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京のお寺〜洛東編〜

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高台寺 【こうだいじ】

臨済宗

鑑賞ポイント・・・庭園、建物、茶室など


〜歴史〜

慶長10年(1605)、北政所が秀吉の冥福を祈って建立した寺。北政所も出家して、高台院湖月尼を名乗る

ようになる。彼女の死後、寛永元年(1624)には、建仁寺から三江和尚を開山として迎え、

寺名を高台寺と号するようになった。

徳川家の手厚い保護もあって、寺観は壮麗を極めえたと言うが、寛政元年(1789)以降、

たびたびの火災に遭って多くの堂宇を焼失。

現存する開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭、表門などは国の重要文化財に指定されている。


〜俺的見どころ〜

ここでは特に秀吉とその妻である北政所を祀る霊屋に注目したい。

境内の一番奥にある建物で、内部には秀吉と北政所の木像が安置してある。

その中でも注目したいのが、木像を置いた厨子やしゅみ檀に施してある「高台寺蒔絵」。

その高度な技巧は、日本に数ある漆工芸美術の中でも最高傑作との評判も高い。

その他、この寺を開山した三江紹益禅師を祀る建物で開山堂も高台寺を代表する建物である。

そして、開山堂と霊屋を結ぶ階段を臥龍廊と呼んでいるがそれは階段の屋根が龍の背中に似ている

事からそう名づけられた。ちなみに今はこの階段は古くなって危ないので渡れない。


それらの建物を取り囲んでいる庭園にも注目したい。

庭園は開山堂の東の臥龍池、西のえんげつ池を中心として展開されており、

江戸時代の名作庭家・小堀遠州の作によるもので、国の史跡・名勝に指定されている。


その他、境内のはずれには秀吉愛用の茶室「傘亭」「時雨亭」が伏見城から移築されている。

千利休の意匠によるもので、「傘亭」は竹と丸木を放射状に組んだ屋根の建物。見た目には

唐傘を開いたような姿をしていることからこの名が付けられた。

「時雨亭」のほうは、土間廊下でつなげられたもので、どちらも茶室としてはかなり珍しい部類の建物。

茶道や建築に興味ある人には良いかも。


俺はやはり庭園派なのでこのような庭園をかなりの時間眺めて色んな事をイメージするのが

大好きだ。

特にこの高台寺は季節により夜間のライトアップをするみたいなので是非その時期に訪れたい。

夜間ライトアップは地元の人曰く、昼間とはまた違う印象を持つらしい。

地元の喫茶店に入って、そこのマスターと色々と話していたら高台寺のチケットを貰ったので

ライトアップの季節に行かなくては!!


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霊屋
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霊屋内陣
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内陣部分
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開山堂
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臥龍廊
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方丈前庭
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庭園


所在地・京都市東山区高台寺下河原町526

電話・075-561-9966

交通・京都駅より市バス東山安井下車徒歩5分

拝観時間・9時〜17時(春・秋に夜間拝観あり)

拝観料・大人600円、子供250円

撮影・庭園のみOK

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建仁寺 【けんにんじ】

臨済宗建仁寺派大本山

鑑賞ポイント・・・方丈、法堂【双龍図】、庭園など


〜歴史〜

建仁2年(1202)、茶祖として有名な栄西が、中国の百丈山にならって、初めて京都に建立した

禅宗寺院。年号をとって建仁寺と命名された。京都五山第三位の地位を経て、最盛期には50余りの

塔頭寺院をもつ広大な寺域を誇ったと言う。

しかし、応仁の乱からはじまる兵乱で寺は荒廃し、天文21年(1552)の大火で、伽藍のほとんどを

焼失した。桃山時代になって、安国寺恵瓊によって再興され、創建時には及ばないものの、

京都有数の大寺院となっている。

〜俺的見どころ〜

ここはかなりの見どころがある所です。

その前に俺はこの場所に行くのにかなり苦労した。

方向音痴ではないのだが、祇園の町の中にあるこのお寺は北から向かうのは止めておいた方がよい。

俺は門が見つからずに2度3度祇園の町を歩いていたからだ。

絶対に南から向かうべし(笑)

伽藍配置は南の勅使門から方丈まで一直線に並んだ配置で、その脇に塔頭が立ち並ぶという感じです。

勅使門の先には三門【望闕楼】がある。この望闕楼は大正十二年、静岡県浜名郡雄踏町山崎の

安寧寺から移建した物である。

空門・無相門・無作門の三解脱門。「御所を望む楼閣」と言う意味で「望闕楼」と名づけられた。

楼上には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が祀られています。

三門の先には法堂があり、そこの天井には双龍図が描かれております。


さて、ここは仏教特有の見立て思考を駆り立てられるものが多く存在しております。

庭園をはじめ、天井図、火灯窓など禅寺で心の修行をするにはかなり良い場所ですね。

本坊入り口にて受付を済ますと、いきなり現れる風神雷神図屏風が出迎えてくれる。

俵屋宗達の真作として、しかも晩年の最高傑作とされております。二曲一双の屏風前面に金箔を押し、

右双に風神、左双に雷神を描いています。国宝と指定されています。

通常は複製を置いてあるみたいです。


そこを進み、右手に表れるのが、○△□乃庭や潮音庭【三連の庭】である。

○△□乃庭は単純な三つの図形は宇宙の根源的形態を示し、禅宗の四大思想(地水火風)を、

地(□)水(○)火(△)で象徴したものとも言われる。

潮音庭【三連の庭】は建仁寺本坊中庭にある。中央に三尊石その東には坐禅石、周りに紅葉を配した

枯淡な四方正面の禅庭である。


そこから方丈に向かうと広大な庭園が目の前に現れる。

方丈は慶長4年(1599)恵瓊が安芸の安国寺から移建したもので、優美な屋根が印象的な禅宗方丈建築。

本尊は東福門院寄進の十一面観音菩薩像。白砂に緑苔と巨岩を配した「大雄苑」と称させる枯山水

の前庭は、大らかな味わいがある。

そこから法堂に向かう途中に火灯窓と言う窓がある。そこから大雄苑が眺められるのだが、

それをどのようにイメージするかは個人個人違うであろう。


法堂は明和2年(1765)上棟。仏殿兼用の「拈華堂」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした

禅宗様仏殿建築。正面須弥壇には本尊釈迦如来坐像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。

また、その天井には平成十四年(2002)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれた。

この双龍図もまた見立てなのかもしれない。

そう考えさせられるぐらい、このお寺の心地よさと言ったらない。

ここは何度でも訪れたい寺だ。

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三門【望闕楼】
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法堂
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風神雷神図屏風
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○△□乃庭
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潮音庭【三連の庭】
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方丈前庭【大雄苑】
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火灯窓
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法堂天井図【双龍図】
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所在地・京都市東山区大和大路四条下ル小松町584

電話・075-561-6363

交通・京都駅より市バス20分、東山安井下車徒歩5分

拝観時間・10時〜16時

拝観料・500円

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六波羅蜜寺【ロクハラミツジ】
真言宗

見どころ・・・空也上人像、建物

〜歴史〜

応和3年【963年】に空也上人が悪霊退散の為に刻んだ十一面観世音菩薩像を本尊として

この地に創建した。

創建当時は西光寺と呼ばれていたが、空也上人が亡くなった後に六波羅蜜寺に名を変えている。

平安時代後期には天台宗別院として栄えていた。

しかし、寿永2年【1183年】の平家都落ちの時の兵火によって、本堂を残して、平家一門の屋敷や

すべての諸堂が消失してしまう。

その後も度重なる兵火によって荒れ果てた寺は、豊臣秀吉によって修復され、徳川歴代将軍の保護も

あったが、以前の壮大な姿を取り戻すにはいかなかった。

ただ、貴族の御殿を彷彿させる色鮮やかな朱塗りの本堂だけが、昔の面影を残している。

〜見どころ〜

さて、私がなぜこの六波羅蜜寺に訪れたのかと言うと、般若心経にでてくる〜波羅蜜多〜いわば

悟りの世界という言葉が寺名に入っている事から、前から気になっていたのです。

ようやく、行ける機会がおとずれたのです。

細い路地にある小さな寺だなぁ〜と言うのが第一印象です。

かなり入り組んでいますので、探すのに大変かな?と思ったのですが、意外にすぐ探し出せました。

この寺と言えば開基した空也上人像ですね。

日本史の教科書や仏教美術書に良く出ているあれです。

真っ先に宝物館へと足が向かったことは言うまでも無いですね(笑)

時には空也上人の木像は各地の博物館などに出展の為にいないことが多いのですが、

私が訪れたときは運よくいらっしゃいました。

さすがにこの像は独特で、口から六体のもの仏様が出ている様子を細かく再現しております。

踊念仏で知られている空也上人。

空也上人は若くして諸国を巡り歩き、苦行修練した人物。

当時の京都に流行していた悪疫退散の為に十一面観世音菩薩像を自ら刻み、それを市中で引き回し、

踊りながら念仏を唱えた。その事から「市の聖(ひじり)」とも呼んでいた。

彼の京都における布教地は、今の堀川七条にあった東の市。彼が市の聖と呼ばれたのはこの場所である。

ちなみに現在の西本願寺があるところである。

この像は檜の寄木造り。粗末な鹿皮の衣をまとい、左手に鹿の角をつけた杖、右手に撞木、

首に鉦をぶら下げている。

空也上人は鉦をつきながら、「南無阿弥陀仏」の六字名号を唱え、庶民を教化した。

その一字一字が阿弥陀仏の姿となり、口から現れたという。

この像はその瞬間を的確に表現している。


ちなみにこの像は鎌倉時代に康勝によって造られた。


宝物館内にはその他、地獄を絵にしたものなどが飾られており、小さいながらも

満足のいく内容となっていた。


その後、本堂で写経をしている人たちの横で十一面観世音菩薩像を眺めながら拝みました。


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所在地・京都市東山区松原通大和大路東入ル二丁目轆轤町81−1
電話・075-561-6980
交通・京都駅より市バス206で清水道徒歩10分
拝観時間・8時〜17時
拝観料・500円、団体(30名以上)450円
駐車場・なし

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