今回も奈良国立博物館で9月28日まで行われている特別展のお話をいたしますね。 西国三十三所観音霊場巡礼は四国八十八所巡礼と並んで有名な巡礼ですよね。 今回はその西国三十三所観音霊場に関連した特別展が行われていると言う事で奈良国立博物館へ 行って参りました。 第四章 法華経 〜観音の教えと救い〜 ここでは法華経序品【竹生島経】や奈良の長谷寺にある法華経一品経など法華経に関する 品がたくさん展示されていました。 大変昔のお経がこのように残っているのはすごいことだと思いますね。 第五章 霊験像 〜伝えられる利益とかたち〜 ここには奈良の長谷寺におわす十一面観音立像や密観宝珠嵌装舎利厨子などがあり、 とても綺麗で見るものを魅了しておりました。 第六章 浄土 〜観音の居ます場所〜 さて、ここでは補陀落山という観音様がいます、はるか南方に聳え立つ聖なる山の壁画や 曼荼羅があります。 そこで補陀落山についてすこし話をしておこうと思います。 阿弥陀様がいる世界は極楽浄土であり、観音様の浄土はこの補陀落山を意味します。 補陀落山について三蔵法師で名高い玄奘三蔵が「大唐西域記」にこう記しておりました。 「山の頂に池あり。其の水は鏡のごとく澄み、流出して大河となり、周りに流れて 山をめぐる事南の海に入る。池のそばに石の天宮あり。観自在菩薩が往来して、 遊び舎られしところなり」 この観音浄土=補陀落山の話は仏教の伝来と共に各地に広がったみたいである。 日本では栃木県日光の二荒山が古くから補陀落山とされた。また、和歌山県の那智には、補陀落山へ 渡るために沖合いへ船を漕ぎ出し、海中に身を委ねる宗教的自殺「補陀落山渡海」と言う奇習もあった。 第七章 巡礼 〜人々を誘う力〜 ここでは数多くの曼荼羅が展示されていました。 曼荼羅は、サンスクリット語のmaNDalaに由来し、仏教(特に密教)において聖域、仏の悟りの境地、 世界観などを仏像、シンボル、文字などを用いて視覚的・象徴的に表わしたものとされています。 古代インドに起源をもち、中央アジア、中国、朝鮮半島、日本へと伝わったといわれ、 現在ではチベット、日本などで制作されています。 日本語では通常、仏教の世界観を表現した絵画等のことを指す言葉として使われていますが、 英語ではヒンドゥー教やその他の宗教のコスモロジー(宇宙観)も含め、 かなり広義に解釈されています。 インドでの後期仏教思想の影響を色濃く残しているチベット仏教において、 現在でも曼荼羅を描くことは、お経を唱えることと同様に、修行の一環とされています。 また、現在では美術的な価値としての評価も高く、欧米においては、芸術性、 精神性の両側面から人気が高まっています。 俺も曼荼羅を見ることは大好きですよ。 有名な所では金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅がありますね。 さて、こんな感じでざっと紹介してきましたが、やはり目で見ないと話しにならないですよね。 この特別展は9月28日までですが、巡回として10月18日〜11月30日まで 名古屋市博物館にて行われる予定ですので、今回行けない方も名古屋のほうに行って見ては? 俺は名古屋も行く予定ですけどね(笑) |
お寺・神社巡り
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寺や神社などには昔の人の築いたものが沢山ある。
それが今も昔も変わらない人間のココロを動かす。
精神的なものは原点をたどれば必ず癒してくれる。
寺はいわばオアシスそのものである。
それが今も昔も変わらない人間のココロを動かす。
精神的なものは原点をたどれば必ず癒してくれる。
寺はいわばオアシスそのものである。
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さて、昨日1ヶ月ぶりに奈良に行って来ました。 俺が奈良や京都に行くときは必ず気が滅入った時です。 ここ数ヶ月間は何度も京都や奈良のお寺に行き、庭園や仏像、建物を見ることで ココロを落ち着かせ、自分もしくは人間というものを今一度考える事を目的としております。 人間というのは見るものを感じるものを素直にココロに伝えます。 しかし、表面的に現れにくいのも事実です。 それぐらい人間というものは確かであるが、不確かなものであるのです。 完璧な人間はいないと言われるのもそのせいだと思います。 人間の感情や行動はココロが司っているのです。 そのココロに直で問いかけるのには少しばかり遠回りしなければいけません。 それが、美術品であったり、建造物であったりするのです。 俺もいつしか仏教美術というものに興味が出てきたのはココロのへの素直な呼びかけが 必要だと感じたからではないだろうか?と思うようになってきました。 と、そんな堅苦しい話は抜きにして、今回もかなり気分が滅入っていたので、前から見たいと思っていた 西国三十三所関連の展示会を観に奈良の国立博物館へお邪魔いたしたのです。 西国三十三所観音霊場と四国八十八所霊場巡礼は日本で有名な巡礼であります。 もちろん、俺はいつかは巡ってみたいと思いますが、今は美濃や西美濃の方を巡っているので 欲を出さずに機会があればと思っております。 今回の展示会では西国三十三所観音霊場の仏像や曼荼羅、仏像画など数多くの出展物がありました。 仏像も最近では俺の大ヒットであるため、この機会に見たいと思ったのがきっかけでした。 ま、仏像を見るならこの方法が一番手っ取り早いという人もいますがね(笑) まずは観音様が展示されている第一章 ほとけ 〜観音の道〜 観音様でも色んな観音様がおわすのは知ってのとおりでしょう。 観音様は観音菩薩とも言われ、もとはお釈迦様が悟りを開かれる前のお姿として釈迦菩薩と 言われていました。それが仏教の布教と共に色んなお姿に変化したのです。 有名な所では下記の観音菩薩があります。 千手観音、如意輪観音、馬頭観音、十一面観音、聖観音、文殊菩薩、弥勒菩薩。など 観音霊場がなぜ33ヶ所なのか?それは観音様が33応身と言って33の姿を変えて 人々【衆生】を救ってくれると言われた事からです。 俺が好きな観音様は十一面観音ですね。聖観音は一番最初の観音様のお姿。それが変化して 色んな観音様になっていきました。その中でも十一面観音は十一個の相で衆生を見守ります。 頭に十一個の顔をつけているあれです。 もちろんその相にも意味があり、前についている3つの相は慈悲相であり、向かって右の3相が 瞋怒相、左の3相が牙上出相【狗牙上出相】、真後ろの1相が暴悪大笑相と言い、 慈悲相は衆生を見守り、瞋怒相は行いの悪さを怒り、牙上出相は善行を見て微笑む。 暴悪大笑相は悪行者をさげすむ。と言う目的がある。 なので、意味が分かるとかなり仏像の見方が変わるのでは? 展示会で見ておきたいポイントとしては、普段見れない十一面観音の後ろの相、いわば暴悪大笑相 が見れると言う所である。 その他にも近くで見れると言うのも展示会での特典である。 第一章ではやはりその辺が気になって引き込まれていました。 第二章 縁起 〜霊場の成り立ちと信仰〜 次の領域はまさしく霊場がどのようにして成り立っていったのかが分かる展示品ばかりを 取り揃えていました。ま、俺の場合はそちらのほうは疎いので説明は省かせていただきます。 第三章 秘法 〜霊場に寄せられた祈り〜 ここには毘沙門天【多聞天】様がデンとおわせられました。 毘沙門天様は四天王の一人で、北方を守護する多聞天とも言われています。 四天王には他に持国天、増長天、廣目天がいてそれぞれ東、南、西を守護しております。 俺はこの四天王を見るときには必ず邪鬼を見ます。邪鬼とは人間の悪い心を鬼に表わしたもので、 四天王は大抵この邪鬼を踏みつけております。 ですからその邪鬼の踏まれっぷりをみるのも一つの面白さかもしれませんね。 東大寺にも廣目天と毘沙門天がおわしますが、しっかりと大きな邪鬼が踏まれております。 廣目天に踏まれている邪鬼の様子を見るのも楽しみのひとつ 色んな表情の邪鬼がいますので四天王を見るときのひとつとしてはいかが? あ、展示会の話に戻りますが、他にも兜跋毘沙門天もおわしました。 俺は初対面したのですが、兜跋毘沙門天は毘沙門天の一種でインドの財宝神とイラン系の 帝王神が融合し、王城を守護する尊像となったものを言う。 兜跋毘沙門天の特徴と言えばやはり足元にある。 足元には守護神・地天女が兜跋毘沙門天を支えているのである。 その地天女の左右には藍婆【尼藍婆】と毘藍婆の2鬼を従えている。 王城守護のために、平安京の入り口であった羅城門の楼上に安置されていた。 有名なのは東寺に祀られている兜跋毘沙門天である。 ざっと第三章までご紹介しましたが、とりあえず残りは後半へ続きます。
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さて、皆さんお元気でしょうか?? このブログも更新ストップして半年以上が経ちました。 毎回、ストップして半年ぐらいで復活すると言うパターンですよね(笑) 気分的に更新をストップさせているわけではなく、あえなく止めている期間があるんです。 本当にご迷惑をお掛けしました。 少しずつですが、これからも精神的な事や寺めぐりの様子などを書き留めておきたいと思います。 少しでも興味を持ってもらえたら良いと考えております。 さて、精神的な病は心からくるもの。それを打破するのも、しないのも自分次第なのです。 それが分かっていても出来ないのがココロ。自分自身なのに何も出来ない。 これってなぜでしょうか?? 動けば何かが変わる?? 本当にそれだけで何かが変わるのでしょうか? 俺は答えがまだ浮かんできません。 動けば動くほど見えない何かが見えるようになり、それが問題となって表面化してくる。 これで本当に答えなんて見えてくるのでしょうか?? もしかしたら答えなんて見えてこないのでは??もしくは無いのでは?? 世に生まれてきた事自体、苦だと言う仏教の観点から言って、苦と隣りあわせで生きるしか 無いのです。 糖尿病と同じで、うまく波長を合わせながら付き合っていくしかないのです。 それが俺の今だせる答えなのです。 すこし話が逸れてしまいましたが、今一番俺が興味を持っていることは 寺めぐりですね。 昔の人がどのようなキモチで仏像を造ったのか? それを皆がどのような面持ちで拝んだのか?? それらの事から俺の寺めぐりが本格的に始まったのはつい最近のことです。 今回からは京都・奈良の寺を中心に少しずつご紹介していきますね。 |
本日、4ヶ月ぶりに京都へ行って来ました。 目的はもちろん寺院や神社を巡って功徳をもらうためです。 御朱印もお釈迦様の智慧を授かる為に貰っています。 最近ではスタンプラリー感覚で貰う人もいるとかいないとか。 本来はお経を収めた証として貰っていた御朱印も今ではほとんどお金を払えば貰えるものに。 俺は毎回、御朱印をしてもらうときには敬意を払って、食い入るように真剣なまなざしで 貰っております。それはそれで怖いのですがね(笑) さて、今回の旅は春本番と言う事で花見の名所でもある「清水寺」へ・・・と思ったのですが、 観光客が多すぎて車が止めれない状態でした。 なので急に行き先変更で去年の秋にもお邪魔した嵯峨嵐山へ行くことにしました。 もちろん、この時期はどこの観光地に行っても混んでいます。 嵐山も例外ではありませんでした。 渡月橋も歩道は人の多さで前に進めない状態でしたし、天龍寺もすごい人でしたね。 でもしっかりと拝観させて頂きました。 紅葉も綺麗でしたけども、桜もすごく良かったと感じたのは紛れも無く事実です。 とりあえず、今回お邪魔したのは「平安神宮」「天龍寺」「法輪寺」の3箇所です。 春の京都は人の心を癒す大きな役目をしておりますね。 |

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さて、俺は昔からお寺や神社を巡るのが好きである。 それはなぜか? やはりあの格別な雰囲気が好きなのかもしれない。 でも、それだけであった。ただ単にお祈りする場所としか思っていなかったのも事実です。 しかし、心の本質的な部分を追求する事で立ち止まってみたのが仏教である。 糖尿病から始まり、拒食症、心の病など多くの病気を抱えてきた俺だったが、 その勉強をする事で事実を知りたかったのだ。 なぜそうなるのかを・・・。 心は人それぞれ持ち合わせている、キモチだと解釈できる。 心の解析は非常に困難である事。ひとそれぞれ違うと言う事。 それを探っていくうちに仏教と言うものに当たったのだ。 そもそも般若心経がきっかけなのだが。 般若心経や仏教の事は俺も少しずつ学んでいる最中なのでここでは言いませんが。 さて、そういう経緯もあり仏教を学んでから初めて行ったお寺が本日行った 谷汲山の華厳寺です。 以前、俺のブログでも記事にしてありますので検索を(笑) 西国33ヶ所霊場巡礼の最後の場所としても有名な華厳寺。 結構近場なので年間に3回ぐらい訪れますが、やはり今回は格別なものがありましたね。 心を紐解くような感じがして。 「谷汲さん」の愛称で親しまれる当山は、山号が「谷汲山(たにぐみさん)」、 寺号が「華厳寺(けごんじ)」といいます。 寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人、本願は大口大領です。 奥州会津の出身の大領はつねづねより十一面観世音の尊像を建立したいと強く願っており、 奥州の文殊堂に参篭して一心に有縁の霊木が得られるようにと誓願を立て、七日間の苦行の末、 満願(七日目)の明け方に十四,五の童子(文殊大士と呼ばれる)の御告げにより霊木を手に入れる事が 出来ました。霊木を手に入れた大領は都に上り、やっとの思いで尊像を完成させました。 そして京の都から観音像を奥州へ運んでいこうとすると、 観音像は近くにあった藤蔓を切って御杖にして、御笠を被り、わらじを履いて自ら歩き出しました。 途中、美濃国赤坂(現:岐阜県大垣市赤坂)にさしかかった時、観音像は立ち止まり、 「遠く奥州の地には行かない。我、これより北五里の山中に結縁の地があり、 其処にて衆生を済度せん」 と述べられ、奥州とは異なる北に向かって歩き出しました。 そうしてしばらくした後、谷汲の地に辿り着いた時、観音像は歩みを止め、 突然重くなって一歩も動かなくなったので、大領はこの地こそが結縁の地だろうと思い、 この山中に柴の庵を結び、三衣一鉢、誠に持戒堅固な豊然上人という聖(ひじり)が住んでいたので、 大領は上人と力を合わせて山谷を開き、堂宇を建てて尊像を安置し奉りました。 すると堂近くの岩穴より油が滾々と湧き出し尽きることが無いので、 それより後は燈明に困ることが無かったといいます。華厳寺ホームページより 西国33ヶ所の霊場を巡礼した人にとってみれば最後の地と言う事ですごく格別な気分になるんでしょうね。 今日も多くの参拝客が訪れていて、すごく賑わっていました。 初の御朱印も押してもらい、俺の悟りの境地【彼岸】への旅が始まったと言っても過言ではないですね。 さて、その後は谷汲山のすぐそばにある「横蔵寺」と言うお寺に行ってまいりました。 ここはミイラが置いてある寺で有名らしいのですが、俺は始めて存在を知りました。 ここで素晴らしいのは瑠璃殿の中に多くの観音様や如来像様たちが飾られていることです。 国の重要文化財と指定してあるものが仏像は22体あるみたいです。 そこで働いている方にお話を聞くと、昨日からここを開けたみたいで冬場は気温などから 仏像が痛むのを防ぐ為に開いていないみたいなのです。 だから4月から開けるみたいでしたが、今回はたまたま天気が良かったせいもあり、 昨日から開けていたみたいです。 だからこそ、何かのご縁があって俺をそこまで連れて行ってくれたのでしょうね(笑) そして、その人たちの話を聞く事は俺自身かなり為になる話ばかりで、 これが縁起というものなのか・・・と思いましたね。 そして、ここが西美濃33ヶ所霊場巡礼の第一番だということも縁だったのでしょう。 舎利堂でミイラ様を眺めてすぐさま2番に向かったのは言うまでもありませんね。 さて、その次に向かったのは「来振寺」というお寺さんで、近くには来振神社もあります。 大きな敷地には円空作の大日如来像も飾られているので一見の価値はありそうだな? と思い行ったのですが、本当に誰もいなくてしかも重要なものが多くある為に、 防犯装置があちらこちらについていました。 少し入っただけで警報機がなりましたから(笑) でも地元ではかなり有名なお寺らしく、祭りも開かれているみたいです。 今回の旅で得たものは後に分かってくると思います。 お寺参りはある意味すごく意味があることなのかもしれないですね。 それは自分の心にとってです。 そう思いながら俺は今回の旅を終えました。 |
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