    ドンズー(東遊)日本語学校
    <ホーチミン、ハノイ他>
    元留学生グエン・ドク・ホエ氏:校長
    急増する(来日)ベトナム人留学生
    [2010年〜2014年]

  (6)〔タイ〕
    泰日経済技術振興協会、泰日工業大学
    元留学生が設立・発展
    スポン・チャユットサハキット氏
    他たくさん

 6.外国人留学生の日本での就職活動

 ㈶アジア学生文化協会は
 1957年(昭和32年)に設立されました。

 同協会の事業目的に
 「日本とアジア諸国の青年学生が
  共同生活を通じて、人間的和合と
  学術、文化および経済の交流を
  図ることにより
  アジアの親善と世界平和に
  貢献することを目的とする」
 とあります。

 この「アジア」はすでに昭和30年代から
 アフリカ・ラテンアメリカに拡大され、
 今では
 西欧の一部諸国も対象となっています。

 財団法人としての設立は
 上記の通りですがその前身は
 第二次世界大戦前の「至軒案」、
 戦後に改称され
 現在も東京大学赤門(文京区)近くに
 「新星学寮」とある学生寮がそれです。

 今回は同協会の現理事長の小木曽さんに
 その永年の経験によるアジア諸国の
 人々との共存共栄との相互理解の実歴を
 お話いただくととします。

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