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中学生の頃ですか……こんなもんを書いたのは笑
セカンドライフ H.M
冬は嫌いだ。
何故って……滑るから。
滑ると、何か体だけじゃなくて、「自分」っていう物理的ではない価値みたいなのも揺らいだような気がして、恥ずかしいから。
なるべく夜がいい。滑った所を見られたくないから。でも、夜道は滑りやすい。
世の中、理不尽だらけ。
目の前に倒れているのが、自分だって気づくのに数秒掛かった。
何だ……。
脳裏に、何かがフラッシュバックした。
猛スピードでこちらに向かってくるトラックには気づいていた。ライトが眩しかったから。でも、それに目が眩んで足を滑らせてしまった。
僕の体は驚くほど遠くに投げ飛ばされていた。そうだ、今僕が立っているこの位置が、事故の起こった場所。
ひき逃げ……。
次第に、怒りに胸が熱くなる。
世の中は、ああいう奴がいるから、明るくならないんだ。
僕は界隈をぐるりと見回すと、そっと、「自分」に近づいていった。
見るのが怖い。きっと無惨だ。きっとひしゃげてる。そんな自分を客観視したくない。
「では、見なければいい」
声がした。
不意に、何処からか。当然ぎょっとなって首を回したが、何も見当たらない。閑散としたバス通り。
気のせいだろうか?
「気のせいではない」
すると、目の前に何かが降りてきた。ふわり。
僕は目を丸くしたと思う。
女の子だった。
全身黒い服を着てる。スカートはちょっと短めかも。
「初めまして」
丁寧にお辞儀をされた。反射的にやり返す。
「ジグレ、と呼称するといい」
「……僕は」
「西田 朔」
少女は、表情を崩さず、抑揚のない調子で言った。
「午後七時二十三分十七秒コンマ二二。よかったら覚えておくといい」
「何……それ?」
「君の時間の終わった瞬間」
少し腹が立った。
「君は誰」
僕は僕と「僕」に挟まれて立っている、背の低い少女に尋ねた。
「何だと思う」
遊ばれている?
「天使?」
「鬼」
最悪の答え。息を呑むと、ゴクリ、と、わりと大きな音がした。
「だったらどうする?」
完全に遊ばれている。
「じゃあ何なの?」
「何でもない。ただの案内人」
案内人……。
「天国……地獄の?」
妙に全身に寒気がする。でも、外の空気のせいじゃない。どういうわけか突然、息が白くなるのも止んだ。
すでに命を感じる要素が薄い。そういえばこの少女の息も白くない。
「それはまだわからない」
「え?」
「私は地上にいる間の案内人」
「地上にいる間? これから、何処かに移動するの?」
「する」
「どれくらい地上にいられるの?」
「三十分」
少女は瞬き一つせず、ただじっと僕の目を見てる。見返すと、何かこっちが恥ずかしくなって先に反らしてしまう。にらめっこが強そうだ。
「えっと……何かすればいいのかな?」
二人とも無言になると、やけに寂しく感じたから、話しかけてみた。
「好きにすればいい。いずれにしても、消える」
「三十分……なるほど、こういうルールだから、魂で地上が溢れかえらないんだね?」
「そうなる」
「でもな……家帰っても、何も触れないんだよね?」
「触れない」
「でも……どうだろう。一応、最後に見納めぐらいしとこうかな」
「好きにすればいい」
僕は、歩き出した。
早歩きで帰路の続きを進む。
「あの……」
振り返ると、少女がすぐ後ろを着いてきているのがわかった。
「何してんの……?」
「三十分間、君に取り憑く」
幽霊も取り憑かれるんだな。
「あのさ、空、飛んだりとか、出来ないの?」
「出来ない」
あっさり言われた。
「じゃあ、歩かなきゃならないの? 早く移動する術とかないの?」
「元の個体の能力を超えることはできない」
わかりやすい説明だった。
「で、でも……壁抜けは、出来るだろ……?」
「出来る」
超えてんじゃん。
「じゃあ、そこの民家の中をスルーして、反対の道に出られるよね。そうすると近道なんだ」
「好きにすればいい」
また静寂がやってきた。無言のまま早歩き。確かに壁抜けは出来た。出来たらどうなんだろうなぁといろいろ考えたことはあったが、やってみると以外と自然だった。
「あ、でも……変だ。何で床を抜けたりとか出来ないの? だったら地下とかどうなるのさ。地面が壁みたいなもんなんだし」
「嘘」
「……?」
「今までの話、全部嘘。やってみれば出来る」
僕は空に舞い上がった。
一度でいいから空を自由に飛んでみたいって思ってた。僕は夜空に舞い上がる。体は思い通りに動いた。飛翔する速さとかも、どうやら自由自在のようだ。
ただ、風の抵抗などは全くないので、思ったより気持ちよくはなかった。
やはり少女も着いてくる。
「そういえば、君も空から降ってきたんだったね」
「そうなる」
僕は上空から自宅を探した。以外とすぐに地形が理解出来て、安心する。
「あ……」
下降し始め、ふと上を見上げたら、ちょうどそこに少女がいて、下からだから「中」が見えた。
白だった。純白。白と黒のコントラスト。
「覗くのは、やめてほしい」
初めて少女の表情が変わったような気がした。
屋根の上から、自分の部屋に入った。
「ああ……これが最後になるのか……」
部屋の片隅にあるギター。おもむろに持ち上げようとしたが、その手は願いを叶えてはくれなかった。
部屋を出、階段を降り、リビングに入った。
いつもの光景だった。食卓は準備万全で、お袋は台所に立ち、弟はテレビを見て寝転がり、親父はパソコンの前。
僕が帰るのを、待っている……。
「朔、遅いな」
唐突に親父に名前を呼ばれ、少しギクリとする。
「先に食べよー」
弟が台所のお袋に語りかける。
「だーめ。朔だって頑張ってくるんだから。みんな一緒でしょ」
「そうだ。みんなで囲んで食べるのが一番ウマいんだから。家族みんなで輪になって。俺はその瞬間が一番幸せなんだからな」
何だろう。
「うふふ。それに今日は朔の好きなオムライス。先に食べてちゃ、きっと怒るわよ〜」
「じゃあ俺、お兄ちゃんのに、先にケチャップで落書きしとこっ」
「やめろ……」
僕は思わず、弟に語りかけてしまった。震える声で。弟は僕の体を通り抜け、食卓の、僕の席に着いた。
僕はその場に崩れる。
「やめろよ、この……」
涙で視界が歪んだ。
「後残り十分」
少女の冷静な声に、我に返った。
「十分……か」
とぼとぼ歩いて家を出て、再び暗闇の通りに出る。
「本当に……人に触れることは出来ないんだ?」
「できない。でも、まれに具現されることもある」
「え? ……じゃあ心霊写真とか、ビデオとかのって……本物?」
「9割以上はフェイク」
まさか信じていなかったけど。
「じゃあ、あのイタコとか、オーラの泉とかのも……本物?」
「9割以上はフェイク」
僕は道の真ん中に寝転がった。真上を車が一台通る。
何か見たり聞いたりしても、それを誰かに伝えることも出来ないもんな。
溜息が零れる。
何だか……今まで普通に生きてきて感じたことのなかった感情に、苛まれている。
けっこう……生きるって……
「いいもの?」
真上から少女が見下ろしている。また、「中」が見えた。
「うん……」
僕は上半身を起こす。
「何だかんだ言って、やっぱり死にたくないな」
僕は再び溜息をついた。
「もう二度と……生き返れないんだね……」
「生き返れる」
思わず全身の力が抜けてしまった。
「生き返れるの? ……あ、転生、みたいな? 感じの……?」
「転生もある。今すぐ生き返るケースもある」
「今すぐ?」
しかし、さすがに話が美味しすぎるような気がする。
「何か……条件があるとか?」
「死に方による。様々な角度から考慮して、生きてもいいと判断された場合、生き返れる」
「ズバリ、僕は?」
心臓が早鐘を打っている、ような気分だった。
「好きにすればいい」
「本当に?」
僕は興奮して、目に涙を浮かべる。
「本当に……転生して犬になったりとかしないで、この体のまま、この僕のまま、生き返れるの?」
「生き返れる」
信じられない展開だ。
「ただ」
少女が冷たい声音で切り出したのに、すくみ上がった。やはり何か、あるのだ。
「私との記憶は、抹消される」
「わかった」
僕はゆっくり頷いた。
「後残り四十七秒だった」
「よかった、危なかったよ」
「ほんのわずかな可能性で、デジャブをもよおすことがあるかもしれない。それは保障しない」
「ちょっとぐらいなら大丈夫だよ。あ、そっか……じゃあテレビとかに出てくるデジャブっていうのも……本物?」
「9割以上はフェイク」
次の瞬間、頭の中がすーっと真っ白になっていくのがわかった。
「……ん?」
何故なのか、ベットの上にいる。でも、不思議と怖い感覚はなく、幸せな気分だった。
無性にギターに触りたくなって、触った。
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