驚愕!危険なダイエット! 〜心の窓から見えるものとは〜

ココロの問題を徹底的に考える。そして見えてくるものとは?

【私的】糖尿病になるまで

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2003年1月8日
さて、診断の結果を待つまでは時が止まっているかのように感じていた。
自分がこの体調の悪さをこの2週間ほどずっと味わっているからこそ、
診断の結果待ちはある意味辛い時間だったと思います。

やっとのことで診断結果を聞くときがきました。
主治医の口がゆっくりと開いた瞬間、聞き慣れない言葉が発せられました。
「糖尿病ですね。明日から色々と検査をしなければならないので検査入院をしてください。」
との事だった。え?え?糖尿病?検査?入院? はっきり言ってパニックとはこの事だろう。
まずは糖尿病という現実は紛れもなく本当なので、それについては数時間経てば冷静さを
保てていた。しかし、明日から入院と言うのはびっくりだった。
その後、看護師さんに「糖尿病というのはうまく付き合えば良い病気ですから」って言われたけど
その時には何を言っているのかも理解不能でした。
何一つ自分の頭の中で整理できずにいた。その中で明日からのスケジュールを決めてきている。
少しぐらい待ってくれてもいいのに・・・と思ったのだが、それぐらい俺の体が異変をきたして
いるのだろう。医者は大学病院を勧めていたので、岐阜市でも大きな病院「岐阜大学付属病院」へ
検査入院することとなった。しかも、次の日に。

その日は会社への連絡や相談などと色々忙しく、入院生活への準備などしている場合でも
なかった。家族と話し合い、一応明日から入院と言う形までもっていけた。
この日ばかりは夜が長く感じた。それだけ寝れなかったんだろう。

2003年1月9日
朝がやってきた。俺の長く短い入院生活はここから始まった。
もちろん、糖尿病生活もここから始まったのだけど・・・。
この日の体調はあまり芳しくなく、口の渇きやだるさはいつもと変わらずひどかった。

さて、入院の受付を済ませ病室に入った所で何もすることがなく、いきなり暇になった。
もちろん体調が優れていないのでベットに横になるのだが、もともとじっとしていられない
性格なのでどうも落ち着かない。そんな時、ようやく検査のスケジュールが分かったのだった。
検査はかなりの余裕を持ったスケジュールで一日に2,3項目しかない。
これでは本当に時間が余ってしようが無い。でも、安静にしておかなくてはいけないので
ベットに寝たままでした。さて、そんな中、糖尿病患者の第一歩であろう、注射である。
インシュリン注射だが、自分で腹に針を打たなくてはいけないので人によってはなかなか
勇気が出ない人もいるらしい。そんな注射をこれから毎日だと思うと・・・・。
そのときはそう考えるとうんざりしていました。

とりあえず、注射の件に関しては後日詳しく説明します。
本日はここまで。

2002年12月 
寒い季節を迎えて、運動もしなくなりその上食べることにはかなりの執着心を持ち、
この時はたぶん一日3000キロカロリー以上の食事を摂っていたと思います。
体に少しばかりの異変を感じたのはクリスマスを過ぎたぐらいでした。
喉が妙に渇くようになってきたのです。
今までは確かに太っているせいもあり、飲料水などはよく飲んでいましたが、
この時の喉の渇きようは今でも忘れられないほどです。
何を飲んでも喉が渇き、どれだけ飲んでも渇くのです。
最初はお茶などがメインでしたが、さっぱりしたものを飲みたいと言うこともあり、
牛乳なども一気に1リットル飲んでいました。
後から気づいたことなのですが、喉が渇くと言うよりも口が渇くのです。
口の中が渇くと少し苦味を感じ、それを取ろうとして飲み物が欲しくなるという循環です。
年も迫った大晦日。この時にはもう一日に6リットル以上をの飲み物を消費していました。
もちろん、気持ち悪くはなるのですが、それ以上に口の渇きは半端なかったのです。

これが良く聞く糖尿病になると喉が渇くと言う症状なのです。
もちろんそのときは何も知らなかったので病気とは思わずにいたのですがね。

大晦日はいつもなら初詣に行くのですが、今回ばかりはパスをしました。
気持ち悪くて動けなかったからです。もちろんそれだけ飲んでいるから
トイレに行く回数もいつもの3倍以上になり、ひどい時で一時間に一回行かなくては
すまなくなりました。

1月8日
年が明けて、初の出勤日。もちろん体調はすぐれず、食べる量も飲む量も変わらずといった所でした。
会社に行っても、2ヶ月前から椎間板ヘルニアで腰を悪くしたので、無理な作業はさせて
もらえずにいました。その時にはもう新しい職場が決まっていたそうなのですが・・・。
この日は午後から病院に行く決断をした日でもあったのです。それほど辛いのです。
体は動けないし、口は渇くし、気持ちも悪い、けどお腹はすくから大量に食べる。
このような状態だったからこそ病院に行く決断をしたのだと思います。

病院に行ってすぐに採血を取り、医者の診断を待っていました。
この時には医者からなにを言い渡されるかなど知るよしもなかったし、
たいしたことないだろうと思っていました。

そして、病室へ入り医者が告げたことは・・・。

つづく

糖尿病とは?って言うテーマはほとんどのサイトに載っていると思うので
あえてここでは糖尿病の怖さを実体験した著者の胸のうちを語っていこうとおもいます。
今までこのブログでは拒食症についてかなり喋ってきましたが、元はこの糖尿病が
俺の最初の大きな病気ですから、これを語らずに拒食症を語るのはどうかと思い
書くことにしました。

さて今回からは俺が糖尿病だった頃の苦しい胸のうちをカミングアウトしていこうと思う。
もちろん5年ぐらい前のことになるのである程度記憶が飛んではいるが、
思い出しつつ、綴っていこうと思いますのでみなさんも是非見て行ってください。

さて、時間を5年ぐらい前に戻さなくてはなりませんが、みなさんは病気になったことがお有りでしょうか?
もちろん風邪ぐらいならあると思いますが、大きな病気です。
なかなか治せないぐらい大きな病気に・・・・。
俺は子供の頃は何でも良く食べ、すくすくと元気に育っていました。
親は食費で泣いていたと思いますけど(笑)
中学生3年で体重は100キロに達していました。高校ではラグビーに誘われたぐらいです。
その後も体重は増え続け最終的には130キロまでいきました。
そこまで何も体に変化がなかったというのは不思議なぐらいです。
食欲も育ち盛りの頃を過ぎても増す一方で、食べることが自分にとって楽しみのひとつと言うか
楽しみそのものが食べる事だけだったのかもしれません。

先ほど、体の変化はなかったという事を言いましたが、そうではなく気付かなかっただけなのです。
その間、体は悲鳴を上げていることを知らず、大きな病気がないために病院でまともな検査を
受けていなかったのです。もちろん肥満だと言うことだけは見れば納得できましたが・・。

会社に入ってからも食欲は落ちることも知らず、疲れた時にはどんどん食べてしまい、
もちろんカロリーなんて気にしていなかったのでガツガツ油っこい物を食しました。
その頃からでしょうか?生活習慣病というものがよくマスコミなどに取り上げられるようになって来たのは。
糖尿病と言う存在を知ったのもその頃だと思います。
しかし、そんな事もその時には他の人の話と言う感じで聞き流していました。

のちに迫りくる恐怖を知らずに・・・・。

つづく

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